第26話 討伐現場
西の森は二、三年に一度中級から上級の魔物が大量に発生する発現期がある。前回の討伐からちょうど三年が過ぎていたため、警戒体制をとっていた。
まだ被害報告は出ていないが、魔術師団の調査で魔物の魔力を探知したため、少数で偵察部隊を組み西の森へ出隊する事になった。本格的な討伐は発生源を見つけ、魔物の出現範囲を特定してからになる。少数部隊が調査のために森へ入るだけだが、何かあった時のためにソフィアも同行することになった。
今回はマリアは国立病院で通常の診療をしている。フローラは一年前ついにアレックスと婚約し、その後フローラの年齢の事を考えてすぐに結婚した。そして現在フローラは懐妊しており、聖女の仕事は休んでいる。
「一番新人の私が同行ですみません」
「一番新人でも、もう三年以上も聖女として立派にやっているじゃない。心強いよ」
ソフィアは防御魔物の得意なライアンの隣を歩き、西の森の中を進んでいた。
「この辺りには魔物はいないみたいですね」
「魔物は森の奥で発生することが多いんだよ。そしてだんだんと魔物も森を抜けようと進んでくる。現段階ではどこの辺りで発生してどこまで進んで来ているかの調査だよ」
隊員たちは等間隔に横に並び魔物の痕跡がないか調べながらゆっくり森の奥へと進んで行く。
--シャッ
「うわっ!!」
「角兎だ!」
一番端を進んでいた騎士が飛び出してきた角兎に足を突かれた。横にいた隊員が仕留めたが、足を突かれた騎士は大腿部から出血している。
「大丈夫ですか?」
ソフィアはすぐに駆け寄ると怪我をした騎士の足にそっと触れ癒しの魔法ですぐに治療した。あまり深くは突かれていなかったためすぐに傷は修復した。
「油断していました。すみません」
「下級の魔物が活発になっているということはすぐ先に中級クラスの魔物もいるかもしれない」
普段、臆病で警戒心の強い下級の魔物は人前に出てくる事はほとんどなく、討伐の対象外になっている。
だが、発現期には下級の魔物も人を攻撃してくるようになる。
「現地点で活発になった下級の魔物が出現したと報告しておこう」
一旦進むのは止め、ライアンは同行している魔術師団員のジルに本部にいる魔術師団員と連絡を取るよう指示した。騎士たちは他に下級の魔物が出てこないか警戒しながらも皆それぞれ腰を下ろし休憩をとる。
本部と連絡をとっていたライアンが騎士たちの所へ戻ってきた。
「皆、取り敢えずこれ以上進むのは止めておく事になった。明日、討伐部隊も合流してから先へ進む。今日はこのまま野営だ」
「「「はい!」」」
騎士たちはその場で火を起こし炊き出しをしたり、寝床を整えたりと手際よく野営準備を始めた。ジルはその回りに結界魔法をかけるとソフィアに声をかける。
「ソフィア様は転移魔法で国立病院へお送りするようルイス様から言われておりますので」
ジルは転移魔法が使える数少ない魔術師の一人だ。
「そうなのですか? でも、私もここで皆さんと残ります」
「えっ、ですがここは危険もありますし、ソフィア様が休まれるにはあまりにも……」
聖女であるソフィアを森の中で野宿させるわけにはいかない。
「私はあらゆる事を経験したいと思っています。それにもし皆さんに何かあった時に一緒に居てすぐ対処できる方が良いと思うのです」
ソフィアの固い意思に困ったジルはライアンに視線を向ける。
「ソフィア君が良いんならそうしたら?」
あっさり了承されてしまった。
「では……そうしましょう」
「はい!」
ソフィアとジルも騎士たちとその場で腰を下ろし炊き出しの煮汁をもらって食べた。
「なんだかとても沁みますね」
ソフィアはホッと息をつく。
「煮汁は野営の醍醐味ですね。普段こういったものは食べませんから」
ジルは何度か経験があるようだった。
「ジルさんはいつも討伐隊に同行しているのですか?」
「実は西の森発現期の討伐は初めてなんです。魔術団に入団したのはちょうど前回の討伐が終わった三年前で。他の地の討伐とは桁違いの魔物の数だってルイス様に脅されてきました……」
不安そうにするジルだったがその顔は使命感に溢れていた。
「ですが、今回偵察部隊に同行という大役を任されましたのでしっかりお役目果たしたいと思います」
「とても頼もしいです」
「明日からはルイス様も合流されますし、ケイトリンさんも医術部隊として来られると思います」
「それは心強いですね。頑張りましょう」
話が盛り上がっていた二人だったが、明日に備えるようにとライアンに促され眠る事にした。
次の日の早朝、日が昇り始めるのと同時に騎士たちは起き出し討伐の準備を始めた。
