第6話 呪いと呪(まじな)い

 ソフィアは自室で店から持って来ていた祖母の本を読んでいた。


一一呪いは術者の念により被術者に災いをもたらす。

一一まじないは術者の念により被術者の目的を達成させる。


一一呪いは被術者に災いが生じた状態が続くことを意味し、術者がそれを解くか被術者が災いに打ち勝つことで消滅する。

一一まじないは被術者の目的が達成されることによりその効力が消滅する。


 ノア様にとって現状は災いに近い……

 けど、お母様はもう亡くなっていて呪いを解いてもらう事はできない。

 仮にまじないだったとしてまだ赤子だったノア様に何か望みがあった訳ではないはず。

 だとしたらお母様のノア様への望みか……


「あー。考えてもわからない」


一一呪いやまじないは被術者の身体、精神状態によりその効力を増減させる。


 そういえばおばあちゃんがよくお客さんに『大切なのは自分自身の強い意志ですよ』て言っていたな。効力を増減させるということはノア様のアザは濃くなったり薄くなったりしているのだろうか。


 考えていたとろこで部屋のドアがノックされた。


「はい」


 返事をするとハンナが入ってきた。


「失礼します。ソフィア様、昼食の準備ができておりますが、ダイニングで食べられますか? それともお部屋までお運びしましょうか」


「ありがとうございます。ノア様はどちらで食べられるのですか?」


「ノア様は昼食はいつもお仕事の傍ら書斎で取っていらっしゃいますよ」


 いつも書斎で食べているということは仕事が忙しいのだろうか。あまり無理をしていなければいいが。

 休憩がてらお店から持って来ている薬草茶を飲んでもらうのもいいかもしれない。

 そう思ったソフィアはハンナに尋ねた。


「あの、昼食は部屋で取ります。その後に書斎でノア様とお茶をすることはできますか?」


「ご一緒にお茶ですね。ノア様に確認して参ります」


 部屋を出たハンナはしばらくするとワゴンに昼食を乗せて戻ってきた。


「ソフィア様、ノア様が良かったら昼食もご一緒にどうかとおっしゃっていますが、このまま書斎へ運んでもよろしいでしょうか?」


「あっはい。お願いします」


 ソフィアは急いでお茶の準備をするとハンナと書斎へ向かう。


一一コンコン


「失礼します」


 ハンナがワゴンを押して入って行き、ソフィアもその後について書斎に入った。


「ノア様、急に昼食をご一緒させてもらうことになってご迷惑ではありませんでしたか?」


「迷惑だなんてそんな事はないよ」


 ノアはデスクの上を軽く片付けると書斎の真ん中にあるローテーブルのソファーに座る。

 そこにハンナは持ってきた昼食を並べていく。


「ソフィアも座って」


「はい。失礼します」


 ソフィアはノアと向かいのソファーに座った。 昼食は仕事の合間に食べやすいようにと、サンドイッチとマグカップに入ったスープが用意されている。


「お食事終わりましたら片付けに参りますのでまたお声かけ下さい。ノア様、今日はゆっくり召し上がって下さいね」


 にこりと微笑むとハンナは書斎を後にした。


「いただこうか」


「はい。いただきます」


 二人はサンドイッチを手にして食べ始める。


「美味しいですね」


 ナイフやフォークを使わなくて良いのでソフィアは気兼ねなく食べる事ができる。


「昼食は手軽に食べられる物を用意してもらっているんだ」


「お仕事忙しいのですか?」


「忙しいというか、夢中になってしまうんだよね。今叔父上から頼まれた魔術書の解読をしていて」


「魔術書の解読だなんてすごいですね」


「呪いを解く方法はないかと魔術書を読み漁っていた時期があってね。無駄に詳しくなってしまったよ」


「そうなのですね。ですが、ノア様少し顔色が悪いように思います……」


 心配していた通りノアは疲れている様子だ。

 呪いのせいで疲れやすい体質であるというのにこんなに仕事をしてればすぐに体調を崩すだろう。


「ソフィアは鋭いね。昨日治療してもらってすごく体調が良かったからちょっと無理し過ぎてしまったかもしれない」


「あの、癒しの治療をしましょうか?」


「いや、あまり魔力を消費しない方がいいと思う。就寝前にしてくれたら大丈夫だから」


