第4話 呪いとは

 二人は準備を整えると書斎へ向かった。

 ソフィアは持って来ていた荷物の大半を占める仕事道具を抱えている。


「ソフィア、その大荷物は?」


「これは薬の材料と調合の道具です。あと、呪いに関する本もあります」


「そうなの……」


 ノアは想像以上に気合いの入った準備物に少し怯んだがソフィアの真剣な様子が愛らしくも感じる。


「癒しの魔法で直接人に治療をしたことはないんだよね?」


「はい……」


「うん。じゃあ、とりあえずソフィアの思うようにしてもらえれば良いから」


「わかりました。ではさっそく、その呪いのアザというのを見せて頂けますか?」


 言われるがままノアは上着を脱ぎ、上半身を露にする。

 鎖骨辺りから体幹全体にかけて広がる黒いアザはいつも治療をしてくれる聖女たちから痛々しい目で見られていた。


 ソフィアは立ち上がると、ノアが座っている横に座り直してアザを興味津々に目を凝らす。


「これは……」


 息がかかる程に顔を近付けられ、まじまじと体を見られているノアは恥ずかしくなり顔を背けてじっと堪える。


「黒いモヤのようなアザがあると聞いていたのですが、これはよく見ると赤い色をしてます。赤黒い色。血の色ですね」


「血の色?」


「はい。赤い色は生命力を表します。体を蝕む呪いが生命力に溢れている……」


 ソフィアは何かを考えるようにノアのアザにそっと触れた。


一一ビクッ


 突然触れられたノアは体を強張らせる。


「あっすみません」


「いや、大丈夫……」


 しばらく沈黙が続いた後、ソフィアは思い出すように呟いた。


「呪い(のろい)とはまた呪い(まじない)である」


「え?」


 ソフィアは顔を上げ、ノアと目線を合わせる。


「祖母が生前よく言っていた言葉です。簡単に言うと、呪いは悪意を持って人に災いをもたらすもの、まじないは災いから人を守るためのもの。同じ言葉でも全く反対の意味を持つのです。そしてその違いは術者の思いによるものです。私はノア様のお母様が生まれたばかりの我が子に災いをもたらそうと呪いをかけたようには思えません」


「これは呪いではなくまじないってこと?」


「はっきりとしたことはわかりません。ですが、どちらにせよノア様の体に悪影響を及ぼしていることには変わりませんからまず解くことを考えましょう」


「そうだね。どっちでも同じことか……」


 呪いではないかもしれないということに少し希望が見えた気がしたが、現状が何か変わる訳ではない。


「同じ、という訳ではありませんよ。お母様のノア様に対する思いが鍵になりそうですね。ひとまず、私に時間を下さい」


 ソフィアはもう一度アザを見ると真剣な表情でノアに頭を下げた。


「あぁ、それはもちろん。もう呪いを解くことは半ば諦めていたんだ。いくら時間がかかっても、呪いが解けなくてもそれを受け入れる覚悟はできているから」


 ノアは一生この呪いを背負って生きて行くと思っていた。だから父が新しい王妃を迎え、十歳年下の弟が生まれた時は安心した。次期国王になる重圧は背負わなくて良いのだと。


「いえ、私はかけられる呪いは解ける呪いだと思っています。できるだけ早く解く方法を見つけてノア様が本来の生活を送れるように尽力します」


 使命感に溢れたように宣言するソフィアだったが、ノアは何ともいえない思いを抱えていた。



ーー呪いが解ければ君はいなくなってしまうの?


「癒しの治療はしてくれる?」


 口には出せなかった思いを飲み込む変わりに、以前はあんなに嫌だった治療を自分からお願いしていた。


「はい、それはもちろんです。ですが、私本当に治療の仕方を何も知らなくて、お薬なら作れるのですが……」


「光属性の魔力があれば癒しの治療自体は難しいものではないんだよ」


 ノアはソフィアの手をとると自身の胸元に当てる。

 自分から当てておいてソフィアの手のひらが触れたその瞬間から、鼓動が早くなっていく。


(ドキドキしているのがバレてしまうかもしれない)


 そう思いながらもソフィアの手を掴んだまま治療を続ける。


「僕の体の中の瘴気を払うようなイメージで魔力を流し込んでみて」


「は、い……」


 少し手を震わせながらソフィアはノアの体に魔力を込めていった。

 ソフィアの手のひらから暖かい光が現れノアの体の中に入っていく。


(とても心地良い魔力だ。まるで日だまりの中にいるような)


 ノアは目をつむり、体が軽くなっていくのを感じる。

 だが、しばらくしてソフィアの荒い息遣いが聞こえてきた。


 それに気付いたノアは


「ごめんっ!」


手を離し咄嗟にソフィアを抱きしめた。


 言われた通りにしていたソフィアだが、治療をしたことがなかったため、魔力の加減がわからず大量に魔力を消費してしまっていた。

 意識ははっきりしているものの、呼吸は乱れ、たくさん汗をかいている。


「はじめてだったのに君の魔力量も考えず無理をさてしまった。本当にごめん」


 ノアの腕の中でゆっくり息を整え、なんとか落ち着いてきたソフィアは顔を上げる。


「いえ、私も薬に魔力を込めることしかしてこなかったので、これからちゃんと治療ができるように慣れていきます」


 ふわりと笑ったソフィアを見て安心したノアは体を離すと急に上半身を露にして抱きついてしまった事が急に恥ずかしくなった。


「あ、えっと、ごめん。こんな……抱きつくような事をして」


 言われてはじめて気付いたソフィアは顔を赤くしては慌てて俯き顔を隠す。


「い、いえ、私もこんな不甲斐ない治療で申し訳ありません」


「そんなことないよ。ソフィアの魔力はとても心地良かった。今、すごく体が軽いんだ」


「それなら、良かったです」


「でも次からは様子を見ながら無理をしないようにしないとね」


「はい、頑張ります。よろしくお願いします」


「こちらこそよろしく」


 ノアは服と着ると、二人で書斎を出て、各々自室へ戻っていった。








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