第65話

「「蔦絵さん(ちゃん)っ!」」


 その輝きは、どこかナクルが見せたあの光に似ていた。だからか、彼女がまだ生きているのではと希望を持ってしまう。

 しかし蔦絵から発せられた光が、彼女の身体から離れていき、少し上空で集まって、まるで人魂のようなものへと変わった。


 それが一体何なのか沖長にも分からない……が、そこから発せられる淡い温もりを感じ、蔦絵にとってとても重要なものではないかという判断に至る。

 それと同時に、沖長の推察を証明するかのように少女から決定的な言葉が耳朶を打つ。


「魂が器から離れおったな」

「たま……しい? これが魂なのか!」


 確かに見た目は、どこかで見たような人魂だ。炎の塊みたいにも見えるが、その輝きは炎のソレとはまた違う力強さと熱量を感じる。


「そうじゃ。もう決定的じゃな。魂が器から離れたということは、宿るべき肉体を失い、時期にその魂も輪廻へと還っていくということに繋がる」

「!? じゃあコレを戻せば蔦絵ちゃんが生き返るってことじゃないッスか!」


 ナクルはその考えに思い至り、すぐさま魂に手を伸ばし優しく掴んだ。そしてそのまま蔦絵の身体に戻そうと押し付けるが……魂は一向に戻ろうとしない。


「無駄じゃ。お主では器から剥離した魂を戻すことなどできるわけがないわい」

「そ、そんな……戻って! 戻って! お願いッス!」


 何度も懇願しながら戻そうとするが、ナクルの顔がただただ悲痛なものに変わっていくだけ。


「無理じゃと言うに。それに戻したところで、肉体はすでに壊れておるのじゃ。戻して……また死なせるだけ。お主らも、そしてその七宮の小娘も救えぬ。ただ辛い思いを繰り返すだけじゃぞ」

「嘘……ッスよ……そんな……っ」

「現実を見るんじゃな。お主では魂を戻せぬし、仮に別の器があっても不可能じゃ」


 その言葉に、ナクルは力が抜けたように項垂れ涙を流し始める。そんな彼女を見るだけで沖長の心が激しく痛む。だがそこであることに気づく。


「……! お主では? お主ではって言ったよな! じゃあ別の器さえあれば魂を宿すことができる人はいるってことか!」


 今度は沖長が問い質す。正直ファンタジーの世界ではなかったら、そんなこと有り得ないと思いつつも、この世界ならばそういうことも可能かもしれないと。

 だが少女は無表情のまま首を左右に振った。


「残念ながらここにはおらぬよ」

「けどその口ぶりは知ってるってことだよな! どこに行けば会える!」

「再度言うが、無理じゃ」

「何でだよっ!?」

「一度器から剥離した魂は、ほれ……もう始まるわい」


 彼女が促した視線の先には、蔦絵の魂があり、その魂が徐々にその輝きが弱々しくなっていく。


「何だよ……これ……!?」

「魂は器があってその存在を維持することが可能なのじゃ。還るべき器をなくした以上は、その存在を保てん。だから……時間がないんじゃよ」


 少女が言う魂を別の器に移す術があるとしても、その神業を行う人のところへ行き、さらには器も用意する時間がないとのこと。


「それじゃ…………マジでダメってことなのかよ……っ! くそぉっ!」


 地面を拳で叩きつけ悔しさに歯噛みする。

 やはり原作を覆すことは不可能なのかと何度も何度も地面を叩く。その度に地面に浅いヒビが走り、沖長の拳も傷ついていく。

 ナクルも絶望しかない現実に嗚咽している。


(くっ……ナクル……! ……本当にもうダメなのか? 考えろ! 何かできるかもしれねえ! 俺に、もしココにいる意味があるとするなら…………何かできることがっ!?)


 自分は間違いなくイレギュラーだ。だからこそ原作の流れを壊すことができるとしたら、それはきっと自分しかいない。つまり自分ならば一筋の光明になれる可能性があるはず。 


 ナクルを悲劇から救い出すために。何よりも沖長自身が彼女を……彼女たちに笑っていてほしいから。

 前世、そして今世を含めた中で、沖長の思考は最も激しく活動していた。様々な案が目まぐるしく浮かび上がっては消えていく。どれも非現実的で奇跡でしかないようなものばかりが思い浮かぶ。


 そういった偶然や他力本願などの案を却下し、現状試す価値があるだろうと予測される考察案だけを残していく。


(魂……壊れた肉体……勇者……ダンジョン……短期間……)


 とにかく考えているこの時間すら今は惜しい。だからこそできるだけ素早く自分の中で一問一答形式で答えを導き出していく。

 そして僅か十数秒で、何十もの思考を繰り返した沖長はとうとう辿り着く。


(……? 壊れた……肉体? ――そっか、だったら試してみる価値はある!)


 考え抜いたその先で、現状一番確率性の高い方法を見出すことに成功した。

 しかし、とまた厄介な問題があることにも気づいてしまう。


(……できればあの子に見られるのは……)


 そんな状況ではないのだが、これから行うことがもし成功すれば、それはまさに神業ともいえる奇跡だ。故に素性の分からない輩に見られるのは避けたかった。

 だから一応試すことにする。それが通じないのであれば、見られていようが実行するつもりだった。


「…………なあ、君はここがどこか知ってるみたいだけど、どうやったら出られるか分かる?」

「先も言うた通り、七宮の小娘を連れ出したとて時間切れじゃぞ?」

「そういうことじゃない。いつまでも閉じ込められたくはないんだ。だからもし出られるならその方法を教えてほしい」

「……正直教える義理はないが、まあよかろう。ここはダンジョンと呼ばれる場所であり、ワシたちが住まう地球とは表と裏といったように密接に繋がっておる」


 その説明は、長門が言っていたことと間違っていない。


「ダンジョンについて詳しく話すとなると長くなるゆえ、帰還方法についてだけ端的に答えてやろう。それは〝ダンジョンコア〟を破壊、あるいは掌握することじゃ」

「……ダンジョン……コア?」


 それは初耳だった。いや、その言葉自体は、ダンジョン系のRPGや小説などを読んだことがあるので知っている。いわゆる〝核〟のようなもので、ダンジョンの命そのものとして扱われる場合が多い。


(長門からはダンジョン主を倒せばダンジョンから帰還できるって聞いてたんだけどな)


 これは長門が嘘を吐いているのか、それともただ間違っているのか判断がつかない。あとで確かめておく必要がある。


「そうじゃのう。ならばココにきたもう一つの目的を先に果たすとするか。少しそこで待っておれ」


 これは嬉しい誤算だ。どうにかして彼女をこの場から遠ざけようと画策していたが、自分から離れてくれるとはありがたい。 

 時間が無い。さっそく行動に移ることにする。しかしその前に……。


「ナクル、ちょっといいか?」

「ひぐっ……な……何スか?」


 まだ泣いているナクルに対し、優しい声音を意識して発する。


「これから起こることを、ここだけの秘密にしてほしいんだ。できるか?」

「? ……ど、どういう……ことッスか?」


 そして沖長はナクルにとって衝撃的な言葉を吐く。


「――――蔦絵さんを生き返らせる」




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