第40話

 またも突然の発言に動揺しそうにはなったが、今度はポーカーフェイスを保てたと思う。


「……つまり今後俺たちには関わらないってことか?」


 長門が関わらないと言うのなら、こうして話すこともこれっきりになるだろう。だとしたら、何故昨日は接触したんだという話になる。

 元々関わるつもりがないなら、最初に沖長たちの存在を知った時に避けることだってできたはず。それなのに自分から接触してきたことに疑惑が浮かぶ。


「そういうことじゃない……かな。このまま物語が進んで、君やあの銀髪が今後もナクルと関わっていくとしたら、自然と僕も関わざるを得なくなってくるしね」


 これはどういう意味が含まれているのか。

 少し思案して、思いついた答えを口にしてみた。


「羽竹は、ナクルに関して金剛寺ほどの興味はないし、積極的に関わるつもりはないけど、この先起こるイベントには介入しないといけない理由があるってことか?」

「ふ……その考えを口にするってことは、もう誤魔化したりしないんだね」

「意地が悪い奴だな。そうだな、お前にはもう確信されているようだから言うよ。俺は転生者だ」

「ようやく認めてくれたね。これでいちいち無駄なツッコミをすることなく話を進めることができるよ」


 正直最後まで認めないこともできたが、これでは下手に追及できずに引き出すことのできる情報が限られてくる。リスクはあるが、認めてしまえば質問を選ばなくても良くなる。


「それで? さっきの質問だけど?」

「ああ、今後のイベントに介入する理由……か。それもそうだけど、僕にとってはナクル自身の物語はどうでもいいことなんだよ」

「? どうでもいいだって?」

「僕がこの世界でしたいこと。それは――」


 一体何が飛び出してくるのか、反射的に身構えてしまう。これだけの思考力を持つ相手だ。その中身にとんでもないものを隠していてもおかしくはない。

 そして長門は無表情のまま、その言葉を口にする。


「――――推しと結婚したいだけ」

「………………………………は?」


 一瞬思考が急停止してしまった。一体今、彼は何て言ったのだろうか。いや、聞こえてはいたが明確に処理ができなかった。だから改めて「もう一度言ってくれるか?」と返答を求めた。


「だから、推しと結婚したいだけだよ」

「おし? おし……って、推し活の……推し?」


 確かめるように問い質すと、彼は隠すこともなく大きく頷いた。


 推し――という言葉の意味は理解できている。前世でもその言葉は世界でありふれていたし、社会的問題にも発展していたからだ。

 アイドル、俳優、モデル、さらには二次元のキャラまで、その範囲は幅広く、社会で活動している誰かを熱烈に応援すること。


 その対象が推しであり、応援活動を推し活と呼んでいた。沖長にはそのような存在はいなかったが、世間ではそれこそ熱狂的ファンが大勢いたものだ。

 推しがいればそれだけで満足するということで、恋愛に興味を抱かずに結婚まで至らない人たちが多く、出生率の低下などに繋がり問題になっていた。


「推しってことは…………この世界に誰か応援したい対象がいるってことだよな?」

「ふふ……聞きたいかい?」

「え? あ、ああ……聞かせてもらえるなら」


 するとその言葉を皮切りに、長門の様子がガラリと変化する。


「僕の推しは――第三期から登場するリリミアだ! 彼女は生まれた時から呪いに蝕まれていて、とても残酷で非情な日々を送ってきたんだ! それでも死んだ母に教えられた常に笑顔をっていう言葉を支えに、どんな苦境に立たされても決して笑顔を絶やすことのないまさに向日葵のような子なんだよ! 僕はあの子の笑顔に何度も救われた! ああ、ああ、もちろん二次元のキャラさ! でもそんなの関係ない! あの子が僕を絶望から救い出してくれたことは事実なんだから! それからというもの僕は彼女という儚いながらも健気に奮い立つ一輪の花を全力で応援することを心に決めた! 彼女が関わるコンテンツ、グッズやイベント、その他すべてのものに有り金を注ぎ込んだものさ! この想いは届きはしないだろうが、それでも僕は感謝を込めて少しでも彼女が笑ってくれると信じて!」


 何だろうか、これが人が変わった瞬間というものなのだろうか。

 あれだけクールだった長門が、今では熱血主人公のお株を奪うような熱量でもって饒舌に口を動かしている。

 その凄まじいオタクの圧力に気圧されてしまい、沖長は絶句状態がいまだに続く。


「死ぬまで僕は、彼女を推し続けると決めた。そしてあの日、僕は死んだ。それでも願ったように最後まで推し続けられたことを誇りに思っていた。それがどうだ。転生というチャンスを与えられるどころか、心の底から会いたいと願った彼女がいる世界に行けるって話じゃないか! これはきっと僕が純粋にたった一人の花を愛し続けたから起きた奇跡! 僕の時代が来たって心底思ったよ! だから僕は決めたんだ! あの子を――リリミアと結婚したいってっ!」

「…………あ、うん」

「結婚したいって!」

「いや、ちゃんと聞こえてたって。そっかそっか…………なるほど」


 あまり理解できない話ではあったが、それでも彼のリリミアへの想いだけは伝わった。ただ、その執着心には見覚えがあるし不安にも思ってしまう。


「……もしかして金剛寺みたいに、無理矢理詰め寄ったりしてるのか?」


 すると「はんっ」と不敵に鼻で笑う長門。


「僕を銀髪ともう一人の赤い髪だっけか? アレらと一緒いしないでほしいね。確かに僕はリリミアを愛しているし、結婚したいとも思っている。だけどもし、それが彼女の望まない未来なら強制するつもりはないよ」

「……本当か?」


 嘘を言っている可能性も当然あると仮定して、長門の目をジッと見つめる。長門もまた逸らすことなく、瞳を動揺で揺らすこともなく見返してきた。


「当然さ。オタクが願うのはあくまでも推しの幸せだ。彼女が幸せならそれが一番だろ」


 まるでそれが当たり前かのように言う彼を前にし、とても誤魔化そうとしているとは思えなかった。


「…………そっか。じゃあ俺がとやかく言うことはない。……あ、なるほどな。あの時、昨日乱入してきた時に、お前の参加を拒絶してた金剛寺を納得させたのは、もしかして……」

「ああ、そうだね。あの時、アイツに言ったのは、僕がナクルには興味がないってこと。そして何ならナクルと上手くいくように応援してやるとまで言ったよ。まあ、面倒だから後半のは嘘だったけど」

「はは、良い性格してらぁ。けどリリミアのことは言ってないんだろ?」

「当然さ。銀髪も赤髪もハーレム狙いが強い。きっとリリミアもまたその範疇にいるだろうしね。もっとも彼女に手を出そうとするなら…………ククククク」 


 怖い。怖過ぎる。コイツはできれば敵に回さない方が良さそうだ。


(まあとりあえず、そのリリミアって子と敵対しなければ争うことはなさそうだけど)


 それでもまだ確かめないといけないことがある。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る