第15話 謁見
ソフィアはその日、ハンナによってこれ以上ない程に豪勢に着飾られていた。
ピクニックの日に国立病院で働くと決めた後、ルイスに会うため王城内にある魔術師団本部に行く手配をしていると、ノアの父である国王からぜひソフィアに会いたいと申し出があったのだ。
「国王陛下への謁見なんて腕がなります!」
ハンナが嬉しそうに髪型をセットしてくれている。
ピクニックの時とは違い、上品で高価な髪飾りやアクセサリーも着けていく。
「私、なんだか貴族のお嬢様みたいですね……」
「何を言っているのですか! ソフィア様は一応この国の第一王子の妻なのですよ」
ハンナに言われるまで忘れていた。
今はもう公務はしておらずほとんど屋敷で過ごしている自分の夫、ノアがこの国の第一王子なのだと。
改めて考えると王子の妻だなんて本当に恐れ多いと感じる。
「今まで国王陛下にご挨拶に伺わなかったのは失礼でしたでしょうか……」
「国王陛下はお二人の事情をご存知ですし、大丈夫ですよ」
国王はソフィアとノアが呪いを解くための契約結婚であることは知っている。
その上での今回の謁見はどういう理由なのだろうとソフィアは緊張していた。
「心配しなくても、とてもお優しい方ですよ」
「ハンナさんは、国王陛下をよくご存知なのですか?」
「直接の関わりはありませんでしたが、私はここへ来る前は王宮メイドをしていましたから」
メイドたちの間でも国王が穏やかな人柄であることは周知の事実だった。
「そうなのですね。少し安心しました」
そうしている内にソフィアの身支度が整った。
「出来ましたよソフィア様。我ながら良い感じに仕上がったと思います」
姿見の前に立ち、自身の姿を見たソフィアはドレスの裾を持ちひらひらと動かしては後ろや横を確認する。
「ハンナさんっ! 凄いです! 本当に私じゃないみたいです。先日に続きこんなに素敵にして頂いてありがとうございます」
「いえ、こんな事でしたらいつでもお申し付け下さい。では、行ってらっしゃませ」
ソフィアは急いで玄関へと行く。
ノアはルイスに大事な話があるからと呼ばれていたため先に王城へ行っている。
ソフィアは後から一人で行く事になっていた。
玄関ではカイルが待ってくれている。
「カイルさん、お待たせしました」
「ソフィア様、とてもお綺麗です。馬車の用意は出来ておりますのでお気をつけて行ってらっしゃませ」
「ありがとうございます。行ってきます」
ソフィアは屋敷の前に停めてあった馬車に乗り、一人で王城へ向かった。
その頃、ノアは魔術師団のルイスの執務室に来ていた。
「大事なお話とはなんでしょうか叔父上」
「ノア、呪いはほとんど解けているよね? アザ、見せてくれない?」
ルイスに言われるがままノアはシャツのボタンを開ける。
ルイスは露になったノアの上半身をじっと見ると小さくため息をつく。
「そこまでアザが消えかかっていて、どうしてまだ完全に呪いが解けないんだろうね?」
とぼけたように首を傾げるルイスにノアは何も言わない。
「呪いを解く要因も呪いが解けない原因もソフィア君にある、ということだね」
ソフィアの名前を出されノアの顔は険しくなる。
「呪いが完全に解けないのは僕自身の問題でソフィアは関係ありません」
「関係ないと言うのならもう婚姻関係は解消する?」
軽々しく婚姻解消などと言うルイスにノアは勢いよく立ち上がり激昂した。
「叔父上は僕たちを弄んでいるのですかっ!」
「弄ぶなんて人聞きが悪いね。ただ、私の望み通りに事が進んでいってくれて喜ばしいとは思っているけど」
「ソフィアが国立病院で働くようになることも叔父上の思惑通りだったということですか」
「私はただ道筋を立ててあげただけだよ。決めたのはソフィア君だ。それにこのまま二人が一緒に居ても呪いが完全に解けることはないよね? その呪いがソフィア君を縛り付けているんじゃない?」
