第61話

「え? ぶっ飛ばす?」

「さっきみたいに殴ったらぶっ飛ばせるッスよね?」

「それは……どうだろう?」


 実際どうなるかなどやってみないと分からない。原作では勇者に目覚めたナクルは、その輝きに満ちた力で妖魔力を吹き飛ばしたようだが。


(ナクルと一緒に分散して戦えば戦略の幅も広がるけど……)


 ただ、こちらとしてはナクルを危険な目に遭わせたくないという気持ちもある。しかし現状打開策が見つからない以上は、自分一人ではジリ貧だ。せめてあのオーラの扱い方が分かればいいのだが、それも今は不明のまま。

 それにナクルには今見せたように自衛できる力があるのも事実。


「…………分かった。ならあの黒いヤツは俺が囮になって引き寄せる。その隙にナクルは蔦絵さんに纏わりついているアレをぶん殴ってやれ」

「了解ッス!」


 とにかく今は二人でできることをしよう。そう判断して動くことにした。


「ナクル、作戦を伝えるぞ」


 そう言って彼女にこれからの凡そこうなるであろう推測を話す。


「えっと……ほんとにそんなことが起こるんスか?」


 などと半信半疑といった様子だったが、「俺を信じてくれ」と言うと、ナクルもまた真剣な表情で「分かったッス!」と答えてくれた。

 こちらの準備が整ったと同時に、向こうもまた攻撃を開始し始めた。幾重にも増やした触手を放ってくるが、沖長はそれに向けて突っ込んでいく。


(この程度の攻撃速度なら!)


 駆けながら向かってくる触手を、素早いサイドステップや跳躍などを駆使し回避していく。


(よし、かわせるな! 蔦絵さんの攻撃の方が何倍も早いっての!)


 普段人外じみた速度で攻撃してくる蔦絵や修一郎に目が慣れているので、これくらいなら避けることはそう難しくはない。


「オキくん、後ろッス!」


 こちらの死角をつくようにして触手が背後から伸びてきたが、それをナクルが教えてくれたので、沖長も即座に対応し真後ろに大岩を出現させて防御する。


「わわっ、いきなり岩が現れたッス!?」


 当然ナクルは不可思議な現象に声を上げているが、その説明もきっとこの後に必要になるだろう。


(大分近づけた。あとは――)


 蔦絵が浮かんでいる位置は、上空五メートルほどか。さすがにこのまま跳躍したところで手は届かないし、届いても警戒されている状態では攻撃を与えるのは困難だ。


(二番煎じだけど、これでどうだ!)


 ここに来てすぐに対峙した妖魔との戦いでも行使した方法を用いた。

 蔦絵の頭上に突然大岩が出現し、そのまま彼女へ向けて落下してくる。当然押し潰すつもりなど毛頭ない。コイツの役目は――。


 触手の攻撃がピタリと止んだ直後、それらが頭上へと意識を向ける。落下してくる大岩に気が付いたのだろう。接近してくる岩に対し、妖魔力で巨大な鎌を形成させると、大きく払うようにして動かす。

 それはまるで豆腐でも切るかのように岩が真っ二つとなる。そのまま二つに分かれた岩が地面に落下していくが、


「…………行け、ナクル」


 軽く口角を上げた沖長の言葉。

 蔦絵の背後に出現する小さな影。それは――ナクル。


「ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 全力で打ち放たれた拳が、蔦絵の背を捉える。相手は回避する間も防御することもできずに、その凄まじい威力を受けて弾かれていく。


(……ん? あの光は……?)


 その時、沖長は確かに見た。ナクルの右拳に宿った淡い光を。

 そして吹き飛ばされた蔦絵が、そのまま地面に落下して転がっていく。


 それと同時にナクルもまた地面に落下してくる。さすがに五メートル以上からの跳び下りは危険が付き纏うと考え、すでに沖長は手を打っていた。

 ナクルの直下に何枚もマットを重ねて出現させ、彼女を優しく受け止めることに成功する。


「ナクル! 無事か!」


 マットの上にいるであろうナクルに声をかける。

 するとマットからひょっこりと顔を出してピースサインをナクルが出して「えへへ、やったッスよー!」と笑った。

 それを見て沖長もホッと息を吐く。


(何とか上手くいったな)


 沖長の作戦はそれほど込み入ったものではなかった。

 まず蔦絵の意識を先陣である沖長へと向ける。ナクルは岩の蔭に潜んで様子を見守り、いつでも動けるようにしておく。


 そして蔦絵に近づいた沖長は、彼女の頭上に岩を出現させる……が、これは攻撃ではなく蔦絵の意識を上空へ向けさせるため。

 避けるのか、はたまた岩自体を対処するのか、どちらにしても何かしら行動を起こすはず。そしてそれは紛れもない隙となる。


 その隙間を利用してナクルが行動を開始。蔦絵すら舌を巻くレベルの持ち前のスピードを駆使して蔦絵の背後へと近づく。

 だが蔦絵はさらにその上にいるので、幾らなんでもナクルの攻撃は届かない。たとえ全力でジャンプしてもだ。いや、もしかしたらビックリ人間の日ノ部家の血を引いているので、できるかもしれないけれど確実性を高めるために、もう一つの策を弄した。


 ナクルの目前に以前回収しておいたレンガブロックを瞬間的に積み上げて階段を作る。

 そしてその先には蔦絵の背中があり、そこ目掛けてあとはナクルが疾走し攻撃を放つだけ。


(この四年の間で、〝瞬間使用〟を練習しておいた結果だな)


 今なら回収と使用を、瞬きくらいの時間で行うことができるようになっていた。しかし目標としては残像すら見えるような速度での切り替えだが、これは要訓練といったところだろう。

 ナクルをマットから降ろし、一緒に蔦絵がいるであろう場所へと向かう。


 そこには地面に倒れたまま動かない彼女がいた。どうやら彼女の身体に妖魔力は纏われていない様子。


「蔦絵ちゃん!?」


 慌てた様子でナクルが駆け寄り、それを沖長も追う。

 すぐに仰向けにしてから沖長が、蔦絵の容態を確かめる。


「脈もあるし呼吸もしてる……ふぅ。命には別状なさそうだ」

「よ、良かったッスゥゥ……」


 そう言いながら地面にへたり込むナクル。


「まああんなとんでもない一撃をまともに受けたのに無事っていう蔦絵さんのデタラメっぷり感謝だな」

「っ……誰が……デタラメです……って?」

「!? 蔦絵さん!? 大丈夫ですか?」


 痛々しそうに顔を歪めながらも、蔦絵は確かに自分の意識を覚醒させていた。


「……二人とも……心配をかけたようね……ごめんなさい」

「そんなこといいんスよ! 蔦絵ちゃんが無事ならそれで花丸なんスから!」


 その通りだ。沖長もまた安堵していた。

 何とか原作とは違って、ナクルも無傷だし、蔦絵も衰弱しているものの生きている。最善の結果だと思う。


 ――しかし、ここに油断があった。


 横たわっていた蔦絵の瞼が大きく開いたのだ。同時に彼女の視線が向かう先に、彼女を動揺させた何かがあると知り振り向く。


 するとそこには細長い槍状に変形した妖魔力が浮かんでいた。

 刹那、ナクルと沖長は後ろへと倒される。何故なら蔦絵によって身体を強く押されたからだ。そして目にすることになった。


 視線のその先で、槍に胸を貫かれた蔦絵の姿を――。




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