第10話 聖女の仕事

 ルイスと国立病院に着いたソフィアはすでに討伐現場から送られてきた患者で溢れかえった部屋を見て息をのむ。


「ルイス様! 次の患者を送って欲しいそうです」


 魔術師団の団員らしき男性がルイスを見つけて声をかけてきた。


「わかった、少し待って。すぐ行くよ」


 ルイスは返事をすると忙しなく患者の治療をしている女性のところへソフィアを連れて行く。


「マリア君」


 マリアと呼ばれたその女性はソフィアと同じくらいの年頃で身分の高そうな令嬢だった。


「彼女はソフィア・ハワード君。新しく見つかった聖女だよ」


「あなたがノア様の……」


「ソフィア君は怪我の治療はしたことがないから教えてあげて」


「わかりました」


「あの、よろしくお願いします」


 ソフィアはマリアに頭を下げた。


「じゃあ私は他の仕事があるから何かあったら呼んでね」


 それだけ言うとルイスは呼ばれた団員の所へと戻って行った。


「ソフィアさん、あなたノア様の治療はしているのですよね?」


「はい。ですが、怪我の治療はしたことがありません」


「基本的に魔力を患者の体に込めるのは一緒です。ですが、怪我の治療は少しコツがいります。とりあえず私の治療を見ていて下さい」


 マリアは足を怪我している騎士の所へ行き声をかけた。


「現場での応急措置はどこまでされましたか?」


「傷口を塞いでもらって、もう出血はしてないのですが、たぶん骨折もしているってフローラ様が……」


「フローラ様が診てくれいるなら骨折で間違いないわね」


「ソフィアさん、この方の骨折の治療をします」


「はい」


 マリアは騎士が怪我をしている下腿部に手を当てる。


「まず、患部に触れて魔力を込めていきます。自分の中の魔力と患者に流し込んだ魔力を途切れさせないようにして流し込んだ魔力から患部の状態を感じ、把握します。彼は……腓骨と脛骨両方折れていますね。そのまま、骨を修復するイメージで折れた箇所を魔力で包み込こみます」


 騎士の足が眩しいほどの光で包み込まれゆっくりと足の中へ消えて行った。


「どうですか? 立ち上がれますか?」


「はい! 大丈夫です! 痛みもほとんどありません。本当にありがとうございます」


 足が治った騎士はもう一度現場へ行くと言ってその場から去って行った。


「また行くのですか……」


「最後の追い込みらしいですよ。私たちもです」


「あの、さっきの治療とても凄かったです! 私、怪我の治療を見たのも初めてで」


「重症の患者は現場に行っているフローラ様が適切な応急措置をして送ってくれるから次の治療がとてもしやすいんです」


「フローラ様……」


 先ほどの騎士も口にしていたフローラ様という人物も聖女なのだろうが、聖女について詳しくないソフィアは全くぴんときていない。


「ソフィアさん、何も知らないんですか? フローラ様は歴代の中でも特に優秀だと言われる聖女様なんですよ。ただ、討伐の時は一人一人に時間をかけていられないのでひとまず応急措置をしてここへ送ってくれるのです」


「フローラ様……お会いしてみたいです」


「ソフィアさん……そんな純粋な気持ちでフローラ様と会わない方が……」


「え?」


「いえ、何でもありません。それより、はじめは目に見える外傷の患者から治療してみて下さい。傷口を修復するイメージで患部に魔力を込めて下さい」


「はい、わかりました」


 ソフィアは近くにいた、肩をを深く擦りむいている騎士の所へ向かう。


「大丈夫ですか? 怪我は肩の傷だけでしょうか?」


「はい。自分は肩の擦り傷だけだったのですが、だんだん肩が上がらなくなってここに送られまして」


 患部をよく見ると傷口がかなり化膿してきている。


「少し触れますね」


 このような傷はただ傷口を修復するだけではなくて、増殖した菌を取り除いてて清潔な状態にしてからでなければいけない。

 傷口を綺麗にする事は、以前お店で傷口に塗る薬を売る時に必ずお客さんに伝えていたことだ。


(ノア様の治療で瘴気を払う時のように菌を払うイメージで。そのまま膿を消失させて、傷口を修復する……)