ソフィアを縛り付けていると言われノアは自身の感情にどす黒いものを感じる。
ソフィアと一緒に居ることで幸せだと思う度アザは薄くなった。だが、呪いが完全に解ければソフィアと離縁することになる。そう思うと呪いが解けなければ良いだなんて心のどこかで思っていた。
「それでも、彼女と一緒に居たいと思うのは僕の我が儘でしょうか」
ノアは脱力するようにソファーに腰を落とした。
「それが我が儘かどうかはソフィア君がどう思うか次第だね」
ルイスがそう言ったところで部屋のドアがノックされた。
「ルイス様、ソフィア・ハワード様がお見えになっています」
「うん。通してあげて」
暫くすると案内されたソフィアが部屋へやってきた。
「失礼します」
控え目に、少し照れくさそうに部屋へ入ってきたソフィアの姿にノアは一瞬目を見開いた後、立ち上がるとソフィアの前へ行く。
「ソフィア、とても綺麗だ」
「ありがとうございます」
ノアを見上げながら頬を染めるソフィアを見たルイスは二人の関係が今のままずっと続くのは良くないと密かに考えていた。
「ソフィア君、国立病院で働く事を決断してくれてありがとう」
「私こそこんな機会を頂いてありがとうございます」
「君はきっと素晴らしい聖女になれるよ」
「そうなれるように頑張りたいと思います」
真剣な表情で答えるソフィアにルイスは数ヶ月前に初めて会った時に比べ随分と成長したと感じた。
ルイス自身、ソフィアがこんなにもノアに影響を与え、聖女としての素質を持っているとは思っていなかった。
ルイスとの話を終えると国王陛下への謁見に向かう。
「お久しぶりです。父上」
「久しぶりだね、ノア。元気そうで良かった」
ノアと挨拶を交わした国王はソフィアに目を向けた。
「お、御初にお目にかかります。ソフィア・ハワードと申します。この度はご挨拶が遅くなり申し訳ありませんでた」
「こちらこそ、本当はもっと早く君に会いたいと思っていたんだがなかなか時間ができなくてね。今日会うことができて良かったよ。それで、ルイス君から呪いはほとんど解けていると聞いていたんだが……」
心配するように尋ねる国王は息子を思う父親そのものだ。
「はい。彼女のおかげでアザもほとんど消え、体調も良くなりました」
「そうか! それは良かった。ソフィア君、君にお願いして本当に良かったよ。ありがとう」
国王は至極嬉しそうに、顔を綻ばせソフィアに感謝する。
「いえ、私は特に何もしていません。ノア様がご自分の力で成し遂げた事です」
なぜノアの呪いが解けてきているかわからないソフィアは本当は自分は必要なかったのではないかと思い始めていた。
「ノア、呪いが解けたらここに帰ってきたらどうかな」
国王の言葉に二人は固まった。お互い呪いが解けた後の事は考えない様にしていたから。
呪いが解ければノアとは離縁し、ノアはまた王太子として生活していく事になるかもしれない。
そしたら以前の婚約者であったフローラと結婚するのかもしれない。
ソフィアはそんな事を考えていた。
「父上、僕は今の暮らしが気に入っています。それに自分の都合でこれ以上アレックスを振り回したくはないのです。ですからここに戻って来るつもりはありません」
戻るつもりはないとはっきり言いきったノアにソフィアは無意識に安堵した。
そしてソフィアは今まで感じたことのなかった複雑な感情に動揺した。
ノアにとってもここへ戻って来ることが一番良いはずなのに、なぜホッとしてまったのだろうかと。
「そうか、残念だが仕方ない。ソフィア君、最後まで息子の事をどうかよろしく」
「はい……」
ソフィアは国王に言われた最後がいつになる
だろうかと悶々とした気持ちを抱え謁見が終わった。
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