第17話 王妃の後悔
次の日、ソフィアは正式な聖女としての初出勤を迎えた。
「ソフィアさん、一緒に働けることになって嬉しいです」
「きっと来ると思っていたわ」
マリアとフローラが笑顔で出迎えてくれる。
「お二人ともこれからよろしくお願いします」
ソフィアは二人の温かい雰囲気に安心しながら深く頭を下げた。
「もう少しすればアメリア様も来ると思います」
「アメリア様?」
ソフィアが聞き返すとマリアとフローラは目を見開き愕然とする。
「ソフィアさん、アメリア様を知らないの?!」
「えっと……」
二人は信じられないという様子だが、ソフィアは本当に知らないのだ。
「アメリア様は現王妃にして聖女でもある偉大なお方ですよ!」
現王妃ということはノアの義理の母親だ。聖女は自分の他に三人居るとは聞いている。
だが、あと一人が現王妃であるとは誰も言っていなかった。
「どうして誰も教えてくれなかったのでしょう」
「わざわざ教えなくても誰もが知っていることよ」
フローラから呆れたように言われ、ソフィアは何も知らない事が途端に恥ずかしくなる。
「私、王妃様にお会いした事がなのです。実は昨日初めて国王陛下とアレックス様にもお会いしたばかりで……」
「お忙しい方ですからね。国立病院での仕事も王妃になった時に引退する予定だったのに、聖女の数が少ないからと今でも働いてくれているんです」
「会ったことないにしても知らないなんて驚いたわ」
ソフィアが自分の無知さに肩を落としていると部屋のドアが開く。
「アメリア様、おはようございます」
ドアの方を向いていたマリアがすかさず挨拶をする。
「皆さん、おはよう」
アメリアは凛として、それでいて穏やかな雰囲気を纏った美しい女性だった。
「アメリア様、彼女がソフィアさんです」
フローラに紹介されソフィアは急いで自己紹介をする。
「はっ、はじめまして、ソフィア・ハワードです。よろしくお願いします」
「知っていますよ。これからよろしくね」
「はい」
アメリアの柔らかい笑みにソフィアは安堵した。
「フローラさんとマリアさんは外来に来られた方の通常の診療をお願いします、私はソフィアさんと入院病棟を回りながらここの仕事について説明していくから」
アメリアに指示されるとフローラとマリアは各自診療室へと向かう。
「ソフィアさん、一緒に来てくれますか?」
「はい」
ソフィアはアメリアに連れられ入院病棟へ入った。病棟には聖女の癒しの治療でも完全には治すことができず、日々の苦痛を和らげながら自然回復を待つ人、死期を穏やかに過ごすための人たちが入院している。
「まずは外傷の後遺症のある患者さんの病室へ行きましょう」
はじめに入った病室には右足の膝から下が切断された男性がベッドの上で看護師に体を拭いて貰っているところだった。
「アンソニーさん、調子はどうですか?」
「アメリア様! おかげ様で切断部分は問題ないようです」
アンソニーと呼ばれた男性は問題ないと言ったが、よく見ると少し顔色が悪い。
「切断部分は問題ないのですが、熱が数日続いているのです……」
体を拭いていた看護師が心配そうにアメリアに伝える。
「足を切断することは身体的ににも精神的にも大きな負担がかかっていますからね……」
アメリアがアンソニーの足に手を触れると柔らかい光が包み込み足から体全体を巡ってゆっくり溶け込んでいく。
「ああ。ありがとうございます。体が随分すっきりしたように思います」
アンソニーの顔色はあっという間によくなった。
「また、暫くすれば不調が出てくるかもしれないので、我慢せず、おっしゃって下さいね」
「はい。ありがとうございました」
アメリアはアンソニーに微笑むと病室を出て行く。
「お大事にしてください」
ずっと横で見ていたソフィアも声をかけアメリアについて病室を後にした。
「あの男性はここに運ばれて来た時には既に右足はなかったの。癒しの治療で傷口を塞ぐことは出来ても無くなった足を復元することはできないから……」
アメリアはそう言いながら次の病室へと向かう。
その病室は年老いた夫人が二人居り、看護師と三人で仲良く談笑している。
「まぁ! アメリア様来て下さったのですか」
「こんな老人のために、いつもありがとうございます」
とても陽気な老夫人たちは一見どこも悪いところはないように思える。
「いえ、体調はいかがですか?」
「今日はとっても気分が良いのですよ」
「ええ、メアリーちゃんの恋バナを聞いていたんです」
横でメアリーと呼ばれた若い看護師が照れくさそうに笑っていた。
「メアリーちゃん、気になっていた騎士様からついに食事に誘われたんだそうですよっ」