 治療をしなくても良いと言われたソフィアは持ってきた薬草茶を取り出す。


「でしたら、薬草茶を持って来ているんです。良かったらお淹れしますので、お体の調子を教えて頂けますか? 頭痛とか倦怠感とかありますか?」


「頭痛とめまいが少し。倦怠感は慢性的にあるからね……」


「ノア様、そういった不調は誰にでも起こり得ることです。特にノア様は呪いのせいで体調に影響が出やすいですからあまり無理はしないで下さいね」


 薬草を調合しつつ心から心配そうにするソフィアだったがノアは複雑な心境だった。


(仕事としてこんなに僕を気にかけてくれているとしたら本当にたちが悪いな)



「できました。薬草自体は苦味のあるものですが、はちみつを混ぜてありますので飲みやすいと思います」


「ありがとう」


 ノアは一口飲むとほっと一息つく。


「以前飲んだ薬草茶よりずいぶん飲みやすいよ」


「街の子どもたちでも飲めるように薬草以外にも色々と混ぜて改良したんです」


「癒しの魔力がなくてもソフィアは良い薬を作るんだね」


「私が、というより薬のレシピは祖母から継いだものですから」


「それでもソフィアが淹れてくれたこのお茶はとても美味しいし、体も暖かくなって気分もすっきりしてきたよ。ありがとう」


「それなら良かったです」


 お茶を飲み終わるとノアの顔色は少しだけ良くなっていた。


「ノア様、聞きたい事があるのですが」


「うん、何だい?」


「その、アザは薄くなったり、濃くなったり、広がったりとか変化したりするのでしょうか?」


「あぁ、そうなんだよ。けど、薄くなって範囲も狭くなったと思ったらまた広がってきたりして、期待してもすぐに元に戻るからもうアザの変化は気にしない事にしているんだ」


 祖母の本に呪いやまじないは被術者の身体や精神状態で効果が増減すると書いてあった。


「効果を減らしアザが薄くなる状態を続ける事が出来れば消滅させる事も可能ではないかと思ったのですが」


「薄くなった状態を続ける……あまり考えた事なかったな」


「それで、どんな時に薄くなったり濃くなったりしているかわかりますか?」


「特別意識してはなかったんだけど、最初に薄くなったと感じたのは弟のアレックスが生まれた時なんだ」


「第二王子のアレックス様……」


「僕は実の母親を知らずに育ったけど、現王妃は母と仲が良かったらしくて、僕を本当の息子のように可愛がってくれていたんだ。そんな中生まれたアレックスは本当の弟のようで嬉しくて幸せな気持ちになった。そしたら体調も良くなって、気づいたらアザも薄くなってたんだ」


 幸せだと言ったノアだったが言葉とは反対に悲しそうな顔をしている。


「その後、何かあったのですか?」


「何かがあったわけではないんだ。ただ、元気に育っていくアレックスに嬉しいと思う反面、生まれた頃から呪いのせいですぐ体調を崩すし体力もなくて行動に制限があった僕は次第に羨ましい、妬ましいなんて思うようになってしまったんだ」


「それで、アザが広がったのですか?」


「広がって、濃くなって気付いた時には高熱が出てベッドから起き上がれなくなっていたんだ」


ノアは拳をぎゅっと握り大きく息を吐く。


「その時に決めたんだ、アレックスが十五歳になったら王位継承権を譲って僕は自由に生きようって。好きなことをして好きに死んでいこうって。そう思ったら気持ちも、体も楽になっていったんだ」


「そんな事があったのですね……」


「それからアザの事もあまり意識しなくなった。確かに体調が悪い時や気分が優れない時は濃くなっているかもしれないね」


 たくさんの事を諦めて来たようなノアの呟きにソフィアも胸が苦しくなった。

 自身が座っていたソファーから立ち上がるとノアの隣に座り、強く握っていたノアの手をそっと上から握る。


「ノア様、これからいっぱい楽しい事をしましょう。私、治療も頑張りますので、体調が良い時は今までできなかったことにも挑戦して、ノア様が嬉しい、幸せだと思うこともたくさん見つけましょう」


 ソフィアの優しい笑顔にノアの瞳からは一粒の涙が流れる。


「ありがとうソフィア」


 ノアはソフィアの肩に顔をうずめ、ソフィアはそっとノアを抱きしめた。



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