「皆おはよう」
「ルイス様! おはようございます」
転移魔法で現れたルイスはソフィアを見ると呆れたように肩をすくめた。
「ソフィア君、何のために転移魔法が使えるジル君を同行させたと思ってるの。君を送らせるためだよ」
「すみません。ですがとても良い経験ができました」
ソフィアは野営したとは思えないほどすっきりした顔をしている。
「そう。じゃあ私は一旦戻るよ。少し様子を見に来ただけだから。討伐隊は夜明け前に出発しているからもうすぐここに着くと思う。私は後でケイトリン君と合流するよ。あと、もう一人もね」
ルイスはそれだけ言うとあっという間に消えていった。
「あともう一人って誰でしょう」
「僕も聞いていません……魔術師団の誰かでしょうか?」
合流すればすぐに出発できるように各自準備を整え待機していたが、討伐隊がもう少しで到着するという時、予想外の出来事が起こった。
「まずいな」
この辺りは下級の魔物しかいないはずだったが、気がつくとまだ姿は現していないものの中級の魔物が三体、少し離れた所で部隊を取り囲んでいるようだった。騎士たちは戦闘態勢をとる。
「討伐隊が合流するまでは魔物が攻撃してこない限り余計な刺激は与えないように!」
ライアンは戦闘態勢は取りつつも攻撃はしないように指示を出す。
ジルは円形に陣をとった騎士たちの中心に結界を張りソフィアを結界の中に入れた。
「ソフィア様は結界の外には出ないで下さい」
「ジル君、急いで本部に連絡を!」
騎士たちにも緊張感が漂っている。するとその時、大きな咆哮が響き突風が吹き上がった。
「ライアン隊長!」
「やっと来たかっ」
討伐部隊が到着し、魔物の後方から攻撃を仕掛けていた。一体仕留めたようで大きな魔物が倒れ込んできた。
「後方に居たのはこの一体だけでした」
「陣営を立て直そう」
倒した魔物の後方から到着した討伐隊と合流すると残り二体と正対した。
「奥から魔物がどんどん集まって来ている」
陣営を立て直した騎士たちは討伐を開始する。
倒しては新たに現れる魔物を倒し、騎士たちは少しずつ森の奥へと進んで行く。ジルは一番後方に結界を張り、結界の中でソフィアは負傷した騎士の治療をする。幸い重症を負うものはおらず、順調に進んで行った。だがしばらく進んだ頃、負傷した騎士が足を引きずりながら結界の方へ来ているところに一体の魔物がその騎士に襲いかかろうとする。他の騎士たちは誰も気付いていない。ソフィアは思わず飛び出した。
「ソフィア様っ! 結界の外へは!」
ジルの叫喚空しくソフィアは負傷した騎士の前へ出る。
「ソフィア君!」
間一髪状況に気付いたライアンが防御魔法で二人を庇うとすぐその魔物を仕留めた。
「すみませんっ」
「ソフィア君が彼を運ぶのは無理だろうからここで治療してあげて」
ソフィアはライアンの後ろですぐに騎士の足を治療した。
「ありがとうございます」
「さぁ、早く結界の中へ戻って!」
ライアンと騎士は前衛に戻って行き、ソフィアも結界の中へ戻ろうとした時、後方の茂みから隠れていた魔物がソフィアめがけて襲いかかってきた。
「しまった! ソフィア君!」
ライアンが気付いた時には少し遅かった。魔物はすぐに仕留めたものの、ソフィアは腹部を切り裂かれていた。
「ソフィア君!」
「す、みません……わた、し……」
ソフィアの腹部からは大量に出血していて意識が朦朧としてきている。
「ソフィアっ」
そこに現れたのはノアだった。
「ノア王子! 早く転移魔法で彼女を病院に!」
「この出血の状態で転移魔法は体に負担がかかりすぎる!」
「でも! ここには他に聖女がっ」
「僕が止血する」
ノアはソフィアの腹部に手を当てると透視魔法で出血部を探した。
(脾臓と動脈が裂かれている……)
ノアはそのままソフィアの腹部に手を当てたまま損傷している部位に結合魔法をかけていく。
「傷口が塞がった……」
ライアンは癒しの治療さながらのノアの魔法に驚いた。
「ノ、アさま……」
「ソフィア、無理に話さないで。損傷部位を結合魔法で張り合わせているだけの状態で傷口が修復した訳ではないんだ」
ソフィアは小さく頷くと目を閉じた。ノアはソフィアを抱えジルの張る結界の中へ入る。そこにはケイトリンが負傷した騎士の応急措置をしてルイスが転移魔法で病院へ送っていた。
「ノア、ソフィア君は?」
「傷口は塞いでいますが一刻を争います。このまま病院へ行きます」
ノアはソフィアを抱いて転移魔法で病院へ行った。
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