第18話 呪いの根源

 仕事の帰り、ソフィアはずっとアメリアの話が気になっていた。


「前王妃様はノア様の幸せを願っていた……」


 ソフィアはノアがよく『幸せだよ』と言っていることを思い出す。


「ノア様が幸せだと感じることで呪いが解けるのかもしれない。前王妃様はノア様の幸せを強く願い、それが呪いとなって残った。でも、幸せを願ったものならば呪いではなくノア様を守るまじないになるはずなのに……」


 ソフィアには腑に落ちない事が一つある。ノアの幸せを願いながらもなぜノアの体を苦しめる呪いになってしまったのか。


「産後の不調で聖女の治療が効かなかったのも気になる……もしノア様の体に苦痛を与えている事が、ただ呪いのアザのせいという訳ではなく何か意味があるのだとしたら……」


 あと少しで何か掴めそうなソフィアだったが、それ以上は考えてても答えにはたどり着けなかった。


 その日の夜もソフィアはいつも通りノアの部屋に来ている。


「ソフィア、初めての国立病院での仕事はどうだった? 疲れてない?」


 ノアが心配したように尋ねてくる。


「今日は入院病棟でアメリア様の仕事を付いて見て回りました。私は治療をしてはいなのであまり疲れていませんよ」


「そうなんだ、義母上の仕事を……」


 ソフィアはノアが義母上、と言ったところで屋敷へ帰ったらノアに言いたかったことを思い出す。


「そうですよ! どうして王妃様がもう一人の聖女だと教えて下さらなかったのですか?」


 ソフィアは少しむくれてノアに問い詰める。


「ごめんね。忘れていたよ」


「私、すごくびっくりしました。それでいて何も知らないことが恥ずかしくなりました……」


 肩を落としたソフィアだったが、小さく息を吐くとすぐに背筋を伸ばす。


「ですが、私今日一日で色々な事を知り、感じました。これからたくさん勉強して経験して、誰かの役に立つ聖女になりたいです」


「ソフィアは逞しいね。僕も見習わないと」


 ノアはやる気に満ちたソフィアの頭を優しく撫でた。


「そういえば、アメリア様からノア様のお母様のお話を伺いました。ノア様の誕生をとても心待ちにしていたと……」


「そうみたいだね。だけど、僕も母の事は人から聞いた話しか知らないから……」


 自分の母親の事を知らないと言うノアはどこか寂しそうだ。


「国王陛下やアメリア様からはお母様の事、よく聞かれていたのですか?」


「ああ、父上は母のことを聡明で慈悲深い人だったと言っていたよ。でも周りからは過保護にされ過ぎていたとも言っていた」


「それはアメリア様からも聞きました。何かあればいつもアメリア様がすぐに治療をしていたと」


「だから母はそれまで大きな怪我や病気はしたことがなかった。その分、死に際は経験したことのない痛みに苦しみながら亡くなっていったとも言っていたよ」


 ソフィアはアメリアの話を聞いてからずっと気になり、考えていた事を話し始める。


「ノア様のお母様に癒しの魔法が効かなかった、とアメリア様が言っていました。それで、昔祖母に言われた事があるのです」


『人が持つ本来の治癒能力を奪う事をしてはいけない』


「今思えば祖母は生前、私が作った薬をお店で売る事はしてくれませんでした。もし聖女の癒しの魔法で治療をする事によって人が本来持つ治癒能力が失われていくのだとしたら……」


「母は自身の治癒能力がなくなっていたということ?」


「その可能があります」


 ノアは自分の胸元をぎゅっと握る。

 幼い頃からずっと呪いのアザのせいで聖女の治療を受けてきたノアは自身も母と同じなのかと不安が込み上げてきた。


「僕も治癒能力がなくなっているのかな……」


ソフィアはノアの握った手にそっと自分の手を添る。


「これは、あくまでも私の仮説なのですが、このアザはノア様の治癒能力を守るためのものなのではないかと思うのです」


「守るためのもの?」


「お母様はきっとこれまでの治療により産後の体調が戻らない事に気付いたのではないでしょうか。ですから王太子になるノア様が自分と同じようにならないようにと願い、呪いのアザが生まれた。常に体調を悪くすることによって治癒能力を保っていたのです。あくまで仮説ですが……」


 ノアは添えられた手をそのままに腕を下ろすとソフィアの手を包むように握り返す。


「母はもう亡くなっていて本当の事はわからないかもしれないけど、僕はそのソフィアの仮説が正解なんだと思うよ」


 ノアはソフィアをじっと見つめた後、不安を取り払うようにそっと抱きしめる。


「ソフィア、ありがとう」


 ソフィアもそっと抱きしめ返した。


「後は呪いを完全に解くだけですね。実は、それも何となくわかってきたのです」


「そうなの?」


 ノアは驚いたように、腕の中に居るソフィアを見下ろす。


「ノア様のお母様はいつもノア様の幸せを願っていたと聞きました。そしてノア様も今が幸せだとよく言っていましたよね? だからきっとノア様が幸せだと感じることで呪いが解けていくのではないかと思ったのです」


「さすがだねソフィアは。僕もきっとそうなのだろうと思っていたんだ」


 ソフィアもノアを見上げ、真剣な顔でじっと目を見つめる。


「ノア様の、幸せの決め手に欠けるものはなんですか?」


 ノアは目を見開いた後、悲しそうに顔曇らせた。


「ごめん、それはまだ内緒にさせて」


 ノアの返事にソフィアも眉を下げると小さく頷く。

 ここまできてもノアは理由を言ってはくれなかった。


 その日、治療はする事なくソフィアは自室へと戻った。


 ベッドに横になったソフィアはノアが何故自分に呪いが完全に解けない理由を言ってくれないのだろうかと考える。


「私には言えない事? それとも言いたくない事……」


 そしてふと自分の存在が原因なのではないかと思い至る。


「私のような偽りの妻ではなく、本当に心から愛する妻がいれば……」


 フローラの事が頭に浮かぶ。以前は身分も申し分なく、美しく、聖女としても優秀なフローラが婚約者だったのだ。


「アレックス様に言われた通り私のような田舎の魔女だった女が妻なんてふさわしくないんだ。このままここに居続けても、ノア様は本当の意味で幸せになれないのかもしれない。私が居るから呪いが解けない……」


 自分の中でそんな結論にたどり着くと天井を見上げたまま涙が溢れ出し、目尻からゆっくりと流れ落ちていった。

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