第67話

(本当に良かった……)


 心から沖長はホッと息を吐いた。

 もしかしたらという考えの上で実行したことではあるが、本当に成功して安堵したし、それ以上にやはり世話になっている人と永遠の別れをしないで済んだことが素直に嬉しい。


 ただ、それと同時にこの《アイテムボックス》の図抜けた力に戦慄さえ覚えていた。

 よもや死んだ生物を生き返らせることができるなど、それはもう神の所業である。

 もちろんいろいろ条件はあるが、それでも常識からも、非常識からも外れたようなバグ能力そのものだった。


 仮にこの力が世間に知られたらどうなるか、それを想像して怖くなる。できれば今後、この生死を司るような力は気軽に使えないなと思った。

 となれば、真っ先に蔦絵に口止めをしなければならないのだが……。


「――――どういうことじゃコレは?」


 不意に耳朶を打った女性の声。視線を向ければ、いつ戻ってきていたのか、岩場の上に先ほどどこかへ去って行った少女が立っていたのである。


(いつからいた? もしかして見られたか……!?)


 沖長の頬に冷たい汗が滴り落ちる。


「何故七宮の小娘が生きておる? 魂は? その肉体はどうやって治療したのじゃ?」


 矢継ぎ早に聞いてくる少女を見て胸を撫で下ろす。どうやら一部始終を見ていたわけではないようだ。これは何とか誤魔化せるかもしれない。


「……二人とも、話を合わせて」


 小声で唖然としているナクルと蔦絵に向かって言うと、そのまま沖長は少女に向けて話し始める。


「俺たちも分からない。蔦絵さんの魂が急に強く光ったと思ったら、彼女の身体に吸い込まれていったんだ」

「……ならば傷は? その肉体は致命傷を負い、ここでの治療など不可能だったはずじゃ」

「魂が吸い込まれたあと……そう、あっちに浮かんでいたエネルギーの塊みたいなものがひとりでにこっちに飛んできて、蔦絵さんの身体に吸収されたんだ。すると身体が治っていった」

「エネルギーの塊じゃと?」

「ああ、その前にココにはあと一人、子供がいるんだけど」


 もちろんあの赤髪のことである。


「何? どこにじゃ?」

「操られてた蔦絵さんにぶっ飛ばされて、向こうに飛んで行ったはず」

「ふむ……それで? その童が何か関係しておるのか?」

「そいつが出したエネルギーの塊が、蔦絵さんの身体に流れたんだよ」


 正直自分で言っていて無いなぁと思いつつも、不可思議なエネルギー体が引き起こした謎の現象ということにした方が、こちらも余計な説明をしなくても済む。つまりはよく分からない奇跡が起きたので自分たちには分かりませんというわけだ。


 また赤髪がオーラを自在に扱えるのも事実だし、何よりもアイツに事態を丸投げできるので、せっかくだから利用させてもらった。


「そうだよな、ナクル?」

「ふぇ? ……! あ、そうッス! まったくもってオキくんの言う通りッスよ! 嘘じゃないッス!」


 ナクルも、ここで先ほど見せた沖長の力を他人に教えることは止めた方が良いと何となく察してか、しっかりとこちらに乗ってくれている。


「蔦絵さんは今生き返ったばかりだから何も知らないよ」


 こう言っておけば、蔦絵もまた分からないの一言で乗り切ることができるはずだ。察しの良い彼女のことだから、沖長の意を汲んでくれるだろう。


「むぅ……その童の外見は? 名は?」

「外見は赤い髪をして、気性の荒そうな子供だった。名前は知らない」

「左様か……」


 少女がジッとこちらを見つめてくる。明らかに疑いの眼差しを向けているものの、沖長が生き返らせた証拠もないこともまた事実だ。それに人を生き返らせるなんて、どう考えても普通はできないはず。 


 つい先ほど沖長とナクルは、少女に対して生き返らせる方法があるならしてほしいと懇願していたこともフリになっているので猶更だ。


「…………些か納得できぬところもあるが、とりあえずこの場はこれで終えるかのう。もっとも追及したところで、何も喋りはしそうにないからのう」


 含みのある不敵な笑いを向けてくる。その笑みと目つきは、とても同年代の子供に表現できるとは思えなかった。そこには老獪さが見て取れたほどに。


(この子、実は年齢誤魔化してねえかな?)


 そう思ったからこそ、いよいよ転生者としての疑いが濃くなった。


「そ、それよりもここから出る方法を教えてほしい! さっきはその話の途中だったし!」


 とりあえず話題を変えて、少女が何故いきなりいなくなった理由を確かめることにした。

 確かココにきたもう一つの目的があると言っていたが……。


「ココがダンジョンと呼ばれる場所であり、その核であるコアを破壊すれば帰還できると言うたろう?」


 確かにそう聞いたので、沖長は首肯する。対して蔦絵は険しい表情のまま「ダンジョン……」と小声で呟いていた。

 少女は岩場の頂上から降り立つと、こちらに向かって接近してくる。そして一定の距離を保ったところで立ち止まった。


「コレがそのコアじゃ」


 そう言いつつその右手に掴んだものを見せつけてきた。

 それは白と黒が混ざり合った、言うなればルービックキューブのような形をしている。


「それがダンジョンコア……?」


 沖長が繰り返すと、少女は軽く頷く。


「じゃあそれを破壊すれば、ここから出られるということ?」


 またも少女は問いに対し頷くが、ただもう一つこのダンジョンコアには面白いカラクリが存在するという。


「カラクリ? それは一体……」

「もう一度ワシが帰還方法について口にしたことをよーく思い出してみ」


 そう言われてしばらく思案する。そして少女の言葉を記憶の中から引っ張り出す。



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