第42話
「……その条件ってのは?」
緊張感が漂う中、僅かの沈黙の後に長門は口を開く。
「僕と同盟を結んでくれるかい?」
「? ……同盟?」
つまりは手を結ぶということ。それはこちらとしても、余計な諍いにならないので都合の良い展開ではある。しかし正直意外な提案だったことで、逆に何か隠されているのではと勘ぐってしまう。
「僕はリリミアを支えたいと思ってる」
「ああ、さっき言ってた推しだっけか」
「ん……ああ、そっか。君はナクルの物語を知らなかったんだね。なら簡単に説明すると、この世界における物語の主人公は恐らくナクルで間違いない……と思う」
「恐らく? 曖昧だな」
「まあナクルの物語の原作者っていうのは、いろんな話を作ってるんだよ。それこそナクルの父親である修一郎が主人公の話や、全くナクルたちは関わらないけど同じ世界に住むキャラが主人公の話とかね」
なるほど。つまりはスピンオフ作品が溢れているというわけだ。
「だからまだ本当にナクルを主軸としたストーリーがこの先展開されるのかは確信はない。ただまあ……時系列からいって、恐らくナクルに焦点が当たるだろうとは踏んでるけど」
そこで不意に思い出すことがあった。それはナクルの家に、あの赤髪少年がやってきた時のこと。
(アイツ、修一郎さんに向かって、アンタの主人公の物語はもう終わってるとか言ってたよな。あれはそういうことだったのか)
つまりナクルが生まれる前には、物語として修一郎にスポットライトが当たっていたというわけだ。恐らくその過程でユキナと出会い恋に落ち、ナクルを設けるような流れの話が展開されたのだろう。
「それこそゲームやら小説やらでしか語られない話もあって、正直これからの展開次第じゃ、主役がナクルではない可能性もまた出てくると思う」
「なるほど。思った以上に幅広い作品のようだな」
「それだけ大人気コンテンツだったんだよ。ていうかマジで知らないのか? 一応これでもアニメや漫画、それに映画でも、上位ランクに位置するくらいには人気だったのに」
どうやら想像以上にお化け作品だった様子。
「タイトルとかはあるのか?」
「それはいろいろあるけど、やはり一番人気なのは主役がナクルの【勇者少女なっくるナクル】だな」
「…………も、もう一度言ってくれない?」
聞き間違いかと思ったので再度要求した。
「だから【勇者少女なっくるナクル】だよ」
聞き間違っていなかったようだ。それにしても……。
「ゆ、勇者……? 勇者ってあの勇者だよな? RPGとかに良く出てきたりする」
「ああそうだよ。魔王の対比として描かれやすい存在のあの勇者さ」
じんわりと背中に汗が滲み出ていることに気づく。
実のところ、ナクルが主役の話と聞いていても、ラブコメや恋愛系の話ではないかと思っていたのだ。何せここは平和な現実世界だし、特に何かファンタジーなことが起きているわけでもない。
だから戦争とか血みどろの争いなどという残酷な物語ではないだろうと希望を持ってたこともあり、勇者と聞いて一気に不安になってしまった。
いつか赤髪少年が、ナクルは悲劇に襲われるというようなことを言っていたが、あれも想いを馳せていた男に裏切られるとか、友人が死ぬとか、事故などで死ぬような目に遭うなどといった普通の世界でも起こり得る不幸なのだと勝手に想像していたのだ。
「この世界って…………ファンタジーなのか?」
「ああ、そうさ。ガッツリとファンタジーものだね」
「危険なのか?」
「今はまだ大丈夫だと思うけど、原作が始まるとね」
思わずガックリと肩を落とす沖長。この世界に転生してこれほどのショックを受けたことはない。よもやこの世界が、危険が跋扈する幻想物語だと知り困惑中だ。
(あの神め……大変だって言ってたのは、何も金剛寺たちだけじゃなくて、この世界そのものって話かよ……)
あの言葉の真の意味に気づき大きな溜息が零れ出てしまう。
「随分と衝撃を受けているようだけど、そんなことじゃ原作が始まったら耐えられないんじゃないかい?」
「……そんなにか?」
「正直言って気楽に事を構えていたら乗り切れないと思うよ」
それほどまでに辛い現実が襲い掛かってくる世界らしい。今は金剛寺たちを抜けば、こんなにも平和で楽しいのに……。
「だからこそ僕にも頼れる手が必要なのさ」
「! ……そのリリミアって子もまた危険に見舞われるってわけなんだな」
「察しが良くて助かるよ。僕一人でも何とかできないこともないだろうけど、僕や君たちがいることでどんなイレギュラーな事態が起こるとも限らない。そうなった時、少しでも利用できるものがあれば選択肢の幅も広がるし楽になる」
「本人相手に利用しますってよく堂々と言えるなぁ」
本当に良い性格をしている。まあ本音を隠されるよりは正直者の方が付き合いやすいが。
「言ったろ? 僕は何が何でもリリミアの幸せを願うって。そのためなら悪だろうが、非人道的と言われようがこの手を汚すことも厭わない」
凄まじい覚悟だ。正直に言って、二次元キャラにそこまで執心できないし、誰かのために悪に染まろうなどと思えないが、それでも夢中になれるものを持っている彼に対し、やはりどこか羨望めいた感情を抱いた。
「同盟……か。うん、まあ俺でいいならOKだ。こっちだって羽竹からいろいろ情報を得られそうだしな」
「別に仲良くする必要はないさ。ただ互いに守るべきものを守るために利用し合えればいい」
「こっちとしてはできるなら友人付き合いの方が良いんだけどな」
「…………善処しよう」
プイッと顔を背けた長門の耳がほんのり赤くなっている。
(ははーん、コイツ……前世じゃボッチだったな)
だから友達作りは苦手。知り合いに関してもつかず離れずを取ってきたのだろう。
そう考えると、何だか警戒していた自分がバカらしくなってくる。
「じゃ、早速いろいろ聞いてもいいか?」
それから昼休みが終わるまで、互いに質疑応答を繰り返し、そのあとはまた電話やこうして屋上などで会って情報交換することを取り決めたのであった。
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