第22話 聖女の日常
ノアと魔術師団医術研究機関員が留学へ発ってから数ヶ月が経っていた。
現在、国立病院にも魔術師団員が数人派遣され、留学先から報告される医術や知識を少しずつ取り入れながら治療が進められている。
薬の処方も始めたため、聖女の治療を受けずとも、薬だけを貰いに来る患者も増えていた。
「聖女様、あまりひどくはないのですけど、昨日足をぶつけた所がまだ痛くて……」
その日、ソフィアは外傷患者の治療室を担当していた。
「そうですか。少し触りますね」
足に触れると状態を確認するために少だけ魔力を込める。
「骨は……折れてはいないみたいですね。痛みを和らげる薬を処方しますのでそれで様子をみてください。もしひどくなるようでしたらまた来て下さいね」
「わかりました。ありがとうございます」
「メアリーさん、お薬お願いします」
「はい」
看護師のメアリーから薬を貰うと患者は帰っていった。
聖女の治療で直ぐに打撲部を治してしまう事もできるが、骨は折れておらず本人もひどくはないと言っているので痛み止めの薬で様子をみる事にした。
「ソフィア様っ!」
先の患者が部屋を出ると直ぐに次の患者である騎士の男性が嬉しそうに入って来る。
「ベンソンさん……今日はどうされましたか?」
ソフィアは少し呆れたように聞く。
「今日は訓練中に腕を擦りむいてしまいました!」
怪我をして病院に来ているのにベンソンは何故か嬉しそうだ。
「では、消毒をして塗り薬を塗っておきますね」
ソフィアはその場ですぐに処置を済ませる。
「お大事にして下さい」
ベンソンを送り出そうとしたが、ベンソンはソフィアの手を握り勢いよく立ち上がる。
「ソフィア様、お礼にお食事に行きしょう!」
ベンソンはよく病院に来ては毎回ソフィアを食事に誘っていた。
「私は仕事をしたまでなので、お礼などいりませんよ」
ソフィアは毎度の事に内心面倒だなと思いながらも顔にはださないように断りを入れる。
「いえっ! ソフィア様にはいつもお世話になってますので少しでも感謝の気持ちをっ」
「はーい。次の患者さんが待っていますのでお帰り下さいね」
メアリーがベンソンの言葉を遮り背中を押すと部屋の外へ追い出した。
「メアリーさん、ありがとう」
「いえ。ベンソンさんは本当に毎回懲りずに誘ってきますね」
ソフィアとメアリーは困ったように顔を合わせるとその後も診療を続けた。
その日は特に重症の外傷患者は来ず無事一日の診療を終えた。
そしてソフィアとフローラとマリアは一息つきながら談笑する。
それが仕事終わりの日課のようになっていた。
「ソフィアさん、またベンソンさんに誘われていたみたいですね。メアリーさんから聞きましたよ」
マリアはソフィアに憐れむような目を向ける。
「そうなのですよ。何度お断りしても毎回誘われてしまって……」
ソフィアは本当に困っていた。
他の騎士は放っておくような小さな怪我でも治療を受けに来ては毎回食事に誘ってくる。
「ソフィアさんがノア様と離縁した事は随分広まっていますからね。それに、騎士団の中でノア様に不名誉な噂が出ているとお兄様が言っていましました」
マリアの兄は騎士団に所属しているらしい。
「不名誉な噂ですか?」
「ノア様が、呪いを解いてくれた聖女の妻を捨てて自分の勉学のために留学したって」
「そんな、私は捨てられてなんて……」
「まあ、あながち間違ってはいないんじゃない」
それまで黙って聞いていたフローラが厳しい突っ込みを入れる。
「でも、ノア様にプロポーズさたのですよね?」
マリアとフローラにはノアと離縁する事になった理由をある程度説明していた。
「はい、一応。これから離縁するという時にプロポーズなんてなんだかおかしな話ですが」
「でも、待っていてとは言われていないのでしょう? 食事くらい行ってみても良いんじゃない?」
「それもそうなのですが……」
先ほどからノアに対して厳しい意見のフローラにソフィアはふと、二人が以前婚約者だった事を思い出す。
「あの、フローラ様の前でこんな話、すみません」
フローラはソフィアが何か勘違いしていると気付き、きっぱりと否定した。
