第12話 魔力供給
その日、ノアは昨夜の不調が嘘のようにすっきりとした気分で目が覚めた。
「これは……ソフィア?」
ノアは急いで身支度を整えるとダイニングへ向かう。
「ソフィアは?!」
朝食の準備をしていた使用人たちは慌てた様子で入ってきたノアに少し驚きながらも残念そうな顔を向ける。
「ソフィア様はもうお仕事に行かれていますよ」
ハンナが答えた。
「そうか……」
ノアは落胆しながら朝食の席についた。
(もう二日間ソフィアに会えていない……)
久々に治療を受けないという日が続きノアは自分でも思っていた以上に疲労が溜まり体調が悪かった。
少し早めにベッドに入ったが、倦怠感と頭痛でしばらく寝付けない。
いつ眠りについたのか、夢と現実の狭間でうなされている感覚だった。
体は熱くなり息苦しかったのが、いつの間にか暖かい光に包まれ体が楽になっていたのだ。
目が覚めたノアは昨夜、帰ってきたソフィアが癒しの治療をしてくれたのだと気付いた。
体調が戻ったノアは今日は絶対にソフィアが帰ってくるまで起きておこうと思いながら書斎で仕事を始める。
お昼を少し過ぎた頃、デスクに座っているノア目の前が急に光出す。
「これは、叔父上の魔法……」
するとデスクの上に一通の書簡が現れた。
ノアはすぐに中を確認すると急いでカイルに馬車の手配をするよう指示を出す。
書簡にはソフィアが魔力切れで倒れたことが書かれていた。
ノアが国立病院へ行くとルイスが待っていた。
「叔父上! ソフィアは?」
「すまない。私がもっとよく見ていれば良かった」
そのままソフィアが寝ている部屋へと向かう。
そこにはソフィアがベッドで意識のない状態で寝ており両横ではフローラとマリアがソフィアの手を握っていた。
「「ノア様……」」
ソフィアは癒しの治療で体の疲労はなくなっているものの、魔力がほとんどなくなっており目を覚ましていなかった。
「ごめんなさい。私、彼女の魔力があと少しだってわかっていたのに止める事をしなかった」
「フローラ様のせいではありません。私もソフィアさんの不調には気付いていました。それに……」
フローラとマリアがソフィアに魔力供給を試みていたが上手くいかない。
「魔力供給は私と魔術師団の数人はできる者がいるけどソフィア君は光属性の魔力だから私たちではだめなんだよ。同じ光属性の彼女たちに試してもらってはいるんだけどなかなか難しいんだ」
魔力供給は魔力を体内に流し込んでもそれを自身の魔力として定着させ、循環させるようにしなければいけないため特別な技術が必要ですぐにできるようになるものではなかった。
「「すみません……」」
「いや、君たちのせいではないよ。それにソフィアは疲れて帰ってきていたはずなのに昨夜僕の治療もしてくれていたんだ」
「ノア、もしかしてまたうなされていた?」
「はい。ソフィアが来てからは初めてだったのできっと心配して寝ている間に治療してくれたんだと思います」
「そう、ソフィア君相当無理してたんだね」
ルイスもこうなってしまったことに責任を感じていた。
「叔父上、僕が魔力供給をします」
「無茶言わないでよ。属性だって違うし、ノアの体だってどうなるかわからないよ」
「僕の体はいいのです。今解読している魔術書に属性の違う魔力を供給する際に被供給者の魔力に変換して魔力供給をする術が記載されていました」
「そんなことが本当にできるのですか……?」
マリアは信じられないというように呟いた。
「わからないけれど可能性があるのならそれに懸けてみたいんだ」
「ノア様がそんな無理をする必要はありません! ソフィアさんが回復するのを待ちましょう!」
フローラはノアを止めようと立ち上がった。
「待ってなんてられないよ! 魔力のない状態でソフィアの体がいつまでもつかわからないじゃないか!」
ノアは逼迫した様子で声を荒げた。
「わかった。やってみよう」
「ルイス様……」
ルイスの言葉にフローラは眉を寄せたがそのままノアに席を譲った。
「ノア様に何かあった時は私が治療します」
「ありがとう、フローラ」
「ノアになら私が魔力供給できるし、やれるだけやってみよう」
ノアはソフィアの横に座ると手のひらがしっかりと重なるように握り片方の手で優しく包み込んだ。
自分の中の魔力を手のひらに集中させ、ソフィアの手のひらに魔力を変換させる魔法をかける。
ソフィアに魔法をかけ続けながら自身の魔力を手のひらから流し込んでいく。
ソフィアの体は内側から全身をなぞるように暖かい光が巡ってきていた。
ノアの額からは汗が滴り落ち握る手に力が入る。
「もう少し……」
ソフィアの体全体が一定の光に包まれるとフローラがノアの手を引いた。
「もう大丈夫です!」
ノアは大量の汗が出て息が荒くなっていた。
「ノア、大丈夫?」
「はい……」
ソフィアは目を覚ましはしていないが、顔色は良くなり穏やかな表情で寝息を立てていた。
「ソフィアさんはしばらくしたら目を覚ますと思います。魔力の循環も良いですし、他に不調はないと思います」
フローラは癒しの他に透視の魔法が使えるのだ。その両方を駆使し、聖女として歴代最高と言われる治療をしてきた。
「良かった……」
「ノア様、疲れが出ていますし癒しの治療をしておきましょう。瘴気も払っておきます」
「あぁ、ありがとう。けど……」
ノアはシャツのボタンを少し開ける。胸元が露になったがアザは以前とは見違えるほど薄くなっていた。
フローラは目を見開いてノアの体を見る。
「魔力の消費で疲労感はあるけどアザの影響はあまりないと思う」
「こんなに、呪いが解けてきていたのですね……」
「ソフィアの、おかげなんだよ」
フローラはどれだけ治療をしてもノアのアザは消すことなど出来ないと思っていた。
「ノア様にとってソフィアさんが最良の相手だったということですね」
「僕にとってソフィアはとても大切な人なんだ」
そう言ってとても愛おしそうにソフィアを見つめるノアにフローラは自分のノアへ対する思いはもう叶うことはないと痛いほど感じたのだった。
「フローラ、君も討伐隊の治療で疲れているだろう。僕は休んでいれば大丈夫だから」
「それじゃあ魔力供給だけしておくよ」
ルイスがノアのはだけた肩に手をおくと何でもないことのようにスッと魔力が入っていく。
「叔父上、ありがとうございます」
「これくらいはなんともないよ。フローラ君、マリア君もお疲れ様、討伐はもう終わったし明日からはゆっくりできると思う」
ノアはフローラとマリアの方を向くと軽く頭を下げる。
「二人ともありがとう。ソフィアには僕がついているから君たちは帰って大丈夫だよ」
「そうだね。あとはノアに任せて僕たちは帰ろうか」
「ありがとうございます」
「お疲れ様でした」
ルイスに促されフローラとマリアは帰っていった。
三人が帰った病室でノアはソフィアの頭をそっと撫でる。
「無理しないでって言ったのに。僕の治療までしてくれて……」
撫でいた手をゆっくり移動させソフィアの頬に触れると
「ソフィア、君を愛してる」
聞いてはいないソフィアの耳元でそっと囁いた。
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