第30話 喜び、そして恐怖

 それからしばらくたった休日、ソフィアとマリアは王城に来ていた。出産したフローラに会いに来たのだ。


「わぁ! とっても可愛らしい女の子ですね」


「本当に! フローラ様によく似ていらっしゃいます」


 ソフィアとマリアは見慣れない赤子に興奮気味だった。


「私には微量過ぎてまだよく見えないのだけど、ルイス様がこの子はきっと光属性の魔力を持っているだろうって」


 ルイスとノアはフローラが出産後直ぐに面会に来ていた。


「まあ! この子は将来の聖女なのですね!」


「それはとても楽しみですね」


 二人はフローラが抱いている赤子にそっと触れさせてもらった。


「そう言えば、ソフィアさんやっと結婚したのね。おめでとう」


「ありがとうございます」


「あの……フローラ様、ソフィアさん」


 マリアは何故が顔を赤らめてソフィアとフローラを交互に見た。


「実は私も先日、婚約者だった方と結婚しました」


「「え!?」」


「ど、どうして言ってくれなかったのですか?」


 ソフィアが病院でノアと結婚したことを報告した時にはマリアは自分のことは何も言っていなかった。


「フローラ様とソフィアさんが揃っている時にお伝えしようと思いまして」


「そうだったのですか。おめでとうございます!」


「なんだか、おめでたいことがたくさん重なって嬉しいわね。マリアさんもおめでとう」


「はい、ありがとうございます」


 三人が盛り上がっているところに部屋のドアがノックされた。フローラが返事をすると、アレックスが入ってきた。ソフィアは以前会ったときよりも随分と大人びたアレックスに少し緊張しながら軽く会釈した。


