第25話 医術と魔法

 ダブルデートに行った次の日、メアリーはマリアとフローラに根掘り葉掘りディランとの事を聞かれていた。


「まぁ! やっとお付き合いする事になったのですね」


「良かったわね。おめでとう」


「ありがとうございます」


 マリアは興奮と喜びでメアリーに抱きつく。昨日、ソフィアとライアンと分かれた後すぐに告白されたらしい。


「ディランさん、とても誠実そうな方でメアリーさんのことをきっと大切にしてくださると思います」


「いいなぁ。私は幼い頃に親が決めた婚約者なので恋愛は凄く憧れるんです」


「私たち貴族は仕方のないことよ」


 フローラの言葉にマリアは得意気にこりと笑った。


「でもフローラ様、今アレックス様と婚約前に恋愛さながら良い感じだって聞きましたよ」


「そんなことっ、誰から聞いたの?」


「アメリア様がアレックス様がとても嬉しそうにしているって言っていました」


「違うわよ。ちょっと一緒に食事しただけで……」


 フローラは照れ隠しするように頬を膨らませると話を反らすようにソフィアの方を見る。


「それで、昨日ライアン様が一緒に来たのでしょう? あなたたち相手がいなくなって似たような境遇だし、ベンソンさんと違って大人だし、気が合ったんじゃない?」


「フローラ様はライアン様とお知り合いなのですか?」


 フローラはふっと笑う。


「元婚約者の専属護衛だったのよ? ノア様と会う時は嫌でも一緒だったわ」


 確かにそうだなと納得したソフィアだったが、ライアンとはフローラが思うような関係にはならないと思った。


「ライアン様とは良い友人になれると思います」


「友人、ね……本当にノア様の事しか考えていないのね」


 フローラは少し呆れたようにため息を吐く。


「約束はしていませんが、私は待つと決めていますので」


 ソフィアの迷いのない言葉にマリアは両手を合わせ目を輝かせている。


「純愛ですね! 素敵です!」


 そこにいつもと変わらず穏やかに微笑みながらアメリアが入ってきた。


「若い女性が恋の話に花を咲かせるのは良いことだけど、今日は大事な仕事があるからね」


「そうですね。気合いを入れていきましょう」

「はいっ」


 今日は初めて癒しの魔法と医術を掛け合わせた治療を試みる日だ。


 患者は、三年前の魔物討伐の際に団員を庇い右上腕を魔物に噛み付かれた前第二騎士団長だ。聖女の治療によって傷口は塞いだものの、魔物の牙が腕の中に残ってしまい聖女の治療では異物を取り除く、ということはできなかったため腕の中に魔物の牙を抱え動かすのが不自由になってしまった。


 もしこの牙を取り除く方法があるのならと、まだこの国では慣れない手術を受ける事を了承してくれた。


 通常の診療は一時アメリアに任せ、ソフィアとフローラとマリアは初めての手術に挑むことになった。三人は緊張していた。故意に皮膚の深部まで切り裂き腕の中で癒着してしまった魔物の牙を取り除くのだ。無事に牙を取り除く事が出来れば聖女の魔法で患部を塞ぐことになっている。


