第3話 契約結婚の始まり

 ソフィアをメイドに部屋へ案内させ、ルイスと二人になった書斎でノアは頭を抱えていた。


 一昨日、お店が閉まっているのを見て何故もっと早くに行動できなかったのかと後悔した。

 帰宅して自暴自棄になっている時、突然ルイスが新しく見つかった聖女を妻に迎えろと言う。

 一生結婚するつもりなんてなかったのに病院に通わなくなった僕を心配していると言い、国王である父からも頼まれたから受け入れろと半ば強制的に妻を迎える事になった。

 呪いが解けるか、相手が諦めるまでの期間限定だということでしぶしぶ了承したが。


「彼女が相手だなんて聞いていません!」


「言っていないからね」


「叔父上は彼女を初めて見た時から彼女が癒しの魔力を持っているって気付いていたんですよね?!」


 感情を剥き出しにするノアとは対照的にルイスは涼しい顔をしている。


「まぁ、彼女から光属性の魔力が滲み出ていたから」


「どうして黙っていたんですか?!」


「言っていたらどうしてた? 期間限定ではなく正式な妻として迎えた? それとも国立病院で働くことになるであろう彼女の元へ毎日通う?」


「それは……」


「どちらも彼女は望まないだろうね。だから私が彼女の納得のいく提案をしてあげたんだよ。どちらにせよ君たちはまだお互いの事を何も知らないからね。呪いを解くにせよ、関係を築くにせよゆっくり時間をかけてやっていけばいいよ」


「そう、ですね……」


 二年間見ているだけだった彼女が仕事とはいえ妻になった。

 どう接していけば良いのだろう。呪いに蝕まれ醜いアザのある僕をどう思うだろう。

 そんなことばかりが頭を廻る。


「そうそう彼女、薬に癒しの魔力を込めることは出来るけど、直接人に治療をしたことはないから教えてあげてね」


 それだけ言うとルイスは帰って行った。


 癒しの魔法はその患部に触れる事で治療をすることができる。

 ノアの治療はまず呪いによるアザから体内に流れてくる瘴気を払うためにアザに触れる、その後はその日の体調によって治療内容は様々だった。

 全身の倦怠感や頭痛、吐き気などその時々で体中に触れられ癒しの魔法をかけられていく。

 それが嫌で病院に通うのを止めたというのもある。


「彼女に触れられて平然としていられるだろうか……」


 ノアが書斎で一人苦悶していると、部屋のドアがノックされた。


「はい」


「失礼します。ノア様、奥様をお部屋まで案内して来ました」


「そう、ありがとう」


「それで、奥様から身の回り事はご自分でされると申し付かったので、何かあればお呼び下さいとだけお伝えしましたが、良かったでしょうか」


 彼女らしいと思った。

 正直なところ、この屋敷にはほとんど使用人がいないためその申し出は有難い。


「うん。彼女の良いようにしてくれればそれで構わないよ」


「それと、奥様お荷物が大変少ないようでした。お洋服もほとんど持たれてないのかと思います。奥様としてお迎えした以上今のままというのは……」


「そうだね。ありがとう。彼女には必要なものを用意するよう手配するよ。ハンナも彼女のことで気づいたことがあれば何でも教えて」


「かしこまりました。では失礼します」


 そういえば、彼女はいつも同じ服を着ている。

 持ってきていたバックも小さいもの一つで、仮にも嫁入りに来る装いではない。

 それにきっと叔父上に無理やり今回のことを引き受けさせられただろう。

 彼女にここでの暮らしを気に入ってもらわなければ。


 ノアはカイルを呼び、明日仕立て屋に何着か持って来てもらうように頼んだ。


 シェフのダニエルには夕食後にアップルパイを出すようにお願いしておく。ノアはソフィアが以前街でよくアップルパイを買って食べていたのを知っている。


 王位継承権を弟に譲ってから最低限の使用人だけを連れてこの屋敷に移り住んできた。慎ましく生活してくつもりだったが、彼女には快適に何不自由のないよう過ごして貰いたい。


 そう思って張り切って準備をしたが、夕食時、テーブルについたソフィアは不安そうにしている。


「あの、旦那様、私マナーとか何も知らなくて……」


「そう、か……マナーは気にしなくて大丈夫だよ。ここには僕しかいないし好きなように食べくれていいから」


「はい……」


 それでもできるだけ丁寧に、見よう見まねで一生懸命食べているソフィアにノアは次からもっと楽に食べられるメニューをダニエルにお願いしようと思った。


「それと、僕の事はノアと呼んで。君のこともソフィアって呼んでもいいかな?」


「はい。ノア様」


 名前を呼ばれたノアは顔を綻ばせる。


 ずっと名前が知りたかった、知ってほしかった。

 まさか、こんな形で名前を呼び合うようになるなんて。


 食事中あまり会話はしなかったが、二人は穏やかに食事の時間を過ごした。

 最後にアップルパイが出てくるとソフィアは何も言わなかったが、とても嬉しそうに口にする。


 その様子にノアも満足そうにアップルパイを食べた。


「ごちそうさまでした。こんなに素敵なお料理はじめて食べました」


「それは良かった」


「それで、ノア様。私のお仕事の事なのですが、この後お話よろしいですか?」


 本来の目的は呪いを解く方法を見つける事と、日々の治療だ。


「うん。後で書斎で話そう」


 二人は食事を終えると一旦自室へ戻り、就寝の準備をしてから書斎で話をすることにした。


 


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