第29話 プロポーズ
次の休みの日、約束していた通り出掛けることになったが、色々と考えた結果、お弁当を持って以前ピクニックに行った屋敷の裏の丘へもう一度登ることにした。
「私、国立病院で働きはじめて少し体力がついたように思います」
「ああ、僕もだよ。以前登った時と比べてずいぶん楽に登れた気がする」
二人は頂上へ着くと菜の花畑を眺める。
「私、以前ここに来た時はこれから聖女としてちゃんとやっていけるのか凄く不安でした。ですが、ノア様に背中を押してもらい、支えてもらってここまでこれたと思います。ありがとうございます」
ソフィアはノアの顔を見上げ微笑む。
「お礼を言うのは僕の方だよ。ソフィアが、この体をずっと蝕んでいた呪いを解く方法を教えてくれたんだ。そして生きる希望を与えてくれた。本当にありがとう」
二人は一本木の木陰に腰を下ろすと何も言わず、景色を眺めていた。
しばらくした後、ノアがおもむろに話始める。
「ソフィア、僕は君にふさわしい人間になろうと思っていた。なろうと努力してきたつもりだった。だけど、本当にそうなれているのかまだ自信がないんだ」
ノアは前を向いたまま遠くを見つめていた。
「それは、私も同じです。どれだけ経験を積んでも、たくさんの人に感謝されても、いつまで経っても満足のいく自分にはなれていません。人はきっと生きている限り成長し続けたいと思ってしまうものなのです」
ソフィアは前を向いているノアの横顔をじっと見つめる。
「私は、そんな人生の中で共に歩んで行きたいと思える人に出会えたことがとても幸せだと思っています」
ノアはソフィアがじっとこちらを見ていることに気付き目線を合わせた。
「ソフィア……こんな僕でもずっと一緒にいてくれる?」
「どんなノア様でも私はずっと一緒にいたいです」
ノアはソフィアを優しく抱きしめると耳元で囁く。
「ソフィア、愛してる。僕と、結婚してください」
「はい」
ソフィアはノアの腕の中で微笑みながら涙を滲ませた。
ノアはソフィアの体をゆっくり離すとポケットから箱を取り出した。
蓋を開けて差し出す。
そこには綺麗な石がはめ込まれたペンダントが入っていた。
「ノア様の瞳と同じ色……」
「本当は指輪を贈ろうと思っていたんだけど、ずっと身に付けていて欲しいから。指輪だと仕事の時、邪魔になるだろうと思ってペンダントにしたんだ」
「ありがとうございます。とても嬉しいです。肌身離さずつけておきます」
顔を綻ばせ喜ぶソフィアに、ノアは箱からペンダントを取り出すとソフィアの首にそっと掛けた。ソフィアは掛けられたペンダントとノアの瞳を交互に見つめるとフッと笑う。
「どうかしたの?」
「以前、ライアン様に頂いた髪飾りにもノア様の瞳と同じ色の石がはめ込まれてあるのです」
「そう、なの……?」
ノアは嫉妬の念に駆られて髪飾りの石の色まではよく見ていなかった。
「実は私、ある騎士の方にずっとお食事に誘われていて、いつもお断りしているのですが、少し執拗な方で困っていたのです。そうしたらライアン様がこの髪飾りを着けていればいいよ、と言って贈って下さったのです」
「そういう事だったの……」
ノアはライアンの策士ぶりに感服した。けれど、やはり他の男性からの贈り物であることには変わりない。
「それから髪飾りは付けてるの?」
「いえ、仕事の時にポケットに忍ばせてはいるのですが、その騎士の方にはあれからお会いしていないので出番はありませんでした」
ノアは安心したように小さく息を吐く。
「それじゃあ、もうこのペンダントがあるからライアンから貰った髪飾りは必要ないね」
ソフィアの首に掛かったペンダントに触れながら自分の瞳の色を選んで良かったと思った。
「そうですね。ライアン様にはこちらがあるので大丈夫だと伝えておきます」
「そうしてくれると嬉しいよ」
それから二人はソフィアが作ったお弁当を食べることにした。
「ノア様の体調を考えて薬膳料理を作ろうと考えていたものだったので少し地味なのですが……」