「あら、そうなの?」
「はい、お恥ずかしいですが……」
「それは楽しみね。また私にもその食事の話聞かせてね。では今日はお元気そうなので、また何かあったら呼んで下さい」
アメリアは治療はせずにそのまま病室を後にした。
「あの方たちとても元気そうでしょう? だけど、いつ亡くなってもおかしくない病を抱えているの」
病棟の廊下を歩きながらアメリアは切なげに話し始める。
「そうなのですか?」
「聖女の力でも体の中に長年根強く住み着いた病を取り除くことはできなかった。寿命と言われればそれまでなのかもしれないけどね。私たちに出来ることはただ最後の時を迎えるまでその苦しみを紛らわすことだけなのよ」
その後も病室を回り治療をしたり、様子を見て話をするだけの患者も居たりしながら一日を終えた。
「病棟での仕事はこれで終わりよ。討伐隊の時と比べると穏やかな仕事でしょう?」
「そうですね。討伐隊の時は本当に目まぐるしく患者さんが来て私も無我夢中でした」
「大変な時にお手伝い出来なくてごめんなさいね」
「いえ、通常の仕事をお一人でされていたと伺いました。そちらも大変だったと思います」
「それでも、昔に比べて聖女の数が少なくなってからここに治療に来る患者さんは減ってきているのよ」
以前は国の計らいで無償で聖女の治療を受けられる時期もあったが、聖女の数が減り、聖女の負担が大きくなってくると重症の患者を優先、軽症の患者は有償での治療でないと受けられないように制度が変更された。
「自分の力で回復できるのならそれに越したことはないと思う。けれど、怪我や病気を我慢して手遅れになってしまってはこの力は意味の無いものになってしまうわ」
「そんな、意味がないとは思いません。アメリア様は皆さんからとても信頼され、慕われていると思いました。」
「それでも、癒しの魔力も万能というわけではないの。私も何度も悔しい思いをしてきたわ」
アメリアは後悔の念を滲ませながらも強い眼差しでどこか遠くを見ているようだった。
そんなアメリアの様子にソフィアは思わず聞いてしまう。
「アメリア様が今も聖女として働いているのはなにか後悔があるからなのですか?」
アメリアはソフィアの言葉に驚いたようだったが
「ソフィアさんになら私の贖罪をお話してもいいかもしれないわね」
そう言って顔を緩めると自身の過去について教えてくれた。
アメリアと前王妃であったノアの母フレヤとは年の離れた幼なじみであり、アメリアはフレヤの事を姉のように慕っていた。
幼い頃から聖女の力が現れていたアメリアは、当時王太子であったエドワードの婚約者でり、公爵令嬢だったフレヤの怪我や病気の治療を頻繁に行ってた。周りからも過保護に扱われ小さな擦り傷から軽い風邪までどんな些細な事でもすぐに治療し、アメリアはフレヤ専属の聖女のような存在だった。
アメリアが十五歳になり国立病室で働き始めるのと同じ頃フレヤは国王になったエドワードと結婚し、すぐに懐妊する。だが、フレヤは出産後の予後が悪く聖女の治療でも回復させる事ができなかった。
「出産後すぐは特に問題はなかったらしいの。フレヤ様もこれくらいの産後の不調は普通の事だからとすぐには治療を受けなかった。でも日に日に体調は悪くなり私が治療を始めた時にはもう手遅れになっていたわ。当時のベテランの聖女でもだめだった。癒しの魔法がフレヤ様に効かなくなっていたのよ」
「癒しの魔法が効かない?」
「ええ、もう少し早く治療を始められていたら助ける事ができたかもしれないのに。私は国立病院の仕事が忙しくなっていてフレヤ様の様子に気付けなかった……これは私の罪なの。だから私はこの命が尽きるまで聖女としての役目を全うすると決めているのよ」
ソフィアはアメリアの強い意思に圧倒された。アメリアの聖女としての覚悟をひしひしと感じたがそれでもアメリアが責任を負う必要はないと思った。
「前王妃様が亡くなったのはアメリア様のせいではないと思います
「それでもフレヤ様は生きていたかったと思う。あんなにノアが生まれてくる事を心待ちにしていたのに」
ソフィアはノアの母親の話に以前感じた違和感を思い出す。
「なぜ前王妃様はノア様に呪いを掛けたのでしょうか」
「それは私にもわからないわ。フレヤ様はノアがお腹にいる頃からずっとノアの幸せだけを願っていたのに……」
ノアの母親が我が子の幸せを願いながら何故呪いをかけたのか、呪いを解く方法を何故ノアが気付いたのか疑問は深まるばかりだった。
その日はアメリアの仕事を見学し、話を聞く事で一日を終えた。
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