第13話 目覚めると

 ソフィアは目を覚ますと視界に映る自分の部屋ではない天井に、意識を失う前の記憶が蘇ってきた。


(私、治療の途中で倒れてしまって……)


 考えていると、右手を包む暖かいものを感じる。


「ノア様……」


 そこにはベッド脇でソフィアの手を握り眠っているノアがいた。ソフィアは体を起こすと、そっとノアの頭を撫でる。


「っ!! ソフィア!」


 ノアは勢いよく起き上がるとソフィアをぎゅっと抱きしめた。


「目が覚めたんだね。どこか痛いところはない? 苦しいところは?」


 息巻くように聞いてくるノアにソフィアは眉を下げて微笑む。


「大丈夫です。この数日間の疲れが嘘のように体がすっきりしています」


「良かった。すごく心配したんだよ。三日間も眠っていたんだ。無理しないでって言ったのに」


「すみません……」


 ソフィアは治療の途中で倒れてしまった事、周りに迷惑をかけてしまった事に不甲斐ない気持ちでいっぱいになり、目には涙が浮かんでくる。


「いや、ごめん。ソフィアが謝る必要はないんだ。僕がもっと君のことを気にかけていたら良かったんだ」


 ソフィアの涙に気が付いたノアは体を離しソフィアの顔を覗き込む。


「ノア様のせいではありません」


「でも、疲れて帰ってきているのに僕が寝ている間に治療をしてくれただろう?」


「ノア様がとても苦しそうにしていて、私が治療をしていないせいだと、ノア様を癒す事が私の役目なのに……」


「ソフィア、僕は君を犠牲にしてまで自分の体を治そうとは思っていないよ」


 ソフィアの目からは我慢していた涙がはらはらとこぼれ落ちてきた。


「でも、ノア様の治療も出来ていなかったのに、今回のお仕事も満足にこなすことができず、皆さんに迷惑をかけてしまいました。私、自分が情けないです……」


 ノアはゆっくり首を横に振りソフィアの手をぎゅっと握った。


「ソフィア、見てごらん」


 ノアの視線の先にはたくさんの花や果物が並べられている。


「全てソフィアが治療した騎士たちからのお見舞いだよ。皆君にとても感謝していた。誰も君が迷惑を掛けたなんて思っていないよ」


「でも……」


 ソフィアが俯いていると病室のドアが開いた。


「そうですよ、ソフィアさん。あなたがいないときっと私が倒れていました」


「あなたのおかげで騎士たちが現場に早く戻って来れたから討伐も早く終わったのよ。ありがとう」


 マリアとフローラが入って来た。


「二人とも、まだ邪魔しないでおこうって言ったのに。私はもう少しノアとソフィア君の会話を聞いていたかったな」


 ルイスもマリアとフローラの後に続いて病室に入って来た。


「皆さん、本当にご迷惑をお掛けしました」


 ソフィアはベッドに座ったままの状態で深々と頭を下げる。


「大丈夫だよ。負傷した騎士たちの治療はほとんど終わっていたし、それにソフィア君に魔力供給をしたのはノアだよ」


 ルイスにそう告げられたソフィアは目を見開いてノア方を向いた。


「ノア様が私に魔力供給を? でも、どうやって……」


 ソフィアは属性の違うノアに魔力供給してもらっていたとは思っていなかった。


「今解読していた魔術書に魔力を変換して供給する方法が載っていてね。上手くいって良かったよ」


「私のためにそんな大変な事をしていただいて、ありがとうございました」


「ノアの魔法オタクが役に立って良かったね」


 ルイスは茶化すように言ったが、ソフィアはノアが心配だった。


「それで、ノア様の体調は大丈夫なのですか?」


「ソフィアから治療を受けた後で調子も良かったし、叔父上から魔力供給を受けたから。僕はなんともないよ」


「なら、良かったです」


 ソフィアはほっと胸をなでおろしたが、すぐに表情を険しくする。


「ですが、今回の事で自分の力不足を実感しました。やはり私には聖女の仕事なんて無理でした……」


「そんなことはないよ。初めての仕事でここまでやってくれるとは思っていなかった。ソフィア君は充分仕事をこなしてくれたよ」


 肩を落とすソフィアにルイスは優しく労う。


「ソフィアさん、あなたは魔力の質がとても良いの。魔力の配分に気を付けてもう少し治療に慣れてきたらとても優秀な聖女になれると思うわ」

 

