第20話 決意

 数日後、ソフィアとフローラは国立病院の仕事をアメリアとマリアにお願いし、魔術師団本部のルイスの執務室に来ている。


 二人は聖女の治療ばかりに頼る事で人が持つ本来の治癒能力が失われる懸念、聖女の数が減っている事、聖女の治療だけでなく薬や医術を取り入れていくべきだということをルイスに説明し、お願いした。 


「まさか君たちがそこまで考えているとは思っていなかったよ」


 二人の話を聞き終えたルイスはいつものようににこりと微笑む。


「ルイス様も何かお気付きになっていたのですか?」


 ソフィアはルイスの何か知っている様子が気になり尋ねる。


「聖女の数がどんどん減ってきている事は確かで、もしこの先聖女が居なくなってしまったとしても光属性の魔力を必要とせず一般的な魔力でも病気や怪我の治療ができないか魔術師団で色々と試していたところなんだ。もちろん魔力に頼らない方法も考えながらね」


「魔術師団ではそんな事もしてたのですね。さすがです……」


 二人は、あれだけの魔力を持ち、この国全ての魔力を持つ者を統べるルイスが何も考えていないはずがなかったと妙に納得した。


「先日、ノア様も同じような事を言っていました」


 ソフィアはノアが東の国の医術書を読んでいた事をルイスに話した。


「その事はノアから聞いたよ。呪いを解く方法についてもね」


「そうなのですね……」


 ソフィアはノアが呪いの事をルイスに何と伝えたのだろうと気になった。

 ソフィアは今日、婚姻解消の話をルイスにするつもりだ。

 だが、もしかすれば先にルイスから妻としての仕事の終了を言い渡される可能性もあるかもしれないと思うと胸が苦しくなってくる。


 少し様子が変わったソフィアに気付いたルイスだったが触れることなく話を続ける。


「それで、これからの事なんだけど……」


 先ほどのソフィアとフローラの話を踏まえ、今後の治療の在り方を変えていくために必要なことはすぐにでも始めていきたい。


 魔術師団で研究していた一般魔法と他国の医術を掛け合わせた治療方法を確立し、少しずつ浸透させていく事。薬の処方だけで回復できるような怪我や病気はなるべく魔力を使った治療は行わないようにする事。聖女以外に医術に精通した人材を育てる事。


「すぐに結果がでる問題ではないけれど、少しずつ、それでも確実に変えていこうと思っている」


「「はい」」


 いつも涼しげな表情のルイスがいつになく真剣に話をしたのでソフィアとフローラも真剣に返事をする。


 二人からの話もあり、国立病院への魔術師団医術研究機関員の派遣を予定より早めるよう調整する事になった。

 また、ソフィアも魔力を込めない薬を作り、まずは希望する患者に処方していく事にする。

 そしてフローラとマリア、病院の看護師たちにも知識を教えていく事になった。


「これから忙しくなるだろうけどよろしくね」


「はい、よろしくお願いします」


「頑張ります」


 ソフィアとフローラは大きく頷いた。


 話が終わり、フローラは立ち上がったがソフィアは座ったまま拳を握りしめている。


 ソフィアの思い詰めた様子に気付いたフローラはルイスに頭を下げると「先に戻ってるわね」ソそう言呟いて一人で執務室を出て行く。


「ルイス様、少しお話よろしいでしょうか……」


 体を強張らせ緊張しているソフィアにルイスの方から話を切り出してきた。


「話はノアの事でしょう?」


 ルイスはソフィアの話が粗方わかっているようだった。


「はい……」


「何か私に言いたい事が?」


 ルイスから婚姻解消の話が出るかもしれないと思っていたが、ソフィアの話を待ってくれている。


「ご存じだと思いますが、ノア様の呪いはほとんど解けています。もう治療もしなくても良くなった程です。ですが、ここまで来てなかなか完全に解けるまでに至らないのです」


 ソフィアは俯き、握りしめていた拳を震わせる。


「私にはもう出来ることが何もありません。何をしても現状は変わらないのです。むしろ、私がいない方が呪いが完全に解けるのではないかと思うのです」


 ルイスは少し眉を下げたが、何も言わずソフィアの話に耳を傾ける。


「ですから、呪いが解けるまでか、諦めるまでという約束でしたが、呪いを解くために、ノア様との婚姻関係を解消させて頂きたいのです」


 そこまで聞いたルイスは口を開く。


「ノアにその事は伝えたの?」


 ソフィアは俯いたまま首を横に振った。


「ノアに何も言わないまま離縁するつもり?」


「はい……」


「どうして?」


「ノア様の、顔を見て話をするのが怖いのです。婚姻を解消すると決めたのにその決心が揺らいでしまいそうで、まだ完全に呪いは解けていないのだからこのままでもいいではないかと思ってしまいそうで……」


 ソフィアの瞳からは涙がこぼれ落ちていた。ルイスはソフィアの様子にため息をつく。

 お互い思い合っているはずなのにお互いの事を何もわかっていないのだ。


「ソフィア君はそれでいいの?」


「それが、良いのです。実はもう屋敷へ持って来ていた荷物も病院の方へ置いてきました。病院の寮へ移ることはアメリア様に了承を頂いています」


 ソフィアの荷物は小さな鞄一つだった。全て持ちだしていてもノアはすぐには気付かないだろう。


「もう、屋敷には帰らないということ?」


「はい。それで、ルイス様にはお手数をお掛けしますが婚姻解消の手続きをお願いしてもよろしいでしょうか」


 頬を伝う涙をそのままにルイスを真っ直ぐ見つめるソフィアに意志の強さを感じ、ルイスはもう一度ため息をつく。


「わかったよ。婚姻手続き同様こちらで離縁の手続きもしておく。必要な署名は後日貰いに行くよ」


「ありがとうございます……」


 ソフィアは力が抜けたように肩を下げるとルイスに頭を下げた。


 その後、ソフィアは国立病院へ戻り仕事を終えたが、屋敷へ帰る事はなかった。


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