第63話
「ええぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
悲鳴にも近い叫び声を上げたのは沖長ではなくナクルだった。最初はどこか心ここにあらずな感じだったが、正気を取り戻したかのように自分の姿を見た彼女は驚愕している。
どうやらナクル自身、このような現象は初体験のようだ。
しかし現状を見た沖長は、心の中で得心していた。
(なるほどな。コレがナクルの勇者としての覚醒した姿ってわけか)
確かに見た感じ、ライトアーマーに身を包むその凛々しい姿はまさに勇者のような風格を漂わせている。ちょっとカッコ良いと感じたのは特撮などに惹かれる男心所以だろう。
「ナクル、落ち着け」
「で、でもでもでも! これ何なんスか!? いつ着たのかも分かんないッスよ!」
パニックになるのも分かるが、それを黙って見ていてくれる敵ではない。案の用、ミミックの身体から伸び出た妖魔が、再び槍のような造形になってナクルに襲い掛かる。
即座に回収してやろうとか思ったが、ミミックと槍が繋がっているからか、生物の一部と認識してしまっている現状では回収できなかった……が、問題はなかった。
攻撃にナクルも気づいたようで、真っ直ぐ向かってきていた槍に対し、拳を放って迎え撃つと、あっさりと槍の方が弾かれたのである。
しかもその威力は凄まじく、そのままミミックまで勢いで引っ張られて、その先にあった岩に激突した。
(うわぁ、すげえ威力……)
見た感じ、今の一撃はナクルにとって全力ではなかった。にもかかわらずこの威力だ。恐らく覚醒したことにより基礎的な能力が跳ね上がっているのだろう。
ナクルも自分の力に「え? え?」と困惑中だ。
ただこれだけでミミックは倒れるわけではなく、またもおもむろに宙に浮かびながらこちらに向かってくる。
「……カガヤキ…………オワレ……オワレ…………イマワシキ……モノ……」
何やら気になることを言っているが、どうせ問い質したところでまともに答えてくれるとは思えない。
するとミミックがさらに上空へと上がっていき、五メートル、十メートル、十五メートルと、こちらの手が届かない場所まで行く。
(くっ、遠いな。これじゃ階段を作るのも時間かかるかも)
どれだけ浮上しようと、こちらの物資は無限大だ。幾らでも到達できる階段は作れるものの、さすがにこれだけの距離を詰めるには相応の時間を要してしまう。
ナクルも相手に攻撃が届かないから、てっきり悔しいだろうと思っていると、何故かその表情は確信に満ちた色をしていた。
「オキくん……何だか、今なら何でもできそうッス」
「ナクル?」
「よく分かんないっスけど、今のボクだったら何とかなるような気がするんスよ」
まさかここからでも攻撃を届かせる手段があるというのだろうか。もしかしてナクルもまた赤髪のようなオーラを放つ技を使えるのかと思わせた。
ナクルが血塗れで今にも死にそうになっている蔦絵に視線を落とし悲痛な表情を見せる。だがすぐに覚悟を決めたように、再度ミミックの方へ顔を上げた。
「オキくん、蔦絵ちゃんのこと任せてもいいッスか?」
「え? ああ、もちろんだ! できることがあるなら、全力でやってこい!」
「はいッス!」
沖長の後押しに一切の迷いを振り切った様子のナクル。するとまた彼女の身体から蛍火のような光の粒が溢れてくる。とても暖かな輝きでホッとする。そして素直に美しいとさえ思った。
そんな光の粒が、今度はナクルの両足へと集束していく。
「っ……絶対に許さないッスよ! 蔦絵ちゃんが受けた痛み、全部お返しするッス!」
さらに両足が輝いたと同時、ナクルが全力で跳躍した。
沖長は目を疑った。何せ、二十メートルほどはあろうかというミミックとの絶望的な距離を、ナクルがたった一度の跳躍でゼロにしたのだから。
「……ナニ……!?」
ミミックも想定していなかったナクルの凄まじいジャンプ力にギョッとしていた。それでも反射的だろうか、目前に即座に到達してきたナクルに対し、すぐさま妖魔力を針状にして攻撃する。
だが伸びてきた針を勢いのまま蹴り上げ、半ばから簡単に砕いてしまった。そして空中で体勢を立て直したナクルが、右拳に力を込め始める。同時に拳が眩いまでの光で輝く。
「――――《ブレイヴナックル》ッ!」
発言とともに突き出された右拳は、ミミックの巨大な眼球へとめり込む。いや、明らかに体内まで拳が貫いている。
そしてその威力からか、ミミックの身体がドンドンと膨れ上がっていき、ところどころひび割れて光が漏れてくる。
ナクルは拳を引き抜くと、そのままミミックを土台にして跳び距離を取った。
「……コレ……ガ…………ユウシャ…………オノレェ……ッ」
それがミミックの最期の言葉となり、ヤツは急激に膨れ上がって、そのまま爆発し消失したのであった。
(す、すげえ……コレがナクルの力……)
長門から聞いてはいたが、こうして実際に目にするのとではやはり違う。ナクルの勇者としての力は、まさに絶大ともいえるエネルギーを有していた。
あの蔦絵ですら、その支配力を完全に抵抗できなかったほどの妖魔という存在。それに対してナクルは圧倒的なまでの勝利を手にしたのだ。それにあの跳躍力は、どう頑張ったところで人間が出せるものではない。
まさに主人公たる力を見せつけられたと実感させられた。
「……あ! ナクル! ナクルは!?」
あの高さから落ちたらと思って彼女を探すが、彼女はすでに一つの大岩の天辺に降り立っていた。どうやら着地も問題なかったようだ。
そんな彼女の姿を見て安堵の溜息を吐く。ナクルもこちらに向かって屈託のない笑顔で手を振っている。
だが蔦絵がその時、強く咳き込みと同時に吐血した。それを見た二人は、急いで彼女の傍に駆け寄る。
ナクルもすぐに駆けつけたが、いつの間にかライトアーマーは消えていて普段着になっていた。
二人して蔦絵の名を叫ぶと、そこでようやく彼女の瞼が震えながら開く。
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