第66話

「生き返らせる……? そ、そんなことできるんスか、オキくん!」


 先ほどまで絶望に打ちひしがれていたナクルだったが、沖長の言葉で僅かながらもその表情に希望の色を滲ませた。


「確実じゃない。もしかしたら成功するかもって確率だ。けど、何もしないでいるよりはマシだろ?」

「それは……うん」

「ただ今からやることは、できれば他の人にはバレたくないんだ。ナクル、秘密にできるか?」

「もちろんッス! ボクがオキくんの嫌がることをするわけないッスもん!」


 本当に可愛い奴だ。よくもまあこんなに純粋な子に慕われていると、前世の経験からいってもいまだに信じられない。


「それじゃ、さっそくやるぞ」


 沖長は深呼吸をした後、心の中で(頼むぞ!)と願いつつ、骸となった蔦絵に視線を向けながらその言葉を口にする。


「――回収!」


 すると蔦絵の遺体がその場からパッと消失した。

 当然ナクルはその現状に目を丸くし、蔦絵がいた場所と沖長を見比べるように何度も顔を動かす。


「つ、つつつ蔦絵ちゃんが消えたッス! オ、オオオオオオキくん、どうするッスか!?」

「落ち着け。とりあえずナクルは、その蔦絵さんの魂をしっかり掴んでてくれ」

「わ、分かったッス……」


 慌てるナクルを尻目に、まずは第一段階が成功したことにより沖長はホッと息を吐いていた。次は、第二段階である。

 回収した蔦絵の遺体がリストの中にあるか確認し、そこに表示されているテキストを読み込む。やはりすでに死後硬直すら始まっている遺体が、つまり身体そのものは完全にただの肉の塊と化してしまっている。


(あとは……〝コレ〟が可能かどうか……頼む!)


 そこに表示された文字を押して起動させる。

 この《アイテムボックス》のバグった能力は色々あるが、その中でも今回もっとも適した能力こそ、この――〝再生〟だった。


 この機能は、破損したり中古だったものを再生し戻すことが可能。

 つまり回収したものならば、新品同様に復活させることができるということ。

 今まで生物の身体を回収し、この機能を試したことはなかった。それこそ壊れた玩具や接触不良などを起こした機械などには何度も使用したが。


 だから死んでいるとはいえ、蔦絵の遺体を回収できることも、ましてや再生することができるという確信はなかったのだ。しかしこうして取り込めた以上は、この機能が通じることを示す。

 ただ問題はまだある。これが第二段階だ。それは――再生時間である。


 その時間は一律というわけではない。再生箇所が多ければ多いほど時間はやはりかかる。

 落として割った皿なら、その再生時間は僅か数秒ほどだった。完全に機能しなくなった携帯ゲーム機で試した時は一分ほどかかった。


 これは中身が複雑であればあるほど比例した時間を要するということだろう。


(……っ! やっぱ結構時間かかるな)


 再生できることが確定したのは嬉しいが、目の前に表示された時間を見て顔をしかめてしまう。


 ――9:57――


 後半の数字が一秒ごとに減っていくので、全部で十分間を必要だということである。

 どうやら生物の身体を再生するというのは、機械よりも複雑らしい。


(約十分か……さすがに魂がもたないかもしれねえ)


 チラリと、ナクルが大事そうに抱えている魂を見やる。少しずつではあるが、確実に刻々と小さくなっている。恐らくあと三分ほどで消失してしまうだろう。


(どうする? このままじゃ……ん?)


 そこで再生時間の下部に記載された文字が目に入った。

 そこにはこう書かれている。


 ――〝瞬時再生〟と。


(何だ? 前まではこんな機能なかったけど……いや、でも今は考える時間が惜しい。文字通りなら再生が瞬時で終わるってことだよな)


 なら躊躇う必要などない。何かリスクがあろうと、今は即決即断が必要。そう判断して〝瞬時再生〟の機能を発動させた。

 すると再生時間が一気にゼロになり、肉体再生が完了したことを告げる。


「よ、よし! ナクル、今から蔦絵さんの身体を出すぞ!」

「え? あ、はいッス!」


 蔦絵の身体が再び目の前に出現しナクルはまたも驚くが、それ以上に言葉を失ったのは、傷一つ、汚れ一つない綺麗なままの身体をしていたからだ。

 貫かれた腹部はもちろん、戦いで生まれた汚れや傷、また血などが綺麗に取り除かれていた。改めて《アイテムボックス》のデタラメさに沖長もまた衝撃を受けているが、すぐにハッとしてナクルに言い放つ。


「ナクル、早くその魂を蔦絵さんの身体に!」

「え? で、でもさっきはダメだったッスよ?」

「それは器である身体が壊れてたからだ。今なら多分……イケるはずだ!」


 それも確実ではない。あの謎の少女からの情報が正しいならという前提ではあるが、もうこれに賭けるしかないのだ。

 ナクルは両手で優しく魂を持ったまま、恐る恐る蔦絵の胸の上に近づけていく。 

 先ほどはウンともスンともいわなかった。


「頼む、蔦絵さん! 生き返ってくれっ!」

「蔦絵ちゃん! お願いッス! 死んじゃ嫌ッスよっ!」


 二人は精一杯の願いを込めて叫ぶ。

 すると魂の輝きに呼応するかのように、蔦絵の身体が淡く発光を始めた。


 そしてゆっくりと、だが確実に魂はナクルの手から離れ、そのまま蔦絵の中へと沈み込んでいく。

 二人はその光景を息を呑みながら見守る。

 魂が身体へと宿ると、さらに蔦絵の全身が強い輝きを放ち、その後は徐々に弱く……そして消えていった。


「…………どう、なったんだ?」


 思わずそう口にした沖長の問いに答えられる者はそこにはいない。沈黙だけがしばらく続き、蔦絵からも何のアクションもないことから、もしかしたら失敗したのかと不安が過ぎる…………が、次の瞬間、ピクリと蔦絵の指が動いたのを目視できた。


 それを見た沖長とナクルは、反射的に互いの顔を見合わせ、同時に彼女の名を呼ぶ。


「「蔦絵さん(ちゃん)っ!」」


 その呼び声に応えるかのようにして、蔦絵の瞼が振動し僅かに開く。


「……ぁ…………ナク……ル?」


 蔦絵の視線の先にいたナクルを見た蔦絵から、間違いなく彼女の声でそう発せられた。


「うっ……ひぐっ……蔦絵ちゃあぁぁぁぁぁんっ!」


 感極まったナクルは、彼女に縋りつくようにして泣き喚いた。

 何が何だか分からない様子の蔦絵だったが、すぐに何かを察した様子でナクルの頭を優しくそっと抱きしめる。


「心配かけて……ごめんね」


 こうして見事に、蔦絵の復活に成功したのであった。



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