第39話


 ――翌日。


 教室へ入ると、沖長は何故かクラスメイトたちに囲まれた。

 何事だと思ったが、その原因は勝也を見ることで明らかになる。


 どうやら昨日の件を、まるで英雄譚のように皆に語ったらしい。クラスでは大人しい目立たないタイプの沖長だったが、勝也のせいで一気に注目を浴びてしまった。

 正直いって迷惑極まりないが、ナクルもどういうわけか勝也と一緒になって沖長を褒め称えるものだから止める術が見つからなくて諦めることになったのである。


(……ん? そういや金剛寺がいないな)


 誰かがこんなふうに目立っていたら必ず介入し、その人気を自分のものにしようとしてくるのだが、彼の姿が見当たらない。まだ登校していないだけなのかと思ったが、授業が始まっても彼が姿を見せることはなかった。担任からは体調不良で休みだということ。


(もしかして昨日の件が原因か?)


 長門に何かされて無感情になってしまったこと。これまで体調不良などで休んだことのない彼だから、その可能性が高いと踏んだ。 

 それも含めて、長門に問い質しておこうと決める。


 そして昼休みになり、ついてくるというナクルを説得して、一人で第三校舎の屋上へと向かった。

 そこにはすでにフェンスのすぐ近くで、握り飯を片手に食事中の長門がいた。本当に同じ学校だったようだ。


「よ、昨日ぶり」


 こちらに視線を向けはするが返事はしない。そのまま握り飯を口の中に放り込み、ペットボトルの茶で喉を潤すとこちらに背を向ける。

 何となく長門の隣まで行き、まずは何気ない会話から始めることにした。


「今握り飯を食べてたけど、給食もあっただろ?」

「……あれだけじゃ足りなくてね」

「意外に大食いなのか?」

「育ち盛りといってほしいものだね」


 この学校の給食は質も高く量も多い。今日はカレーだったが、サラダにスープ、そしてデザートと、大人でも満足できるほどのメニューであった。

 それに加えて握り飯を食べるとは、もしかして自分と同じ食べることが好きなのかと、少し親近感を覚えたのである。


「まずはそうだな、改めて挨拶でもしようか? 俺は札月沖長。どこにでもいる普通の小学一年生だ」

「どこにでもいる……だって? ……ふ」


 鼻で笑われた。これはやはり想定した通り、こっちが普通ではないことに気づいてる示唆だろう。

 すると今度は自分の番とばかりに、フェンスの向こう側を見ながら自己紹介をしてきた。


「昨日も言ったけれど、僕の名前は――羽竹長門。…………転生者さ」

「っ!?」


 思わず息を呑んだ。まさか自分から真っ直ぐに正体を明かしてくるとは思っていなかったからだ。そんな想定外な告白に、明白に動揺してしまった。

 そんな沖長を横目でジッと見つめていた長門が、改めてこちらに向き直る。


「その反応、やはり……君もそうなんだね」

「っ…………転生者? どういう意味?」


 いきなりのことで変な反応をしてしまったことを後悔する。まさか初手から仕掛けてくるとは迂闊だった。


「ふ……今更誤魔化そうとしなくてもいいよ。昨日の件があっただけじゃない。これまでの君を観察しての答えだからね」


 またも驚いてしまうことを平然と口にしてきた。


「……これまで? どういうことだ?」


 少し声が低くなった。自分でも大分警戒していることが分かる。


「この世界に転生した僕は、まず身の回りを調べることにした」


 何やら彼の過去語りが始まってしまった。ここは静かに耳を傾けることにする。


「その中で、幾つかあり得ないはずのイレギュラーを発見することができた。その一つが……君だよ、札月」

「イレギュラー? 言ってることがサッパリだぞ」

「この期に及んでそのスタンスを貫くつもりかい? まあいい。じゃあ続けようか。君はこの世界が、どういう世界が知っているだろ?」

「どういうと言われても、普通だろ?」

「普通……ね。じゃあ何で君は、ナクルの近くにいるんだろうね?」

「それは幼馴染で……」

「有り得ない」

「え?」

「ナクルの背景に男の幼馴染はいない。そういう設定だったからね」


 やはりコイツも、銀河や赤髪と同じくナクルの物語について知っているようだ。それに背景も詳しいようで、こちらからしたら何かしら情報を得られる機会かもしれない。


「それにあの銀髪……金剛寺って奴も存在しないんだよ。……本当ならね。でも僕はナクルの周辺を調査した結果、君たちを目にした。本来の物語にいないはずの人物がいる。つまり君とあの銀髪は紛れもなくイレギュラーだってことさ」


 ジロリと射抜くような視線を向けてくる。これは怒りとかではなく、こちらの反応を一挙手一投足見逃さないぞというような意が込められているようが気がした。

 先ほど長門は転生してすぐに身の回りを調査したと言っていた。この世界がナクルが主人公の物語を主軸したものだと知っていたら、間違いなくナクルを確かめに行ったに違いない。


 そしてその時、ナクルの傍にいる沖長という子供を知った。だから彼はこちらに疑心を抱き、十中八九転生者だと認知したわけだ。


「最初は、僕たちがいるせいで生まれたただのイレギュラーかと思ったけど、昨日の件で間違いなく銀髪と君は僕と同じだと理解したよ」


 物語――いわゆる原作の中にいないキャラクターがいたという事実。長門にしてみれば、転生者である自分が生まれたことで、何かしらのバタフライ効果が発生し、パラレルワールド化した結果、沖長や銀河が誕生したという考えも持っていたらしい。


「六歳児にしては有り得ない言動が多過ぎる。特にあの銀髪や……もう一人いたけど、アレらはナクルのことを最初から知っていたかのように執着し過ぎ。結果、僕は君たちの正体を見極めることができたってわけさ」


 想像以上に厄介なヤツだ。ここまで思考能力が高いとは、これ以上は誤魔化し切れない。いや、誤魔化しても納得はしてくれないだろう。


(コイツは……どっちなんだ? 敵なのか……味方なのか、それとも……)


 自然と沖長の心が冷たくなっていく。

 もし敵対するなら、容赦するわけにはいかない。証拠が無い以上は黙し続ければいいと思うだろうが、こういう輩が手段を選ばずに来たらきっと大事になってしまう。 


 そうならないうちに対処は必要だ。だからあの手段を講じてでもこの場は……。

 そう思った矢先だ。


「安心していいよ。僕は、君たちをどうこうするつもりなんてないから」




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