第27話 再会

 ソフィアは目を覚ますと、視界に映る天井でここは病院だとすぐに気が付いた。腹部に触れたが魔物に切り裂かれた傷口は完全に治っている。


「マリアさんが治療してくれたんだ。討伐はどうなっているんだろう」


 病室にはソフィア以外誰もいない。


「きっとまだ終わっていないんだっ」


 ソフィアは急いで起き上がり病室を出ようと立ち上がる。その時ドアが開いた。


「ソフィア君」


「ライアン様……」


 部屋に入って来たのはライアンだった。


「ソフィア君、もう少し寝ていた方が良いんじゃないかな」


 ライアンはお見舞いに持ってきた花束をソフィアに渡しそのままソフィアの腕を掴むとストンッとベッドに座らせた。


「あのライアン様、討伐はどうなっているのですか?」


 ライアンはおどけるように、ははっと笑う。


「拍子抜けするくらいあっという間に終わってしまったよ」


「え……」


 ソフィアはまさかもうすでに終わっているとは思っていなかった。


「私、そんなに長い間眠っていたのでしょうか?」


「いや、ソフィア君が眠っていたのは丸一日程かな」


 ソフィアが倒れたのは討伐が始まった初日だった。一日で終わるなんてことは今までなら考えられない事だ。


「たった一日で終わったのですか?」


「そう、ノア王子のおかげでね」


「ノア様が?」


 ライアンはノアがソフィアを病院に転移させマリアに治療を任せた後、討伐現場に戻ってきてからの事を話し始めた。


「ノア王子が魔物の心臓を狙えば一撃で倒せると言ったんだよ。それから透視魔法で魔物の心臓の位置を把握して氷魔法で大気中の水蒸気を強硬で鋭い氷に変えて次々に魔物の心臓を貫いていったんだ」


 ノアが応急措置をしてくれたことはうっすらと覚えていた。まさかその後そんな事になっていたとは予想もしていなかった。


「ノア様、凄いですね」


「本当に。騎士団の面目丸つぶれだよ」


 そう言いながらもライアンはどこか嬉しそうだ。


「以前から魔法の知識に長けているのはわかっていたけど体調のせいでほとんど魔法を使うことはなかったからね。まさかあんな事が出来るなんて思っていなかったよ。おかげでうちの騎士たちも真似して次々魔物を倒して討伐はすぐ終わったよ」


「私も皆さんの活躍見ておきたかったです」


「ソフィア君はきっとノア王子に惚れ直すだけだったと思うよ」


「もう、ライアン様……」


 ソフィアとライアンが笑い合っていると病室のドアが開く。


「ねぇ、いつからソフィアとライアンはそんなに仲良くなったの?」


 少し拗ねたような顔をしたノアが入って来た。


「ノア王子、妬いてるんですか?」


 ライアンは茶化すように言う。


「別にそういう訳では……それにライアン、もう王子と呼ぶのは止めてと言ったよね」


「では僕もソフィア君を真似てノア様と呼ぼうかな」


「ライアン……城を出る時にこれからは幼い頃のようにノアと呼んでって言ったじゃない」


「ああ、そんなこと言ってたね。今思いだしたよ」


 ソフィアは二人のやり取りが微笑ましく思えた。


「お二人はとても仲がよろしいですね」


「そう言う君たちもね」


 ノアは変わらず拗ねたような顔をしている。


「ソフィア君とは以前ダブルデートをしてから親しくなったんだよ」


「ダブルデート?」


 ノアは眉間に皺をよせ険しい顔になった。


「えっと、私たちはそれぞれ付き添いで付いて行っただけでして……」


「そうなの?」


「ふっ……」


 二人の反応を見てライアンは楽しんでいるようだった。


「じゃあ僕はここらで退散するよ。後は二人でゆっくり話してね」


 ライアンは病室を出ていった。ノアはベッド横の椅子に座りソフィアと向かい合うとソフィアが抱えている花束が目に入った。


「その花はライアンから?」


「はい。お見舞いにと頂きました」


 ノアは自分は手ぶらで来てしまったことを後悔した。


「ごめん、僕は何も持って来ていないんだ」


「そんな! 何もいりません。それよりも助けていただいてありがとうございました。またご迷惑をかけてしまいました」


ソフィアは肩を落とし頭を下げる。


「迷惑だなんて思っていないよ。まあ、相変わらずソフィアには冷や冷やさせられたけどね」


ノアはソフィアの頭を優しく撫でた。


「すみません……」


「良いんだよ。それよりもまたこうしてソフィアと会えて嬉しいんだ」


「私もずっと会いたかったです。お帰りなさい、ノア様」


ノアはソフィアの手を握り顔を見つめると懇願するように聞く。


「ソフィア、また皆で屋敷で暮らさない?」


「はい、喜んで。よろしくお願いします」


 その後、ソフィアとノアは治療室へ向かった。討伐を終え、最後に負傷した騎士たちをマリアが治療していた。かすり傷程度の軽症の患者はメアリーが薬を塗っている。


「皆さん、すみません」


「ソフィアさん! 目が覚めたのですね。良かったです」


「私、何も出来ないまま倒れてしまってすみませんでした」


 ソフィアは深々と頭を下げた。


「大丈夫ですよ。昨日はアメリア様も来て下さいましたし、ノア様のおかげで重症者が出ることなく討伐も終わりましたから」


 マリアがノアの方を見るとソフィアもノアの方を向いた。


「そういえば、ライアン様からノア様のご活躍聞きました。それに私の治療もしていただいて本当にありがとうございました」


「本当に。ノアがここまで出来るなんてね」


 どこからともなくルイスが現れた。


「あんな方法があるなら討伐が始まる前に教えておいて欲しいよね」


「実際に魔物と対峙するまで上手くいくかわからなかったのです」


「なんにせよ被害も少なくすぐに終わって良かったです」


「一番重症だったのはソフィア君だね」


ルイスは意地悪気に笑う。


「すみませんでした……」


 ソフィアは挽回するようにその後マリアと一緒に残りの負傷した騎士たちの治療をしてその日を終えた。


「皆さん、お疲れ様でした。私、今日からまたノア様のお屋敷でお世話になるので寮を出ます」


「まあ! さっそく一緒に暮らすのですね! 良かったです!」


マリアは自分の事のように嬉しそうだった。


「そうなのですね。ソフィア様、いつでも部屋に遊びに来て下さいね」


ソフィアと同じ寮で住んでいたメアリーは寂しそうにしている。


「ありがとうございます」


 ソフィアは相変わらず少ない荷物をまとめるとノアと一緒に久しぶりの屋敷へと帰った。


 屋敷の玄関のドアを開けると以前のようにカイル、ダニエル、ハンナが出迎えてくれる。


「ソフィア様、お帰りなさいませ」


「ソフィア様のために今日の夕食張り切って作りました!」


「ソフィア様、お待ちしてました! と言っても私たちも昨日この屋敷に戻ったばかりなんですけどねっ」


 変わらない三人にとても温かい気持ちになったソフィアは顔を綻ばせた。


「皆さん、今日からまたよろしくお願いします」


「お帰り、ソフィア」


そうしてまた以前のような生活が始まった。


 だが、以前とは違って理由も目的もなくなり、まだ夫婦でも恋人でもない曖昧なノアとの関係にソフィアはもどかしい日々を送ることになっていった。

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