 ソフィアの魔力が騎士の肩を包み込むと暖かい光が傷口を塞いでいった。


「あの、見た目は良くなったのですが、傷の具合はどうですか?」


「すごく良くなりました。少し熱っぽさもあったのですがそれもなくなって。あなたの魔力はとても心地がいいです。ありがとうございます」


「いえ、良かったです」


 騎士は嬉しそうに治った肩を回している。


「ところで、はじめてお目にかかりますが、新しい聖女様ですか?」


「えっと……はい。普段は病院では働いてないのですが、今回は人手不足ということでお手伝いさせていただいています」


「そうなのですね! すごく助かります。またよろしくお願いします」


「はい。怪我しないように気をつけて下さい」


 ソフィアが治療した騎士も討伐現場へと戻って行った。


「ソフィアさん、あなたとても良い筋してますよ! その調子でよろしくお願いします」


 治療を見ていたマリアがソフィアに声をかけた。


「はい! ありがとうございます」


 はじめての治療を褒められたソフィアはその後も途切れることなくやってくる患者の治療を続けた。


 数時間ほどたった頃、患者の数は少し落ち着いてきた。


「ソフィアさん、今のうちに食事をとっておきましょう。今は現場も一線を引いて休んでいる時間だと思います」


「はい、わかりました」


 ソフィアとマリアは治療室の隅にある椅子に座り支給されていたお弁当を食べた。


「そういえばソフィアさん、本当にフローラ様の事なにも知らないのですか?」


「はい。私、今まで王都の外れの小さな街に住んでいて、あまり王都での事は知らないのです」


「そうなの。なら、これだけは教えておきますね。フローラ様は侯爵家のご令嬢で、以前ノア様の婚約者だった方です」


「ノア様の、婚約者……」


 ソフィアはお弁当を食べていた手が止まった。


「ノア様がアレックス様に王位継承権を譲った時に婚約も破棄されたんです。ノア様は一生結婚するつもりはないと言って。けど、その後あなたと結婚した。フローラ様はとてもショックを受けていたんです」


「そんな……私ノア様に婚約者がいたなんて全然知りませんでした」


 元々ノアは呪いのせいで結婚には前向きでなく関係が良好だったとは言えなかった。

 けれど、フローラはノアの事を慕っており、献身的に治療もしていたが、それでも呪いが解けることはなく二人の仲が深まることはなかった。


「ノア様が王位継承権を譲って自由に生きたいと言った時、フローラ様は黙ってそれを受け入れたのです」


「私はフローラ様に申し訳ない事をしているのでしょうか」


「それは、ノア様があなたを選んだのだからそんな事思ってはいけませんよ」


 本当は呪いを解くための、呪いが解けるまでの期間限定の契約結婚だとは国王とルイス、屋敷の使用人たちしか知らない。

 ソフィアは申し訳ない気持ちになった。


 その後、ソフィアはまた次々に送られてきた負傷者たちの治療に没頭した。


「今日の負傷した騎士の転移はここまでだから」


 ルイスが声をかけてきた。

 気付けば随分と遅い時間になっていた。


「ルイス様、お疲れ様です」


「ソフィア君、お疲れ様。はじめての怪我の治療はどうだった?」


「なんとか、やれていたと思います」


「そう、良かった。まだ魔力も残っているみたいだし明日からも大丈夫そうだね」


「はい。頑張ります」


 一日目が終わり、ソフィアはルイスに馬車で送ってもらい屋敷へ帰った。


 帰ってすぐ、カイルが出迎えてくれた。


「ソフィア様、お帰りなさいませ。お疲れ様でした」


「ただいま帰りました。随分遅くなってしまったのに出迎えてもらってすみません」


「いえ、いつもこれくらいの時間帯はまだ起きていますので。ノア様や後の二人はもう休んでいますが」


「あの、ノア様の体調は大丈夫そうでしたか?」


「はい。ソフィア様の事を心配してずっとそわそわしていましたが、体調は悪くなかったようです」


 心配をかけていることに申し訳なく思ったが、体調は悪くなかったと聞いて安心する。


「それなら良かっです。明日も忙しくなるようで、ルイス様が今日よりも早く迎えに来ると言っていました。明日の朝、ノア様がまだ起きてらっしゃらなかったら、私も大丈夫だと、よろしくお伝え下さい」


「かしこまりました。では、ゆっくりお休み下さい」


「はい。お休みなさい」


 ソフィアは自室へ戻るとすぐに眠りについた。

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