第38話

「オキくぅぅぅぅん!」


 感極まったように駆け寄ってきたナクルが抱き着いてくる。勝也と違うのは、ちゃんと受け止めたことだ。だから勝也がブツブツ文句言っているけれど無視しておく。


「やったッス! やっぱりオキくんはすごいッスよ! カッコいいッス!」

「はは、喜んでくれるのはありがたいけど、ナクル……ちょっと痛いって」

そう言うと「あ、ごめんッス」と言って離れてくれた。

「それに俺だけで勝てたわけじゃないしな。勝也やこっちの羽竹がいてくれたお蔭だ」


 一人でもやりようによっては勝てただろうが、それでも意外にスムーズに勝負を決められたのは彼らがいてくれたからだと思っている。

 チームプレイが上手くハマった事実に、沖長は清々しい快感を覚えていた。楽しかった。それが正直な感想である。


 するとそれまで黙っていた羽竹が「じゃあ僕はこれで」とあっさりした様子で去ろうとしたので、「ちょっと待ってくれ」と呼び止めた。


「何? もう用事はないと思うけど」


 それは本気かと言いたい。正直彼に聞きたいことは山ほどある。恐らく向こうだってこっちに確かめたいことはあるはずだと認識していた。 

 ジッと互いの目を見返していると、羽竹が軽い溜息とともに耳打ちしてくる。


「…………明日の昼休みに第三校舎の屋上で」


 それだけを言うと、今度は足と止めることなくコート内から出て行った。


「んだよ、アイツ。せっかくかったんだかし、もっとよろこべばいいのよぉ」


 勝也の言い分ももっともかもしれないが、沖長にはそれよりも気になることがある。


(昼休み……第三校舎? アイツ……同じ学校だったのかよ)


 そうでないと通じない言葉である。ということは、あっちはこちらが同じ学校に通っていることを知っていたということになる。

 チラリとナクルを見ると、彼女はにへらと笑う。


(……ナクルがいたからってのもあるか)


 もし転生者で、この世界のことを熟知しているなら、ナクルの通う学校を知っていてもおかしくはない。

 ならば沖長や銀河が原作には存在しないイレギュラーだということも……。


 長門は〝沖長たちの在り方〟を確かめるために近づいたようなことを言っていた、あれは果たしてどういった意味合いなのか。


(ま、それも明日聞きゃいいか)


 ただ、願うのは赤髪のように問答無用で敵対し襲ってこないこと。とはいっても然程心配はしていない。

 銀河とも比べて、長門は扱いにくそうな感じだが、こちらの話をまったく聞かない相手には見えない。できれば情報共有できる人物なら幸いだが。


「ねえねえ、オキくん! これからおいわいしようッス!」

「お、それいいな! おれもうクッタクタだし……」


 ナクルの友達も賛成のようで、フードコートで何かを食べながら談笑する予定が決定した。

 そうしてフードコートに辿り着くと、人々の視線が何だかこちらに集中しているような気がする。


 どうやら先ほどの試合の噂が広がっているようで、何とも居心地が悪い。銀河なら注目を浴びて大手を振るうだろうが、特別目立ちたいという意識が無い沖長は苦笑してしまう。


「にしてもアレだよなぁ。さいごの沖長のシュートはすごかったよな! キレイにスパッときまってよ!」


 勝也が若干興奮気味に言い、それにナクルたちも賛同して何度も頷いている。


「それにあのブタってヤツもさいごにころぶって、うんがなさすぎだよなぁ!」

「そういえばもう一人の、眼鏡の子についていた人も転んだッスよね? またファールされるって思ったッスから、ほんとうに運が良かったッスよ」


 何も知らない勝也とナクルはそう口にするが、アレはもちろん偶然なんかではない。

 あの時、彼らが滑って転倒したのは沖長の仕業である。


 彼らが床に力一杯踏み込もうとした瞬間を見計らい、《アイテムボックス》の機能を使って、その足元に〝液体のり〟を出したのだ。

 そのせいで踏ん張りが聞かずに、勢いよく転んでしまったというわけである。


 いくら無色透明の液体のりだからといって、確かめられたら困ると考え、すぐさま回収もしておいた。だからあの場には何も残っていないので、彼らはただ運悪く滑ったようにしか見えないだろう。

 しかしあの現象は、間違いなく沖長の起こした必然だった。


 目には目を。歯には歯を。そして――ズルにはズルを。


 ラフプレーばかりする彼らに、少し痛い目を見てもらおうと、こちらも反則ズルを使わせてもらったというわけだ。

 ただ、できれば使いたくはなかった。あちらが正々堂々と向かってきていたら使っていなかったし、たとえ証拠を隠滅したとしても、誰かに見咎められる可能性も否定できなかったからだ。


 そう考えれば、沖長もまた思った以上に頭に血が上っていたのかもしれない。それだけ彼らに怒りを覚えていたのだ。

 ここらへんが肉体に精神が近づいている所以なのかもしれない。前世では大人しい性格ということもあって、あまり感情的になったりはしなかった。


 とはいえ、やはり負けるわけにはいかなかったので、どうしようもなければ使っていた可能性は高い。そもそもの話、あの体格差でハンデもないのだから、少しは大目に見てほしいとは思うが。


「あ、そういや金剛寺のやつ、何だよいきなりかえりやがってよぉ」


 やはりその話題が出たか。勝也のそんな言葉に、ナクルたちも不思議がっていた。

 勝也が「おまえはどうおもう?」と沖長に聞いてきたので、


「そうだなぁ。羽竹が言ってたみたいに、燃え尽き症候群かもなぁ」


 思ってもいないことを口にした。


 十中八九、長門が何かしただろうが、それをそのまま教えても意味がないし何よりも証拠がない。

 それともう一つ、あれだけの騒ぎがあったにもかかわらず、店員が駆けつけたりしなかった背景も気になる。それも長門が何かしたとするなら……。 


(それも明日、確かめられるといいんだけどなぁ)


 一人の人間に対し根掘り葉掘り聞きたいと夢中になったことはないし、正直に言うなら今後関わらないなら羽竹のこともどうでもいいのだが、そうもいかない立場である以上は、何かしらの情報は得ておきたいのだ。


 あの力がもし自分や家族、そしてナクルに向けられるとすれば黙っておけない。何かしらの対処法が必要になる。だから捨て置くことはできない。


(もし敵対するなら、最終手段を使うことも考えなきゃな)


 ある覚悟を持って明日は挑もうと決意した。



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