「マリアさん、ソフィアさんお二人ともお久しぶりです」


「アレックス様、お久しぶりです」


 ソフィアは国立病院で働き始める前日に一度会ったきり、アレックスとは会っていなかった。


「お久しぶりです、半年前の夜会ぶりですね」


 ソフィアはマリアの夜会という言葉に自分との違いを感じた。


 アレックスはにこりと微笑んだ後、真剣な表情になりソフィアの方を向いた。


「ソフィアさん、以前お会いした時は大変失礼な事を言ってしまい、本当に申し訳ありませんでした」


 深々と頭を下げるアレックスにソフィアは慌てて手を振った。


「そんな! 頭を上げて下さい。あの時のことは気にしていませんし、アレックス様のお考えもごもっともでしたから」


「いえ、僕はソフィアさんと兄様のことをちゃんと知ることもせず、自分の意見を押し付けようとしていました」


「もう良いのですよ。アレックス様、私は今幸せなのですから」


「ありがとうございます。僕はいずれこの国の国王となる身として、皆さんに、そしてこの子に恥じないよう精進していきます」


「はい、楽しみにしています」


 アレックスはもう一度頭を下げると部屋を出ていった。フローラは部屋を出たアレックスの方を向き呟いた。


「ちょっと真面目過ぎるところがあるのよね」


「ですが、きっと良い国王になられると思います」


「私もそう思います!」


 ソフィアはノアよりもアレックスの方が国王に向いているなと密かに思った。


「そう言えばソフィアさん、ルイス様とノア様から聞いたわよ。王都以外の様々な土地に病院を作ろうと考えているんでしょう?」


「はい。ですがなかなか難しいと思います」


 眉を下げたソフィアだったが、反対にマリアは得意気に言う。


「そんなことありませんよ! ソフィアさんの提案を受けて、まずは人材を育てるためにと来年から国立病院の附属学校が開校することが決まったのですよ」


「そうなの? 凄いじゃない。私ももうすぐ仕事に復帰するから何か出来ることがあったら言ってね」


「ありがとうございます」


 三人はその後も暫く話しをして、日が沈む前にソフィアとマリアは帰ることにした。

 王城の外にはマリアを迎えにきた馬車が停まっている。


「ソフィアさん、送って行きますよ」


 マリアに馬車に乗るように促されたが、マリアが帰る方向は屋敷とは反対方向だった。


「ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。まだ明るいですし、近いので歩いて帰ります」


「そうですか? 気を付けて帰って下さいね」


「はい。また明日、病院で」


 ソフィアはマリアの乗った馬車を見送ると屋敷の方へ歩き出した。


「ソフィア様っ!」


 少し歩いたところで誰かに名前を呼ばれ振り向くと、そこには私服姿のベンソンがいた。


「ベンソンさん……」


「ソフィア様、お一人ですか? 良かったらこの後一緒にお食事でもどうですか?」


 ベンソンはソフィアと会えたことが嬉しいのかニコニコと話しかけてくる。


「すみませんが、お食事には行けません」


 ソフィアは踵を返し帰ろうとしたが、腕を掴まれかなわなかった。


「待って下さいよ」


 ソフィアは掴まれた手の力強さに恐怖を覚えながも必死に抵抗する。


「私には夫がいるのです。他の男性と食事に行くことは出来ません」


「夫……?」


 ソフィアが結婚したことを知らなかったイアンは驚いたが、すぐソフィアの胸元で光るペンダントに気がついた。


「それは、ノア王子の……?」


「そうです」


「なんでっ」


 ベンソンの手の力が緩んだ隙にソフィアは腕を振り払うと距離をとる。


「あの忌々しい呪いを解いてくれた君をあっさり捨てた、恩知らずの王子とまた結婚したの? そんなやつやめて僕と結婚しましょうよ。幸せにしますよ」


 ベンソンの顔つきはどんどん怖くなり、じわじわと近づいてくる。ソフィアは足がすくんで動けなかった。


 その時――


「ベンソン! 何してる!」


 恐ろしい剣幕のライアンが現れた。後ろにはディランもいる。


「団長……いや、これは」


「言い訳は後で騎士団で聞いてやる。ディラン連れてけ」


「はい」


 ベンソンはそのままディランに連れられ去っていった。


「ソフィア君、大丈夫?」


「はい、大丈夫です……」


 大丈夫と言うソフィアの手は震えている。


「ごめんね。もう少し早く何か手を打っておくべきだった」


「いえ、ライアン様のせいではありません」


「送っていくよ」


 ソフィアはライアンに送られ屋敷へと帰って行った。


 屋敷に着くとライアンと一緒に帰ってきたソフィアにノアは怪訝そうな顔をして出迎えたが


「すまない」


 突然頭を下げたライアンに驚いた。


「えっと……どうしたの?」


「ソフィア君がうちの団員に絡まれてたんだ」


「えっ! どういうこと?! ソフィア大丈夫?」


「はい。助けていただいたので、なんとか……」


 ソフィアの表現は暗かった。


「あいつには騎士団で然るべき処分を下そうと思う。ノア、ソフィア君のことはお願い」


 ライアンは騎士団へと帰って行った。


「ソフィア、中へ入ろう」


 ノアはソフィアの手を引いてそのままソフィアの部屋の前まで行く。

 ドアに手を掛けようとしたが、思えば今までノアはソフィアの部屋に入ったことはない。


「僕も、部屋に入ってもいいかな?」


 ソフィアは黙ったまま頷くとノアはドアを開け部屋に入る。

 二人はベッドに腰掛けるとノアはそっとソフィアを抱きしめた。


「怖い思いをしたね。大丈夫?」


「何かされた訳ではないのです。ですが、人の好意があんなにも恐ろしいと思ったのは初めてでした」


 ソフィアはベンソンに掴まれた方の腕をぎゅっと握った。


「ソフィア、ごめんね……」


「どうしてノア様が謝るのですか?」


「ソフィアに言い寄ってくる騎士の話を聞いた後、ライアンから詳しい話を聞いたんだ。僕が不甲斐なくソフィアを待たせていたばっかりにこんな事になってしまった」


「ノア様のせいではありません。私がもっとはっきりお断りしておくべきでした」


 まさかこんな事になるとは思っていなかったソフィアは、今までの対応を後悔した。


「きっとライアンがしっかりとした対応をしてくれるよ」


「そうですね……」


 ノアは俯くソフィアの頭を優しく撫でた。


 次の日、ソフィアはノアと一緒に国立病院へ出勤した。

 病院へ着くと入り口でライアンが二人を待っていた。


「ライアン様、昨日は助けていただいてありがとうございました」


「いや、こちらこそ申し訳なかった。ベンソンは辺境地の分団へ左遷することになった。もう、ソフィア君の前には現れないという誓約書も書かせたから」


 ライアンは誓約書の写しをソフィアに手渡す。


「ベンソンのことはもう心配ないと思うけど、もしまた何かあれば遠慮なく言ってね」


「はい。ありがとうございます」


「ライアンありがとう」


 ソフィアとノアはお礼を言うと仕事に戻るライアンを見送った。


「ノア様も、送っていただいてありがとうございました」


 ソフィアがノアにもお礼を言うとノアはにこりと微笑む。


「昨日、ソフィアのことがあって言いそびれたんだけど、今日から僕も国立病院で仕事をすることになったんだ」


「そうだったのですか?」


全く知らなかったソフィアは驚いて目を見開く。


「仕事中は別々だけど、今日からは毎日行き帰りも一緒だからね」


 ソフィアとノアは二人で病院へと入って行った。 


 その後ソフィアは通常通りの診療を始め、ノアは派遣されている魔術師団医術研究機関員と共に、今後地方に病院を作るための協議を始めた。


 聖女が常駐していなくてもある程度の治療ができなければ病院として成り立たない。魔法が使える者と使えない者の役割分担を明確に、そして医術の知識は平等に広めるため、附属学校では身分は関係なく志のある者は皆学べるような制度にするよう決定した。


 留学していた魔術師団員が国立病院での治療の研究も続けながら、附属学校の指導員となり学生の授業を担当することになった。

 三年かけて各地に病院を建て、三年間附属学校で学んだ者たちを随時各病院へ配属していく。 ノアは魔法の研究もしながら医術と併用する治療方法も確立していった。


 そうしてソフィアの夢の実現に向けて着実に進んで行った。

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