第16話 アレックス
ノアとソフィアが王宮を出て城内の庭を通っていると後ろから声をかけられる。
「兄様!」
「アレックス! 久しぶり。また背が伸びたみたいだね」
「はい! すぐ兄様を抜かしますよ」
ノアとアレックスは本当に仲の良い兄弟のように見えた。そしてアレックスはソフィアの方を向く。
「お義姉様、はじめまして。アレックスです。よろしくお願いします」
(お、お義姉様……)
ソフィアは一瞬戸惑ったがアレックスの屈託のない笑顔に絆され満面の笑みで挨拶をする。
「はじめまして。ソフィアです。こちらこそよろしくお願いします」
アレックスはにこりと微笑むとまたノアの方を向く。
「兄様の呪いがもうすぐ解けると伺いました。僕、兄様が帰ってくるのを楽しみにしているんです」
「アレックス、僕は呪いが解けても帰って来るつもりはないんだ」
嬉しそうにしていたアレックスにノアは困ったように返す。
「どうしてですか? 僕はいつでも王位継承権を兄様にお返ししても良いと思っていますよ」
「もしかしてアレックスにとって王位を継ぐのは負担になっているのかい?」
申し訳なさそうにするノアにアレックスは不自然な笑みを浮かべた。
「負担なんかではないのです。ただ、兄様とフローラ様にこの国を治めていただくのが僕の理想なのです」
ソフィアの前であっさりフローラの名を言うアレックスにノアは焦りを覚える。
「アレックス、どうして今そんな事を言うの」
「ですが、お義姉様とは呪いが解けるまでの期間限定の結婚ですよね?」
ノアとソフィアは驚いた。二人が契約結婚であるというのはルイスと国王、屋敷の使用人しか知らないはずだ。
「アレックスがどうしてその事を知っているの?」
「父上とルイス様が話をしているのを聞いたんですよ。心配しないで下さい。母上はこの事は知りませんから」
はじめは愛嬌の良かったアレックスは次第にソフィアに敵意を向けるような表情になっていく。
「いくら癒しの魔法が使えるからといって田舎の魔女が兄様の妻だなんて僕は認めません。早く兄様の呪いを解いて離縁して下さい」
それだけ言うとアレックスは王宮の中へ戻って行った。
「ソフィア、ごめんね。嫌な気持ちになったよね」
ノアは心配そうにソフィアの顔を覗き込む。
「いえ、少し驚きましたが、アレックス様の言うことは間違いではありません。ノア様とフローラ様が以前婚約していたことは聞いていました。ノア様の呪いが解け、体調に問題がなくなれば復縁するのが良いのかもしれませんね……」
ソフィアは自身の発言に胸が苦しくなる。頭と心が違う方を向き自分の気持ちが迷子になっているようだった。
「それでも僕は今の暮らしがすごく幸せなんだよ……」
ノアはソフィアの発言から、呪いが解ければ迷いなく離縁するつもりなのだろうと感じ苦しくなる。
だが、ルイスからソフィアを縛り付けていると言われたことを思い出し、この気持ちは伝えるべきではないとそれ以上は言わず心に蓋をした。
その日の夜、いつものようにソフィアはノアの部屋へ来ていた。
「ソフィア、明日からの仕事頑張ってね」
「はい。討伐隊の時ほど激務ではないとルイス様がおっしゃっていたので倒れることはないと思います」
「それでも無理はしないでね。何かあったらちゃんと言うんだよ」
「ありがとうございます」
ノアはソフィアの頭を優しく撫でた。
「ノア様、今日の治療しましょう」
ノアは頷きシャツのボタンを開けるとソフィアはほとんど消えかかっていている下腹部辺りのアザに手を当てる。
そして暖かい光がノアの体に溶け込んでいく。
「いつもありがとう。本当に良くなったよ」
「ですが、ここまで来てあと少しがなかなか消えません……」
理由がわかっているノアは心苦しかったが本当の事はまだ言えない。
「ごめんね。早く呪いが解ければソフィアの手を煩わせることもなくなるよね」
「いえ、煩わしいなんで思っていません! 私はただノア様の体が早く良くなって欲しいだけです。ノア様のペースで解けれ良いと思っています」
ソフィアも呪いが解ければ伝えると言われた手前、気にはなっていても理由を聞くことは出来なかった。
「ソフィアはいつも僕の事をちゃんと考えてくれるね。僕ももっと君に何か出来ないかな」
「そんな、私は充分過ぎるほどノア様にたくさんのものをいただいています」
「それでも、もっと君を大切にしたいんだ。これから先も、たとえ今の関係ではなくなったとしても……」
ソフィアはノアの言葉に頭の中が困惑した。呪いが解けて離縁したとしてもノアの側に居るのだろうか。それはどんな関係なのだろうか。考えてみてもこの生活が終わった後のことなど想像できない。
役目を終えればノアと一緒にいる理由なんてなくなってしまう。
ソフィアはノアが自分のことを大切にしてくれているのはわかっている。
それはきっとこの先夫婦でなくなっても変わらないのだろうと、そう思うことにした。
「私も、この生活が終わってもずっとノア様の幸せを願っています」
ノアは悲しそうに眉を下げ、それでも優しく笑いながらソフィアに向かって両手を軽く広げる。
そして互いの背に腕を回しそっと抱きしめ合った。
「ソフィア、僕は今幸せだよ」
二人は心の内をさらけ出すことはせずただお互いの体温を感じ合っていた。
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