第31話 夢の実現
その日ソフィアは外傷患者の診療を担当していた。
つい先ほど治療した患者を見送り一息ついていると、慌てた様子のジルが勢いよく部屋に入ってきた。
「ソフィア様! フランジット病院に馬車に引かれた子どもが運ばれてきたそうです。なんとか止血はしているそうですが一刻を争います」
「わかりました! 直ぐに行きましょう! ケイトリンさん、ここはお願いします」
ソフィアは隣で軽症患者の処置をしていたケイトリンにその場を任せると、ジルの転移魔法で地方にあるフランジット病院へと転移した。
「お待たせしました!」
ソフィアが病院へ着くと病室のベッドに意識を失った少女が医術師の懸命な処置を受けている。
「ソフィア様! 出血の多い血管は結合したのですが、内臓が損傷していて……」
「わかりました」
ベッドの横で泣き崩れている少女の母親は看護師に肩を抱かれていた。
「聖女様が来て下さったのでもう大丈夫ですよ」
ソフィアは少女の腹部に両手でそっと触れ魔力を込めていく。少女は暖かい光に包み込まれ、そのまま光は少女の体の中へゆっくりと消えていった。
「もう、大丈夫だと思います」
腹部の状態も綺麗に戻り、浅かった呼吸も穏やかになってきた。
「聖女様の治療が間に合って良かったです」
処置をしていた医術師もホッと息をつく。
「聖女様! ありがとうございます、ありがとうございます」
母親は何度も頭を下げ、ソフィアにお礼を言う。
「顔を上げて下さい。私は当たり前の事をしたまでですよ」
ソフィアは涙が止まらない母親の肩をそっと手を置き、まだ眠っている少女に優しく微笑む。
「もし、今後体調が悪くなったり、何かありましたらいつでも呼んで下さいね」
そう言ってジルと一緒に転移魔法で帰って行った。
国立病院へ着き、治療室へ戻るとちょうどケイトリンが患者を見送ったところだった。
「ソフィア様、お帰りなさい。どうでしたか?」
「なんとか間に合いました」
「良かったです。こちらもあれから重症の患者は来ていないので大丈夫ですよ」
それからソフィアはまた通常の診療を始めた。
その日の診療を終えたソフィアは報告書を書いていた。各地方に少しずつ病院が建ち、附属学校を卒業した医術師たちが各々配属されていったが、まだ試験運用段階で様々な課題も出てきている。
そんな中で、小さな命を救うことができたソフィアは自身が目指す病院の在り方に近づいてきていると充実感を覚えていた。
「本当に間に合って良かったですね。到着する前に亡くなっていてもおかしくありませんでしたよ」
ジルが隣で報告書を覗いている。
「事故現場もフランジット病院から近かったのが幸いでした」
「ちゃんと連携も取れていたと思います。少女が運ばれて来た時点で通信係の魔術師がうちに連絡をくれましたから」
地方の病院には医術師、看護師と国立病院との連絡を取り合う通信係の魔術師が常駐している。
「今回のように目に見えて重症の患者だと聖女様の派遣もスムーズに行きますね」
「逆に一見重症には見えない患者の方が手遅れになってしまう場合があると言うことです」
ソフィアは今後、透視魔法を使える医術師を増やしたり、余裕のある時には派遣要請がなくても各病院に聖女が巡回に行くことも必要だと報告書に書いた。
報告書が書き終わる頃、ちょうどノアが部屋へ迎えにきた。
「ソフィア、終わった? 帰れる?」
「はい。ちょうど終わったところです。ジルさん、お疲れ様でした」
「ソフィア様、お疲れ様でした」
ソフィアはジルに挨拶をしてノアと病院を後にした。
「今日も地方の病院から派遣要請があったんでしょ? 疲れてない? 大丈夫?」
ノアが心配した様子で尋ねてくる。
「大丈夫ですよ。派遣要請は一件だけでしたし、国立病院での患者も多くはありませんでした。それよりも、私は今まで遠くの地で聖女の治療を受けることも出来ずに亡くなってしまっていたであろう命を救うことが出来て、とてもやりがいを感じています」
