第9話 ノアの心配
次の日、ソフィアはノアに買ってもらったモスグリーンのワンピースに着替えていた。
今まで、出掛ける予定もないのに着るのがもったいなくて、どの服も着たことがない。
地味だなんて言われたけれど、良く見ると洗練されていている上品なデザインで生地もとても高価なものだ。
聖女として治療をしに行くのに派手ではなく、かつ清潔感のある服装をしなければと思いこのワンピースに袖を通した。
汚れてしまうかもしれないが、それでノアに怒られることはないだろうし、とりあえずこれで行こうと決めた。
ソフィアは着替えると朝食を食べにダイニングへ向かう。
「おはようございます」
「おはよう、ソフィア。そのワンピース……」
「今日はちゃんとした服装でなければと思い、ノア様にいただいたこのワンピースを着てみました。変でしょうか?」
「いや、一見地味だと思っていたけど、とても優美でよく似合っているよ」
「ありがとうございます」
二人は朝食を食べ終わると、もうすぐ迎えに来るであろうルイスを玄関ホールで待つ。
「ソフィア、頑張ってね」
「はい、ありがとうございます」
「それで、今日は疲れて帰るだろうから僕の治療は大丈夫だよ」
「でもそれではノア様が……」
ソフィアは心配になるがノアは控え目に腕を広げ少し照れながら尋ねる。
「代わりに、今少し抱きしめても良いかな?」
「……はい」
ソフィアが頷くと、毎晩ノアの部屋でしているように互いにそっと腕を回し、抱きしめ合う。
ベッドに腰掛けているのとは違い、立ったままのその行為は身長差によってノアの胸にソフィアは顔を埋める形になっていた。
いつもとは違う体勢に、大きく包まれているような安心がある。
「君たちはいつからそんなことをする関係になったの?」
音も気配もなく突然現れたルイスにソフィアは慌ててノアから離れた。
「いやっ、これは治療の一環といいますか……」
「でも癒しの魔法はかけていなかったよねぇ」
「それは、そうなのですが……」
「叔父上、僕にはこれが一番効果があるんですよ」
「え? そうなのですか? 癒しの治療よりも?」
それはソフィアにとっては初耳だった。
「まぁ何でも良いんだけどね、他にも見物客はいるよ」
玄関ホールの隅にはソフィアを見送りにきたカイル、ハンナ、ダニエルが並んで立っている。
三人とも微笑ましく、二人の様子を見ていたようだった。
恥ずかしくなったソフィアは顔を赤らめて俯く。
「えっと……皆さん、行ってきます」
「「「行ってらっしゃいませ」」」
「ソフィア、くれぐれも無理はしないでね」
「はい。ノア様も」
「それじゃ、行こうか」
ルイスは普通に玄関のドアを開けて屋敷から出ると停めてあった馬車にソフィアを乗せ、国立病院へ向かった。
馬車が見えなくなるまで見送っていたノアに
「そんなに心配?」
カイルが砕けた口調で聞いてくる。
「聖女という仕事は簡単にはいかないからね」
「彼女なら大丈夫だと思うよ」
カイルはノアの肩をトンッと叩くと屋敷へ入って行った。
ノアとカイルは乳兄弟だった。そして王宮で王太子と王太子秘書として過ごしてきたが、ノアがこの屋敷に来る時に執事として連れて来た。お互いの事を一番よく知る良き理解でもある。
「彼女なら大丈夫…………そうだな」
ノアは書斎へ行き仕事をすることにした。
だが、いつも一緒にいる訳でもないのにこの屋敷にソフィアが居ないと思っただけでなかなか仕事が手につかない。
「重症かもしれない……」
そんなことを思っていたらハンナがお茶を持って書斎へやって来た。
「ソフィア様がノア様がお疲れだったらこのお茶を出して下さいと言っていたのでお持ちしました。お疲れ、というよりソフィア様が気になって捗っていないような感じですね」
「よくわかったね」
「それくらいわかりますよ。このお茶、リラックス効果があると言っていたので。少し落ち着いて下さい」
「ソフィアに気を遣わせてしまったかな……」
聖女としてはじめて仕事に行くソフィアの方が大変であるはずなのに自分への気遣いも忘れずいてくれることに嬉しさと少しの心苦しさを感じる。
「ソフィア様はノア様が思うよりノア様のこと大切に思ってらっしゃいますよ」
「そうだと良いんだけど」
「まぁ、ノア様の想いの丈には程遠いと思いますけどね」
「そんな事はわかっているよ」
ノアは拗ねたように返した。
「私、カイル様からノア様が隣街の魔女に懸想しているって聞いた時はノア様は趣味が悪いのかと思いましたが、あんなに可愛らしくて純朴な女性、それに聖女だなんて逆に今はノア様にはもったいないくらいだと思っています」
ハンナはお茶を淹れながら茶化すように言った。
「でも、ソフィア様なら本当の奥様としてずっとここに居て貰いたいです」
「僕だってそう思っているよ」
「そこはノア様のお心次第だと思いますけどね」
「そうだね……」
ノアは小さくため息をつく。
「できましたよ、どうぞ」
ハンナが淹れてくれたお茶はソフィアが淹れたものよりも心なしか薄く感じる。
「ポットにまだ残っていますので合間で飲んで下さいね。それでは」
ハンナは書斎を出て行った。
その日、夕食の時間になってもソフィアは帰ってきていない。
ダイニングテーブルにはノアの食事だけが用意された。
「ソフィアはまだ帰らないの? 何かあったのかな」
「何も知らせがないのが何もない証だよ」
カイルが冷静に答える。
「でも、こんな時間まで働くなんて……」
「まぁノア様はどうする事もできませんし、お料理冷めないうちに食べて下さいよ」
ダニエルに促され食事をすることにした。
「一人で食べる食事がこんなに寂しいなんてソフィアがここに来るまで感じなかったのに。皆はもう夕食は済ませたの? 一緒に食べない?」
ノアは横に控えている三人の方を向く。
「私たちはノア様が食事を終えた後に三人で主のヘタレ具合について話し合いながら食べますので」
「今日の議題は主のヘタレ具合か!」
ハンナとダニエルがすでに盛り上がっている。
「え? なにそれ。いつもそんな事してるの?」
「半分冗談だけど、ノアとソフィア様のために自分たちができることを毎晩話し合っているのは事実だよ」
「僕たちのために? 知らなかったよ、ありがとう」
ノアは三人の優しさに嬉しくなり、そのまま機嫌良く食事を終えた。
自室に戻ったノアは久しぶりに治療を受けずに眠ることに不安になりながらベッドへ入る。
「ソフィアが帰ってくるまで起きていようかな。いや、帰って来た時に僕が起きていたら治療をすると言いかねないからやっぱり寝ておこう」
ノアはソフィアを心配しながらもそのまま眠りについた。
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