ソフィアが作ったのは根菜類を煮詰めたもの、木の実と海藻を和えたもの、魚を薬草で蒸したもの、と彩りの良いお弁当とは程遠かった。
「見た目はね。だけど、とても優しい味がして美味しいよ」
「ありがとうございます」
普段ダニエルの豪勢な料理を食べているため口に合うか不安だったが、全て食べてくれたノアにソフィアは安心した。
お弁当を食べ終えた後、一息つくとソフィアはポツリと話し始めた。
「ノア様、私夢があるのです」
「夢?」
ソフィアのはっきりとした『夢』というのは今まで聞いたことはなかった。
「この数年で医術や薬を使う事がずいぶん浸透してきました。そしてそれを学ぶ人も。そういう人たちをもっと増やして、国立病院と連携した病院を各地に作りたいのです。普段は医術師や薬師が診療をして、必要だと判断すれば聖女を派遣する、そういう仕組みを作りたいと思っています」
ソフィアの表情からは強い意志が感じられた。
「素敵な夢だね」
「でも、そう簡単にはいかないと思います」
「必ず実現できるよ。僕も出来ることは手伝うから」
「ありがとうございます。それはとても心強いです」
ソフィアがふわりと笑うとノアはソフィアの手を握った。
「ソフィアは街の薬屋を辞めたことを後悔してる?」
ノアの言葉に少し驚いたソフィアだったがすぐに首を横に振る。
「後悔はしていません。ですが、気にしていないと言えば嘘になります。いつか戻るつもりで街の人たちに何も伝えずお店を閉めてしまいましたから」
ソフィアは以前の暮らしを思い出したのか少し寂しげだった。
「ソフィアは街の人たちから慕われていたものね」
ノアはそう言ってすぐにハッとした。ソフィアが屋敷に来る前から知っていたようなことを言ってしまった。
「あ、いや……えっと」
ノアが慌てて取り繕おうとすると、ソフィアはふふっと笑い握られていたノアの手をぎゅっと握り返した。
「ずっと黙っていましたが、気付いてましたよ」
「え……?」
ノアは目を見開いてソフィアの方を向く。
「初めてノア様のお部屋へお邪魔した時、掛けてあったローブを見てわかりました。いつもあのローブを着て街に来ていましたよね」
「気付いていたの?」
「一度お店に入うとしてそのまま帰ったことがありましたよね? その後よくお店を覗いているのには気付いていました。きっと何か言いにくい悩みでもあるのだろうと、そっとしておくことにしていたんです」
「覗いていたことに気付かれていたなんて凄く恥ずかしいよ」
ノアは顔を赤くして肩をすくめる。
「お部屋でローブを見つけた時、あれはノア様が呪いを解く方法を知りたくて来ていたんだな、と納得しました」
ノアは呪いを解くためだけではなくソフィアのことが気になって覗いていたことは言わないでおこうと決めた。
そしてノアは胸ポケットから婚姻申請書を取り出すとソフィアに渡す。
「名前、書いてくれる?」
そこには既にノアの名が記されていた。
「ふふ、準備がよろしいんですね」
「断られたらどうしようかと思ってたよ」
「断わったりなんてしません。私はずっとノア様と本当の夫婦になることを待ち望んでいました」
「僕もだよ。待たせてごめんね」
「いえ、これから先一緒にいる時間を考えれば大したことはありませんよ」
ソフィアはノアから渡されたペンで署名するとその後すぐに丘を下り、そのまま婚姻申請書を提出しに行った。
屋敷へ戻るとカイルとダニエルとハンナ、三人が玄関で二人の帰りを待っていた。
ソフィアがノアからのプロポーズを受け本当の夫婦になったことを報告すると、三人はホッと肩を撫で下ろし笑顔を浮かべた。
「「「おめでとうございます」」」
「皆さん、ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」
その日の夕食は今までで一番豪勢な料理が並べられた。食後のデザートはアップルパイだった。
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