「誤解しないでね。ノア様のことはもう随分前に吹っ切れているわ。私はソフィアさんに幸せになってもらいたいのよ。今思えばノア様って本当に勝手な人よね。それに……」
言いかけて黙ってしまったフローラにソフィアとマリアは何があるのかと気になってフローラの顔を覗き込む。
「「それに??」」
フローラは珍しく口ごもりながら二人に聞こえるか聞こえないか程の声で呟く。
「アレックス様と婚約するかも……」
「「アレックス様と婚約!?!?」」
小さい声ながらもソフィアとマリアにはしっかりと聞こえていた。
「い、いつの間にそんな事になっていたのですか?!」
マリアは驚きすぎて声が裏返っている。
「ノア様が留学へ行ってしばらくしてから婚約の申し出がきたの。すぐにお断りするのも失礼かと思って少し保留にしていたら、毎日バラの花束とメッセージカードが送られてくるようになったのよ。あなたの事を愛していますって……」
「アレックス様とても積極的ですね。それで、婚約をお受けするのですか?」
ソフィアは以前アレックスに会った時の事を思い出す。
あの、ソフィアに向けた敵意のようなものはフローラの事が好きだったが故の、フローラの事を思って言った事だったのかもしれないと今さらながらふに落ちた。
「まだ決めた訳ではないの。私もまさかアレックス様から婚約の申し出を受けるなんて思っていなかったわ。私より七歳も年下でノア様の弟なのだからそんな風に見たことも考えたこともなかったし……」
「ですが! 今の様子だとフローラ様も満更ではないということですよね?!」
マリアは前のめりになりフローラに詰めよっている。
「そのお話、ぜひ私も聞きたいわ」
「ア、アメリア様っ」
そこに、にこやかな笑みのアメリアが現れた。
「いえ……アメリア様にするお話ではないかと……」
アレックスの母であるアメリアにこの話をするのはいたたれない。
「あら、私だって国王と結婚するだなんて思っていなかったのよ」
「そうなのですか?」
今では仲睦まじい様子の国王夫妻なので二人がどうして結婚する事になったのか三人は気になった。
「そうよ。姉と慕っていた人の夫だったし、何せ国王だからね。まさか私がそんな人と結婚するなんて考えられなかったわ」
「では、どうしてご結婚されたのですか?」
マリアは興味津々に尋ねる。
「きっかけはノアかしらね」
「ノア様?」
ソフィアはノアからアメリアが本当の息子のように可愛がってくれていたと聞いていたが、結婚するきっかけになったことは知らなかった。
「そう。産まれながらに母親を知らないあの子を私がフレヤ様の代わりに幸せにしたいと思っていた。だからノアと会う時は本当の母親のように愛情を注いだわ。ノアもそんな私によく懐いてくれた。その様子を見ていた国王が本当に母親にならないかと申し出てきたのよ」
「それで、結婚されたのですか?」
アメリアは首を横に振った。
「はじめはお断りしたの。けど国王の計らいでノアと過ごす時間が増えて、それと同じだけ国王と居る時間も増えていった。結婚していなくても、もう本当の家族みたいになっていたのよ。それで、今度は私から申し出たの。ノアの母親になりたい。あなたと夫婦になりたいってね」
「まぁ! アメリア様からプロポーズされたのですね!」
マリアはひどく興奮しながら話を聞く。
「それからしばらくしてアレックスが産まれたわ。情から愛情になることもあるのよ。ね、ソフィアさん」
ソフィアは自分に話が振られ驚いたが、直ぐにノアの事が頭に浮かぶ。
始めは仕事として結婚し側にいたが、自然とノアのことが大切になり、それ以上の感情も抱くようになった。
「そうですね。フローラ様も気付かない内に愛情になっているかもしれませんよ」
「そう、なのかしらね……」
顔を赤らめていたフローラが婚約を了承するのも時間の問題だろうとソフィアとマリアは確信した。
アメリアは「楽しみだわ」と呟くと、来た時同様、にこやかな笑みで去っていった。
三人も話を終え、それぞれ帰って行った。
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