「私が優秀な聖女に……?」


 まさかフローラからそんなことを言われるとは思っていなかった。

 最後まで治療を全うすることも出来ず倒れて迷惑までかけてしまったのに。


「ねぇ、ソフィア君このまま聖女として国立病院で働かない?」


「え……」


 ルイスの突然の提案に驚いたソフィアはノアの顔を伺った。


「叔父上それは……」


「本来ならそうあるべきだったんだ。今回の事で騎士たちからも期待されているし、ソフィア君がもしやる気があるならお願いしたいと思ってる」


「私も、ソフィアさんと一緒に働きたいです!」


 マリアがルイスの提案に大きく頷いた。


「私……」


 だが、やはり治療中倒れた事が気にかかりどうすれば良いかわからなかった。


「返事は急がないよ。目が覚めたばかりで休養も必要だろうし、帰ってノアと二人でよく相談して」


「わかりました……」


「じゃあ、ソフィア君も無事目覚めた事だし帰ろうか」


 ルイスがフローラとマリアに声をかけた。


「あの、皆さんこの度は本当にお世話になりました」


「こちらこそ、ソフィアさんが居てくれてとても助かりました」


「ええ、今回あなたが聖女として来てくれたこと感謝してる」


 ルイスとフローラとマリアは先に帰って行った。

 ノアとソフィアが迎えの馬車を待ちながら騎士たちからのお見舞いの品をまとめていると、ソフィアはその中に寄せ書きのようなものを見つけた。


--聖女様の治療のおかげで無事討伐を終える事ができました。

--初めて怪我の治療が心地良いと感じました。ありがとうございました。

--自分たちは今とても元気です。聖女様もどうか早く元気になって下さい。

--新しい聖女様に一目惚れしました!今度お食事に行きましょう!


 ソフィアは騎士たちのメッセージを読みながら、また目に涙が浮かんできた。すると後ろからノアが覗き込んでくる。


「最後のメッセージは見過ごせないな」


「ノア様……」


「仮にもソフィアは僕の奥さんだからね。他の男性と食事になんて行かないよね?」


 拗ねたように言うノアがなんだか可愛らしいなと感じソフィアは自然と笑みが溢れる。


「はい。行きませんよ」


「それにしてもこの数日間でソフィアは大勢に慕われたんだね。なんだか妬けるな」


「慕われるなんて……私はただ自分の役目を果たそうとしていただけで」


「そうだね。ソフィアはその役目を果たせたんだよ。お疲れ様」


「ありがとうございます」


 その後迎えに来た馬車に乗り、屋敷へと帰って行った。


 屋敷に帰ると使用人たちがソフィアを出迎えてくれた。


「お仕事大変お疲れ様でした」


「ソフィア様が倒れられたと聞いてとても心配しましたよ!」


「っ無事、お戻りになられて良かったです」


 ハンナは泣きながらソフィアを抱きしめる。


「ハンナさん……皆さんご心配をお掛けしました」


 その後いつもと同じように夕食を食べ、ダニエルが張り切って作ったというアップルパイを美味しくいただく。


 ソフィアはこの屋敷に来てから当たり前だった日常がとても幸せだったのだと改めて実感した。


 その日の夜、ソフィアは以前と同じようにノアの部屋へ来ている。


「ソフィア、仕事がね、落ち着いたんだ。明日以前約束していたピクニックに行かない?」


「明日ですか? でも私何も準備が出来ていなくて……」


 ソフィアはピクニックの時にお弁当を作るつもりでいたが、ずっと病院でいたため必要な物が何も揃っていない。


「お弁当は大丈夫だよ。実はもうダニエルに頼んであるんだ」


「そうなのですね。それはとても楽しみです」


 ソフィアはずっと楽しみにしていたピクニックに行けることに顔を綻ばせた。


「あと今日はね、治療は大丈夫だよ」


 ノアはいつもソフィアが治療をする方の手を握って言った。


「ですが私が眠っていた三日間治療は受けていないのですよね?」


「うん。だけどアザも薄くなっているし体調も悪くないんだ。だから今日はただ抱きしめるだけ、してもいいかな?」


「それだけで良いのですか?」


「それが一番効果があるって言ったでしょ? 本当なんだよ」


 ノアはそう言うとソフィアの体にそっと腕をまわし抱きしめる。

 ソフィアも同じようにノアの背に腕をまわし優しく抱きしめ合う。

 ただ穏やかで幸せな時間が流れた。


 その後自室に戻ったソフィアは久しぶりに落ち着いて眠りについた。


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