第28話 すれ違い 

 ソフィアが屋敷に戻って暮らし始めて暫くたっていた。

 ソフィアは屋敷から国立病院へ通い、ノアも魔術師団に仕事へ行くようになっていた。

 ノアのアザは時折現れることもあるが、ほとんど体調に影響はなくなっており、以前のようにもう治療をする事もないため夜にノアの部屋へ行く事はしなくなっている。


 毎日一緒に食事を取り、休みの日にはお茶をしたり、ただ穏やかな日々を過ごしていた。


 その日、ノアから魔術師団の仕事が遅くなると連絡があったためソフィアは一人で夕食をとることになったが


「あの皆さん、一人で食べるのは寂しいので、一緒に食べていただけませんか?」


ソフィアは部屋の隅に控えていた三人に声をかける。

三人は顔を見合せ頷くとテーブルに自分たちの食事も準備した。


「ありがとうございます。皆さんとお食事するの初めてなので嬉しいです」


「こちらこそ、お誘いいただきありがとうございます」


 カイルは優しく笑う。以前ノアから食事を一緒にと誘われた時とは大違いだった。


「もう、ノア様の分も全部食べてしまいしょう!」


「じゃあ全部持って来ますよ」


 ハンナとダニエルはふざけあっている。ソフィアも自然と笑みが溢れた。


「ソフィア様が本当の奥様になってくれて私、本当に嬉しいです!」


 ハンナの言葉にソフィアの表情は固くなり、食事の手を止める。


「あの……私は今、ノア様とは夫婦ではありません……」


 ソフィアの言葉に三人も手が止まった。


「え? そうなのですか?」


 前回の結婚の時はルイスが早々に手続きを済ませ、ソフィアが屋敷に来た時には書類上すでに夫婦であった。

 今回も既に手続きを済ませてあると三人は勝手に思っていたのだ。


「はい……ノア様からは屋敷で一緒に暮らそうと言われただけで、それ以上の事は……」


 ソフィアはだんだんと声が小さくなり、顔も暗くなっていく。


「ったく、なにやってるんだか」


 カイルはソフィアには聞こえないように呟いた。


「ですので、私はただの居候の身なのです。それなのに、色々としていただいてありがとうございます」


 ソフィアは悲しそうに三人に頭を下げる。


「居候だなんてそんな! 私たちはソフィア様のこと、家族のように思っていますよ」


「ありがとうございます。ノア様は今の関係をどう思っているのでしょうか……」


 寂しそうに笑うソフィアに、みんな何も言えなかった。


 その数日後、ソフィアもノアも仕事が休みの日、朝食の席についたソフィアはノアに貰ったピンクのドレスを着ていた。


「おはよう、ソフィア。そのドレス着てくれているんだね」


「はい。僭越ながらお出掛けの時は愛用させていただいています」


「……ん? ソフィア、今日出掛けるの?」


 ノアはソフィアが出掛けることは聞いていない。

 普段の休みもあまり出掛けることはせず、一緒に屋敷でゆっくり過ごすことがほとんどだった。


「今日はライアン様とお買い物に、街へ行ってきます」


「…………」


出掛けることも予想外だったが、ライアンと二人で街に買い物に行くなんて思ってもいなかった。


「ライアンと、デート?」


ノアは以前もダブルデートをしたと言っていたのを思い出した。


(そんなに何度も出掛けるような仲なのかな……)


「デートなんてとんでもないです。ライアン様にお母様の誕生日の贈り物を買いに行くのに付き合って欲しいと言われただけですよ」


(それをデートと言うんだよ)


 ノアはそう思ってもあえて口にはしない。

 けれども、険しい顔をして黙ってしまったノアにソフィアは、ハッとした。


「っすみません、事前に出掛ける事をお伝えしておくべきでした。今日、外出してもよろしいでしょうか?」


「……うん、もちろん構わないよ。気をつけてね」


 ノアは少し顔をひきつらせたまま、なんとか笑顔を作り答えた。


「ありがとうございます。ライアン様が一緒なので大丈夫ですよ」


 ソフィアの屈託のない笑みにノアは嫉妬の念がこみ上げてきたが、必死に堪えてそのまま食事を続けた。


 朝食を終えた後、国立病院で待ち合わせをしているというソフィアを玄関先で見送ると、ノアは大きなため息をつく。


「自業自得だよね」


カイルが冷たく言い放つ。


「わかってる」


「大事なことを後回しにするからだよ」


「……わかってる」


「ライアンはそつがないからねぇ」


「…………わかってる」


 ノアがまだ王太子だった頃、カイルは秘書、ライアンは専属護衛として常にノアと一緒に居たためお互いによく知っている。


「いつまでもそんなだと愛想尽かされてまた出て行かれるかもね」


「え、ちょっと、怖いこと言わないでよ」


 カイルは先日、ソフィアと夕食を食べた時の事をノアに伝えていた。ノアもちゃんと気持ちを伝えなければと常々思っているが、いざとなると怖じ気付いてなかなか言い出せなかった。タイミングやシチュエーションを模索しているうちにソフィアは他の男とデートに行ってしまった。