ソフィアは疲れた様子は一切見せず、その瞳は力強い。
「ノア様こそ、毎日転移魔法を使って各地の病院を見回っているではないですか」
ノアは各病院での運営管理や配属された医術師からの患者の症例報告などを纏める役割をしていた。
また、新しい医術と魔法の研究にも携わっており、ソフィア同様忙しい日々を送っている。
「僕もソフィアと一緒だよ。とてもやりがいを感じてる」
二人は顔を合わせ微笑むと手を繋いで歩いていく。
「そうだ、明日はソフィアが以前住んでいた街にできた病院に行くんだ」
「そうなのですね。そういえば私、王都に来てから一度もあの街へ帰っていません……」
ソフィアは少し寂しそうな、不安そうな表情だった。
「明日、ソフィアは病院の仕事はお休みだよね? 一緒に行く? お店の様子も見てこようよ」
「いいのですか?」
「もちろんだよ」
ノアの嬉しい申し出にソフィアの表情は明るくなった。
次の日、ソフィアが以前住んでいた街にできた病院に行った後、ノアとソフィアは数年ぶりのお店を覗いていた。
随分と埃被ってはいるが、ソフィアが出てきた時の状態のままだった。
「なんだかとても懐かしいです……ですが、すごく埃が積もっていますね」
「中に入らないの?」
ソフィアは久しぶりの店に入りたい気持ちもあったが、仕事終わりで疲れているであろうノアをこんな埃まみれの店に案内するわけにもいかない。
「今日は止めておきます」
「そうか。来たくなったらいつでも言ってね。転移魔法で一緒にこよう」
「ありがとうございます。次に来る時は気合いを入れて掃除をしたいと思います」
「そうだね。それがいいかもしれないね」
二人が帰ろうとした時――
「あ! 魔女の姉ちゃんだ!」
以前、よく怪我をしてソフィアが薬を塗ってあげていた男の子がいた。
「あなたは……お久しぶりです。大きくなりましたね」
「当たり前だよ! あれから何年たったと思ってるんだよ」
男の子は腕を組んで仁王立ちしている。
「魔女の姉ちゃんがいなくなってから隣村の薬屋まで薬買いにいかないといけなくなって大変だったんだぜ。しかもあの婆さんの薬、魔女の姉ちゃんの薬と比べて全然効かないし」
ソフィアの作る薬は癒しの魔法がかかっていたため効き目が違うのは当たり前だった。
「それは、ごめんなさいね」
「でもいいんだ。あのすげー大きい病院、魔女の姉ちゃんが作ってくれたんだろ? 母ちゃんが言ってた!」
国立病院と比べると小さい病院ではあるが、ここ辺りでは一番大きな施設だ。
「あの病院はね、たくさの人がみんなで力を合わせて作った病院なんだよ」
「俺! 大きくなったらあの病院で働きたいんだ!」
「それは楽しみです」
あのよく怪我をして泣いていた少年が立派に成長しているなと感慨深く思っていると、少年がソフィアの横にいるノアに目を向ける。
「あ! 不審者の兄ちゃんじゃんっ!」
「ふ、不審者?!」
急に不審者呼ばわりされたノアはたじろく。
「あっ、それは言ってはだめだと言ってあったではないですか」
「でも、いっつも魔女の姉ちゃんの店覗いてたし」
「それはお客さんとして来たかったからお店を見ていたんですよ」
「いや、あれはそんなんじゃなかったぜ。魔女の姉ちゃんのストーカーみたいだった」
まさかこんなところでソフィアのストーカーまがいのことをしていたとバラされるとは思っていなかったノアは顔が青ざめ、何も言えなかった。
「ですが、今は私の夫なのですよ。不審者ではないので安心して下さいね」
「まじで!?」
少年はノアにニヤリとした顔を向ける。
「良かったな、兄ちゃんっ。じゃあまたな」
少し高い位置にあるノアの肩をポンっと叩いてそのまま帰っていった。
「はは……」
ノアは苦笑しながら少年に手を振った。
「元気そうで良かったです」
ソフィアはノアの心情には気付くことなく笑顔で少年を見送った。
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