第64話

「……あぁ……二人……とも…………無事……だったの……ね」

「蔦絵さんのお蔭です! あなたが守ってくれたから!」


 あの時、誰よりも早くミミックの攻撃に気づいてくれたからこそ、自分やナクルは無事だったのである。

 しかし今は一刻を争う。とにかくここから出て病院へ行かないと。


(けどおかしいぞ! ボスを倒せばダンジョンは崩壊して元の世界に戻れるって羽竹は言ってたのに!)


 しかしいつまで経っても景色は変わらない。このままではこの空間から出られない。当然蔦絵も治療することができないのだ。

 またも蔦絵が血を吐いたことで、ナクルは彼女に縋りつくようにしてその名を叫ぶ。

 するとナクルの頬にそっと手を当てる蔦絵。


「そんな……顔……しない……の……ナクル」

「で、でもっ……でもぉ……!」

「あなたが……無事……なら……私は……それでいい……のだか……ら」


 想像を絶するほどの痛みを感じているはずなのに、それでもナクルを想い笑顔を浮かべている。蔦絵にとって、どれだけナクルが大事なのかがよく分かる。


「ごめん……ね……」

「!? 蔦絵ちゃん?」

「もっと……あなた……たちに……いろいろ…………教えてあげ……たかったん……だけど…………もうダメ……みたい」

「そんな! そんなこと言わないでほしいッス!」

「……逃げてばかり……だったけど……最後に…………あなたたちを……守……れて……よか……った……」


 必死で開き続けていた瞼が、その重さのままに静かに閉じていく。


「嫌! 嫌ッス! 蔦絵ちゃん、ダメッスよ! 死なないでぇぇぇっ!」


 ナクルの心からの懇願。だが無常にも蔦絵の命の灯が消えていく。何度彼女の名を呼んでも、叫んでも、彼女が再び目を開くことはない。


(そんな…………くそぉっ)


 せっかく原作の流れを変えることができたと思ったのに。ナクルの最初の悲劇である蔦絵の死。そんな残酷なことが本当に起きるなら、それを覆す予定だった。何よりもナクルを悲しませたくなかったからだ。


 いや、それももちろんあるが、世話になった蔦絵に生きていてほしいと願っていたから。


(結局、俺がどうやったって結果は変わらねえってことかよ!)


 確かに原作の流れに変化は生じた。自分というイレギュラーがいたから、それも可能だということを知り、ならば悲劇もどうにか回避できるだろうと信じていたのだ。


 しかし結果はこの通り。まるで歴史を修正する〝ナニカ〟が作用しているかのように、ナクルは勇者として覚醒し、蔦絵はその命を奪われた。結果だけを見れば原作と同じ。

 二人して、無力感に打ちひしがれていたその時――。



「――――どうやら間に合わなかったようじゃのう」



 突然聞こえてきた声に、思わずハッとして声がした方角へ顔を向けた。

 大岩の上。そこからこちらを見下ろす人影がある。


「だ、誰っスか?」


 ナクルも声の主を視界に捉え、どこか怯えたような声音を出す。また新たな敵が登場したとでも思ったのかもしれない。

 実際沖長もすぐに警戒した。何せ原作の流れには、ここで誰かが登場するというシーンはなかったからだ。


 思わず赤髪と同じような転生者がやってきたのかと思って勘ぐってしまう。

 しかしその人物の姿を見てさらに驚きが増す。

 何故ならその人物はナクルとそう変わらない少女であり、かつ先ほどナクルが纏っていたライトアーマーをその身に装着していたからだ。


 造形がナクルとは違う。こちらは少し分厚そうな装甲で、エメラルドグリーン色を基調としており、臀部当たりから長い尻尾のようなものが生えている。それがウネウネと動いていることから、自分の意思で動かせるのかもしれない。


(ナクルと似た鎧? まさかこの子も……勇者?)


 そう判断できるだけの状況証拠があった。

 長門からは勇者の特徴を聞いていた。そして共通して言えるのは、その身に纏うライトアーマーとのこと。もしここに長門がいれば、彼女の正体を看破してくれたのだろうが、登場キャラクターのすべてを知らない沖長には、彼女を見てもピンとこない。


 そんな思考を巡らせていると、件の少女がこちらを観察するように見てくる。その瞳に睨まれた瞬間にゾクッとするものを感じた。まだ幼気な少女にもかかわらず凄まじい眼力である。


 とても深い瞳をしていると、沖長は何となく感じた。それと同時に、何もかも見通すような練達さも伝わってくるようだ。だからこそ沖長は、この少女が原作キャラではなく転生者である可能性が高いと踏む。

 まだ十歳程度の子供にできる眼差しではないと思ったからだ。


「……ふむ。ここの主をやったのは……小娘の方じゃな? 小娘、名は何という?」

「こ、小娘? ボ、ボクはナクルっていうッスけど……! そんなことより蔦絵ちゃんが!」

「蔦絵? ……ああ、七宮の小娘のことか。そうか、残念な結果となったのう」


 軽く左右に頭を振りながらそう言う少女。


「この人を助けて欲しいんス! 誰か大人の人を呼んで――」

「無理じゃ」

「!? ……む、無理?」

「お主に分かっておろう。そやつは――――もう死んでおる」

「!?」

「認めぃ。そやつはすでに骸じゃ。いつまでも死んだ者のことを引きずる出ないわ。そんなこと、これから苦労するだけじゃぞ?」


 ゾッとするほどの冷たい物言い。その瞳も氷のようだ。

 認めたくない現実を再度突きつけられ、ナクルが言葉を失い固まる。


「っ……言葉を選んでくれないかな?」


 少し大人げないと思いつつも、我慢できずに沖長が言い放った。


「一体君はどこの誰なんだ?」

「……先ほどから気にはなっておったが、お主……何故ココにいる? 見たところ何のオーラも感じぬが……不可思議なことじゃのう」


 どうやら自分の思考や気持ちを優先するタイプのようだ。こちらの質問を完全に無視だ。


 するとその時、突然蔦絵の身体から淡い光が発せられた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る