第14話 ピクニック

 次の日ソフィアはピクニックへ行くために、少しはお洒落をしようとノアから貰ったドレスを着ることにした。

 あまりボリュームはないけれど淡いピンクの可愛いらしいドレスを選んで着てみたがどうもしっくりこない。


「あまり似合わない気が……」


 初めて着るドレスに違和感を抱きつつこれで行くべきか鏡の前で躊躇しているとドアをノックする音がする。

 ハンナがなかなか部屋から出て来ないソフィアを呼びに来たのだった。

 ソフィアはそのままハンナを部屋へ招き入れ、恥ずかしそうに尋ねる。


「あの……このドレス私には似合っていないように思うのですが、ハンナさんはどう思われますか?」


 ハンナはソフィアの様子に少し驚いた後、目を輝かせた。


「ソフィア様! 私にお任せ下さいっ」


ハンナはソフィアをドレッサーの椅子に座らせ、鏡を見ながら両肩に優しく手を置く。


「ソフィア様、ドレスとてもよく似合っていますよ。違和感があるとすればこの伸ばしっぱなしの髪ですね!」


 そう言うとハンナは器用にソフィアの髪を編み込んでいく。

 日焼け対策も兼ねて軽く化粧もして貰い、出来上がったその姿はまるで先ほどまでとは別人のようで鏡を見ながらソフィアは目を丸くした。


「ハンナさん、凄いです! あんなに不恰好だった私が見違えました!」


「そうですよ、髪型を少し変えて軽くお化粧をするだけでずいぶん印象が変わるのです!」


「こんなに素敵にして頂いてありがとうございます」


「こちらこそありがとうございます。私ソフィア様に身の回りの事をご自分でして頂いてとても助かっているのですが、実はこうした事はしてみたかったのです」


 得意気に言いながら笑うハンナにソフィアはもう一度お礼を言うと急いで玄関へと向かった。


「お待たせしました!」


 玄関ホールでは昼食が入っているであろう籠をもったダニエルとノアが待っていた。


「ソフィア様! 今日は一段と可愛らしいですね!」


 ソフィアを一目見たダニエルがすかさず褒めてくれる。


「ハンナさんに髪のセットとお化粧を軽くしていただいたんです」


「本当に、とても素敵だよ」


 ノアは嬉しそうにしているソフィアをじっと見つめ愛おしそうに囁く。


「ありがとうございます」


「じゃあ、行こうか」


 ノアはダニエルから籠を受け取るとソフィアの手を取って屋敷を出発した。

 ピクニックは屋敷の裏にある丘に登る事にしている。


「ノア様、手は……」


「手を繋ぐのはだめ?」


「いえ、だめなんかではないです。なんだか本当の夫婦みたいだなと思いまして」


 無邪気に笑うソフィアに複雑な心境になったノアは少し困ったように「そうだね」と小さく呟いた。


 丘を登り始めてしばらくしない内に、緩やかな斜面ながらもノアとソフィアは息があがってくる。


「ノア様、大丈夫ですか?」


「大丈夫だよ、実はこの丘初めて登るんだ。自分がこんなにも体力がないと思っていなかったよ」


「私もあまり運動はしてこなかったのでちょっと辛いです」


 二人は息を切らしながらもゆっくり丘を登り頂上に着くと、その先には一面の菜の花畑が広がっていた。


「わぁー! ノア様、とても素敵なところですね」


「あぁ、ここに菜の花畑があると知ってはいたんだがずっと来れていなくて。ソフィアと一緒に来ることが出来て良かった」


 しばらく菜の花畑を眺めた後、二人は丘の上にある一本木の木陰にピクニックシートを広げ腰を下ろす。


「ノア様、体は大丈夫ですか?」


「少し辛いけど自分の体力不足が原因なだけでアザのせいではないよ」


「私も同じく体力不足です」


 二人は笑い合い、その後も他愛のない話をして穏やかな時間を過ごした。

 そして少しした後ソフィアは真剣な表情で話始める。


「私、今までは魔女として街の人たちに薬を売って、感謝されて、それで満足していました。ですが今回聖女としての仕事をしてみて、初めて自分の力の重要性を認識しました。もっとたくさんの人を助けたい、もっと成長しなければいけないと思いました。そのためには国立病院で聖女として働くべきだと……」


 ノアはソフィアの話を黙って聞きながら、ルイスはきっとこうなることが分かっていたのだろうと思うと、またも嵌められたような気持ちになった。

 だが、ソフィアがどんな決断をしようとその思いを尊重しようと決めている。


「ソフィアの思うようにすればいいよ。聖女として働くのなら僕はそれを応援するから」


「ですが、私の本来の仕事はノア様の呪いを解く事と日々の治療をする事なのに、それすら満足に出来ないまま聖女の仕事が務まるのかどうか自信がないのです」


 ノアは不安そうに俯いたソフィアの手をそっと握る。


「ソフィアはよくやってくれているよ。それに僕の呪いはほとんど解けかけているんだ」


「そうなのですか?!」


「以前、ソフィアに呪いとまじないの話を聞いてからアザの変化を気にするようにしていて、何となくどうしたら呪いが解けるのかわかってきていたんだ」


「えっ……」


 ソフィアは呪いを解く方法がわかってきていたと言う言葉に驚き、俯いていた顔を上げるとノアの方を見た。


「私、全然知りませんでした。私にはまだ全然わかっていません……」


「ごめんね。これは僕自身の問題だから……」


「それは、私には、教えていただけないのですか?」


「ソフィアには呪いが完全に解けた時、ちゃんと伝えたいと思ってる」


 真剣な表情で言うノアにソフィアはそれ以上何も聞くことはできない。


「呪いがここまで解けたのは全部ソフィアのおかげなんだよ。だから僕の事は気にせず、君は自信を持って聖女の仕事をしておいで」


 ソフィアはノアの気持ちを無理に聞き出すことはしないと決めている。


 呪いがここまで解けたのはソフィアのおかげなんだと言うノアに、それだけで十分なんだと言い聞かせる。


 そして、ソフィアはノアがこんなにも自分の意見を尊重してくれて、背中を押してくれるのは有り難い事なんだと改めて感じた。


「わかりました。私、やってみます」


「うん、頑張ってね」


 ノアは優しく頷きながら微笑む。


「でも、ちゃんとノア様の呪いが解けるまで治療もさせていただきますので」


「ありがとう。ソフィアが居てくれて僕は幸せだよ」


 二人は話を終えるとダニエルが作ってくれた昼食を食べ、また他愛もない話をして穏やかな時間を過ごした。



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