 手術を担当する魔術師団員のケイトリンと打ち合わせをした後、治療室で準備を終え待っていると前騎士団長とライアンが部屋へ入って来た。


 昨日ライアンに会った時、今日一緒に来るとは全く聞いていなかったソフィアは呆気に取られる。


「マルクス様、お待ちしていました。ライアン様は付き添いですか?」


 フローラは前騎士団長のマルクスとも知り合いのようだった。マルクスは左手でライアンの肩を叩く。


「フローラ様、お久しぶりです。どうしてもライアンが一緒に行くと言うものですから」


「今後のために新しい治療方というのがどんなものか知っておきたくて。もう諦めていたマルクスさんの腕がどうなるのかも見届けたいですしね。見学してもいいですか?」


「見学ですか……良いですか? 皆さん」


 フローラに尋ねられ、ソフィアとマリアは頷いたが、ケイトリンは不安そうにする。


「私も初めての事なのではっきりとは言えませんが、少し痛々しい手術になると思います。それでも構わないのであれば……」


 ケイトリンの話にソフィアとマリアも不安に駆られたが、逃げ出す訳にはいかない。


「こんなか弱い女性たちがいるのに僕はそれくらいで怖じ気付いたりしませんよ」


 ライアンは何でもない事だと言うように了承した。


「わかりました。それではこちらへ」


 手術を受けるマルクスは専用のベッドに横になり右側にケイトリンとフローラ、左側にソフィアとマリアが付き、ライアンはその後ろに立つ。

 今回術部を塞ぐ癒しの魔法はフローラがすることになった。


「まず、催眠魔法で右腕の感覚を麻痺させておきます」


 ケイトリンがマルクスの腕に触れ、紫色の光が腕の中へ消えていった。そして、魔物の牙が埋まっているであろう上腕の膨らみを少し強く握った。


「マルクスさん、痛みは感じますか?」


「いや、動かす度に激痛が走っていたのが、握られても全く何も感じませんよ」


「良かったです。それでは手術を始めたいと思います」


 ケイトリンはメスという小さな刃物を取り出した。これは留学先の病院で使われている同じものを送ってもらった。メスで上腕の皮膚を牙があるところまで深く切り込んでいった。血管や筋肉、骨までもが露になり、聖女たちは固唾を飲んでじっと見ていた。


 大きな血管を傷つけないように、丁寧に牙の回りを切り取ると素早く取り出す。


「フローラ様、癒しの魔法をお願いします」


 ケイトリンが牙を取り出すと同時にフローラが魔力を込めた。切り口はどんどん塞がり、牙があった膨らみも消えた。最後にフローラが透視魔法で腕の中の様子を見る。


「大丈夫そうです。問題ありません」


 皆がホッと息をつくとケイトリンは催眠魔法を解いた。感覚が戻ってきたマルクスはぶんぶん腕を振ると涙ぐんできた。


「痛みも、違和感もありません。三年振りに自分の腕を取り戻せました。ありがとうございます」


 マルクスの様子に手術は上手くいったと全員笑顔になった。


 ふと、取り出した牙が目に入ったマリアは驚愕した。それはマリアの拳ほどの大きさがあり、先は鋭く尖っている。


「こ、こんなものがその逞しい腕の中にずっと突き刺さったままだったのですね……」


 ソフィアも気になり見てみると本当に驚くほどの大きさだった。


「僕がもっと早く駆けつけていればこんなことにはならなかったんですけどね」


 ずっと見ていたライアンは申し訳なさそうに呟く。


「ライアンが来てくれたから腕を噛み千切られずにすんだんだよ」


 フローラも大きく頷いた。


「三年前の討伐も大変でしたから。騎士の皆さんライアン様が来てくれていて本当に助かったと言っていましたよ」


「噛み千切られていたらもうどうしようもなかったからな! 今こうして元通りになったんだ! ライアンが気にすることは何もないさ」


 ライアンは陽気に話すマルクスの肩をぽんっと叩いた。


「では、これで騎士団に戻ってこれますね!」


「いや、もう俺は完全に引退したんだ。老体に無理言うなよ」


「老体って……マルクスさんが引退したの今の僕と同じ年ですよ。それに第二騎士団に異動してきたばかりの僕に団長おしつけたの誰ですか」


「ライアンが来てくれてたおかげで安心して引退できたんだよ。まぁ後輩の指導くらいならしてもいいかな」


 二人の楽しそうな会話に聖女たちもケイトリンも嬉しくなった。


 今後、医術を併用する事で今まで諦めていた怪我や病気を抱える人たちも救う事が出来るようになるかもしれないと期待に胸を膨らませた。


 そうして、少しずつ一般的にも医術や薬での治療も浸透していき、気付けばノアと魔術師団が留学へ行ってから三年の月日が流れていた。

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