第5話 妻と仕事
次の日の朝、あまりにも快適なベッドでソフィアは想像以上にぐっすり眠っていた。
一一コンコン
「奥様、朝食の準備が整っています」
ハンナの声で目が覚めた。
身の回り事は自分ですると言ったのに寝過ごしてしまったことに焦り飛び起きる。
「はい! すぐに向かいます」
ソフィアは急いで着替えると手櫛で髪を整えダイニングへ向かう。
「おはようございます……」
「おはよう、ソフィア。よく眠れた?」
既にテーブルについているノアが優しく声をかける。
「はい、寝心地が良すぎて寝坊してしまいました」
「よく眠れるのは良いことだよ。僕も昨夜は君の治療のおかげで久しぶりによく眠れた。ありがとう」
「いえ、それが私の仕事ですから」
二人は運ばれて来た朝食を食べ始めた。
食後のデザートにとダニエルがりんごのコンポートを運んで来ると、ソフィアは嬉しそうに口にする。
「ノア様から奥様はりんごがお好きだと伺ったので今朝はりんごのコンポートを作ってみました」
「ありがとうございます。とっても美味しいです」
本当に美味しそうに食べるソフィアにノアもダニエルも満足そうに頷く。
「でも、ノア様はどうして私がりんごが好きだと知ってらっしゃるのですか?」
ソフィアの質問にノアは一瞬手が止まる。
街でストーカーまがいの事をしていたとは言えない。
「えっと……昨日、アップルパイを美味しそうに食べていたから好きなのかな、と」
「私、そんなに顔にでていましたか? 恥ずかしいです。でも、本当に好きなので嬉しいです」
「他にもソフィアが好きなもの色々教えてね」
「はい。ありがとうございます。えっとお名前は……」
ソフィアが申し訳なさそうにダニエルの方を向く。
「ダニエルと申します。奥様」
「ありがとうございます。ダニエルさんのお料理はどれもとても美味しいので全部好きです」
屈託のない笑顔を向けられたダニエルはあっという間にソフィアの虜になった。
それからソフィアは部屋の隅に控えているカイルとハンナにも目を向ける。
「皆さん、私の事はどうか奥様ではなく、ソフィアとお呼び下さい。私はいずれお役目を終えればノア様とは離縁し、その後ノア様は然るべきお相手の方と結婚すると思います。その方の事を奥様とお呼び下さい」
一一カチンッ コトンッ
突然のソフィアの発言にノアは持っていたフォークを床に落としてしまう。
カイルはすかさず拾い上げ、新しいフォークをテーブルに置いた。
「奥様というよりは皆さんと同じノア様に仕える者として扱って頂ければ」
続けてそんなことを言うソフィアにノアは顔面蒼白で固まっている。
「あっ、えっと、それではソフィア様と呼ばさせて下さい」
「そうですね。そうさせていただきます」
ハンナとダニエルが答え、カイルは頷いた。
「ありがとうございます」
ソフィアは三人にお礼を言うと、固まっているノアの方を見た。
「ノア様?」
「ソフィア、僕は君を使用人だなんて思わないし、他に妻を迎えるつもりはないよ」
「はい。ルイス様からノア様は呪いのせいで結婚することを諦めていると伺いました。ですが、呪いを解くことができればきっとお相手も見つかりますよ。私、ノア様のために頑張りますので」
「そう……ありがとう」
呪いは解きたいがソフィアと離れたくはないという葛藤がある中、ソフィアの発言にノアは落胆していた。
そんなノアの様子に三人の使用人たちは哀れんだ目を向けるしかない。
三人はノアが隣街の魔女の所へ通っていたことを知っている。
そして昨日、ノアからその魔女がソフィアであることを告げられた。
仕方なく妻を迎える事になったため適当に準備をしてくれと頼まれていたが、まさかその妻になる人物がノアの想い人だったとは三人もノア本人も思っていなかった。
「後々の事はわかりませんが、私たちはソフィア様がここでの暮らしを快適に過ごせるようにお仕えさせて頂きたいと思っております。ですからソフィア様もお仕事としてだけではなく、ご自身のお家と思って過ごして頂けるとありがたいのです」
カイルは諭すように優しく微笑んだ。
「わかりました。そう言って頂けるのであればそうさせて頂きます。これからどうかよろしくお願いします」
ひとまず納得したソフィアにノアはほっと息をついた。
朝食後はそのまま用があるから行こうと促され、ノアと応接室へ向かう。
ソフィアが応接室に入るとそこにはたくさんのドレスや装飾品が並べられていた。
普段着にできるものから、行く事はないであろうパーティー用ドレスまである。
「好きなのを選んでいいからね。好きなだけプレゼントするよ」
「私に、ですか?」
「本当は一から仕立てた方がいいと思ったけど、とりあえずすぐに着れるように何着が用意して貰ったんだ」
「私、こんなドレス頂けません」
困ったようにノア方を見る。
「これは僕からの感謝の気持ちだよ。ソフィアにとっては何の得もない妻という仕事を引き受けてくれて、呪いを解くことも、癒しの治療をしてくれることも、感謝してもしきれないくらいなんだから」
「でも……」
着たこともなければ見たこともないような高価な物ばかりでソフィアが尻込みしていると
「それに、いつも同じ服を着ているだろう?」
ノアのその言葉にソフィアは顔を赤くして慌てて否定した。
「これはっ! 同じ服ですが、同じ物という訳ではなくて、同じ服を何着か着回していて、昨日の物ではなくてですねっ」
「わかっているよ」
ノアはソフィアの動揺する姿に思わず頭を撫でる。
ソフィアは急におとなしくなり、そのままなにも言わなくなった。
「僕がソフィアにプレゼントしたいんだ」
「わかりました」
ソフィアは顔を赤くしたまま小さく頷いた。
「ではそれを……」
指さしたのは、モスグリーンの一番シンプルなワンピースだった。
「これ? ちょっと地味じゃないかな? 他にも選んでね」
「いえ、これだけで十分です!」
そう言ったソフィアに
「必要になることもあるかもしれないから」
ノアは勝手に何着か選んだ後、ハンナを呼びソフィアの部屋に運んでおくように頼んだ。
「ノア様、ありがとうございます」
「これくらい大したことないよ。他に必要なものがあったらなんでも言ってね。一応、僕は君の夫なのだから」
「いえ、もう十分ですので」
ノアは少し寂しく思いながらもプレゼントしたドレスを着てくれる事を楽しみにした。
「それじゃ、僕は書斎で仕事をするからソフィアも好きに過ごしてね」
「ノア様、お仕事してらっしゃるのですか? ルイス様が療養に専念すると言っていたのでてっきり何もしていないのかと……」
「公務などの公の場に出る仕事はしてないけどね。実際仕事と言っても書斎に籠りきりだし。一応魔法についてはこの国で叔父上の次に見識があるし、事務仕事なんかをしてるんだよ」
「そうだったのですね。失礼しました。私も呪いについて調べようと思っています」
「うん、ありがとう。無理しないでね」
「ノア様も。何かありましたらお呼び下さい」
二人は応接室を後にした。
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