「ライアンはどういうつもりでソフィアを誘ったんだ」


 ノアは悶々とした休日を過ごすことになった。


 日が沈む少し前にライアンに屋敷まで送られソフィアが帰ってきた。

 玄関前で二人は話し込んでいる。窓から二人が見えたノアはそのままじっと覗く。

 ソフィアは送ってくれた事にお礼を言っているようだった。

 すると、ライアンは胸ポケットに手を入れるとその手でソフィアの髪に触れた。ソフィアの髪にはキラキラするものが付けられてる。


「あれは……髪、飾り……?」


 ソフィアはそっと髪飾りに触れると少し顔を赤らめて照れたように微笑む。

 その様子に、ノアはいてもたってもいられなくなり玄関を飛び出した。


「ソフィアお帰り」


 ノアはソフィアの手を掴みライアンを見る。


「ソフィアを送ってくれてありがとう」


 それだけ言ってソフィアの手を引き屋敷の中へ入っていく。

 ソフィアは突然の事に驚きながらも慌ててライアンにお礼を言うとそのままノアに連れられていった。


「やれやれ」


 ライアンはノアの様子に呆れたように息を吐くと帰っていった。


 ノアは玄関のドアを閉め、掴んだ手をそのままにソフィアと向かい合うとライアンに付けられた髪飾りを見た。近くで見ると、小ぶりながらも繊細な作りの可愛らしいその髪飾りはソフィアによく似合っている。


「それ、ライアンに貰ったの?」


ライアンから貰ったことはずっと見ていたため知っているが、あえて聞いてみた。


「はい。今日付き合ってくれたお礼だと、頂いてしまいました」


 ソフィアは嬉しそうに答えた。


(そつがない……)


 ノアは以前ソフィアが屋敷に来た時にいくつかドレスを買い与えただけで、こういったプレゼントはしたことがなかった。お見舞いの時もライアンは花束を贈っていたのに自分は手ぶらだった事を思い出し、急に不甲斐なく思えてきた。


「そう……良かったね……そろそろ夕食の準備ができるよ、行こう」


ノアは肩を落としながらダイニングへと向かった。


 その日の夜、ソフィアは再び一緒に暮らすようになって初めてノアの部屋へ呼ばれた。


「ソフィア、今日は楽しかった?」


 ノアは以前と同じように他愛のない話をしようと今日のことを聞いたが失敗だった。


「はい、とても楽しかったです!」


 ノアの顔を真っ直ぐ見ながら満面の笑みで返事をするソフィア。

 自分で聞いておきながらライアンとの買い物がそんなに楽しかったのかと思うと、ノアの表情はどんどん暗くなっていった。


「ノア様、今日は体調が良くないのですか? 今思えば朝食の時から少し元気がなかったように思います」


 心配するように顔を覗き込んでくるソフィアにノアは項垂れ苦笑した。


「そうなんだ。今日は気分がすぐれないんだよ」


「やはりそうだったのですね! それなのに私、のんきにお出掛けしてしまいすみません。治療しましょう」


 ソフィアは焦ったように謝ると項垂れたままのノアのシャツのボタンに手をかけようとした。


「いや、ごめん。体調が悪い訳ではないんだ」


 ボタンを掴んだままのソフィアの手をそっと握るとノアはソフィアの肩に顔をうずめた。


「ノア様?」


「ごめん、嫉妬してるだけ。ソフィアがライアンと出掛けて、凄く楽しそうにしているのを見たら胸が苦しくなったんだ」


 ノアはソフィアの肩に顔をうずめたまま気持ちを吐露した。


「ノア様……」


「こんな心の狭い男、嫌だよね」


「そんなことありませんよ。私、ノア様が嫉妬していると言ってくれて何だか嬉しいのです。実はもうノア様は私のことを好きではなくなっているのかもしれないと思っていました」


 ソフィアの言葉にノアは勢いよく顔を上げた。


「そんな訳ないじゃない!」


「一緒に暮らそうと言ってくれたのも、待たなくていいと言われていた私が三年たった今でも一人だったから同情してのことかと……」


「同情なんかしてないよ! どれだけ時間が経っても、僕は今までもこれからもずっとソフィアのことが好きだよ!」


 このまま、結婚しようと言ってしまいたかったが、ここまで引き延ばしておいてこんな所でプロポーズするわけにはいかない。

 言いたい気持ちをぐっと堪え、ソフィアをぎゅっと抱きしめた。


「ありがとうございます。私もノア様のことが好きです」


 ソフィアもぎゅっと抱きしめ返した。


 暫くそうした後、ソフィアは顔を上げノアを見ると何かを思い出したように小さく笑う。


「ライアン様とお出掛けしている間、ずっとノア様の昔の話を聞いていました。ライアン様はノア様のことをとてもよく見てらっしゃいますね。私の知らないノア様をたくさん知っていて、なんだか私も嫉妬してしまいました」


 ノアは、出掛けている間も自分のことを考えていてくれたのだと思うと昼間の悶々とした気持ちが晴れていくようだった。


「ソフィア、次の休みは僕と出掛けない?」


「いいのですか? 楽しみです!」


「それと、治療はしなくてもこれからまた毎晩こうして抱きしめてもいいかな?」


「はい。私も、またこうしたいと思っていました」


 二人は顔を見合せ笑い合うともう一度お互いを抱きしめた。





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