第2話 偽りの魔女


「ソフィア・クラークさん、申告義務違反で投獄されるのと私のお願いを聞いてもらうのと、どちらが良いですか」


(投獄!?)


 そんな恐ろしい事を笑顔で伝えてくる彼は、この国の魔術師団長ルイス・コールマンと名乗った。

 先日薬を買いに来た男だった。


(この辺りでは珍しく身分の高そうな人が薬を買いに来たなと思ったら……)


「申告義務違反ですか……?」


「この国では癒しの魔法が使える者は皆、国立病院で働くことになっているのは知っているよね?」


「はい……でも、私は癒しの魔法なんて」


「私はね、他人の魔力が見えるんだよ。君は光属性の魔力を持っているし、先日君から買った薬は癒しの魔法がかかっていたよ。本当は自分でも薄々気付いていたんでしょう?」


 ソフィアは何も言えなかった。

 確かに自分の作る薬は祖母が作っていた物とは効果が違う。

 街の人からあっという間に怪我や病気が治ったと感謝されては『もしかして』という疑念は少なからず持っていた。


「私は国立病院で働かなければいけないのでしょうか」


「嫌なの? 癒しの魔法を使える者は聖女様と呼ばれ国民から讃えられて、国立病院で働きながら何不自由ない暮らしを保証して貰えるのに」


 幼い頃から祖母と一緒に魔女としてやってきた。今の穏やかな暮らしが好きだし聖女様だなん言って讃えられることは性に合わない。


「私が聖女だなんて無理だと思います」


「うん。そう言うかなと思って、君には特別な仕事を用意したから」


 ルイスは分かっていたとでも言うようににこりと微笑む。


「特別な仕事?」


「ノア・ハワード第一王子の妻になってもらおうと思って」


「えっと……どういうことでしょうか」


「君の仕事は彼にかかった呪いを解くことと、呪いのせいで体調が優れない彼の治療をすることだよ」


 この国の王子が呪いにかかっているというのは有名な話だ。


「どうして妻になる必要があるのでしょうか? 普通に治療すれば良いのでは」


 王子は今まで毎日病院に通って聖女の治療を受けていた。けれど、最近十五歳を迎えた異母弟である第二王子に王位継承権を譲ると自分の体の事はもういいから、数少ない聖女の手を煩わせることもないと病院に行かなくなってしまっている。


「そんな王子を国王はとても心配していてね。君は呪いに詳しいみたいだし、癒しの治療もできる。とても適任だと国王陛下に勧めたら、ぜひ君にお願いしたいと王命が下ったよ」


「ですが……妻ではなく、通いでお仕事をするわけにはいかないでしょうか」


「曲がりにも君は本来聖女と呼ばれる存在だ。王子といえどそんな女性を独占することはできない。けど、妻ならなにをしても問題ないだろう? それに君も国立病院では働きたくないと言うし。お互い良い条件だと思うけど」


 胡散臭い笑みを浮かべたままのルイスに疑念を抱きながらも


「そう、ですか……わかりました。従います」


 もうこれ以上食い下がっても他に選択肢はないのだと思い了承することにした。


「期間は呪いが解けるまで。解けなくてもこれ以上は無理だと判断したらお互いが納得する形であれば離縁しても構わないよ」


「はい。ただ、私は呪いを解くことはできません。呪いとはかけた本人が解くか、呪いの目的が達成されるか、それしか方法はないのです。ですから私ができるのは呪いを解く方法を探すということだけです。それでも構いませんでしょうか」


「もちろん。方法が見つかるだけでも大きな進歩になるからね。あとは毎日彼に癒しの魔法で治療をしてあげてね」


「お仕事をお受けする以上、私にできることはしっかりさせていただきます」


 そうして魔女と呼ばれていたソフィアはこの国の王子の妻という仕事に就くことになった。


「あの……公の場に出ないといけなかったり

は……」


「あぁ、彼はもう王位継承権を譲って療養のために隠居する、なんて公言したからね。あまり公の場に出ることはないと思うよ」


「それなら良かったです」


 公務をすることはないと聞いて安心した。

 もしそういった仕事も含まれているのならつい先ほどの発言を早々に撤回しなければならない。


「それじゃ、三日後また迎えに来るから荷物をまとめておいてね。それと、無許可で癒しの魔法がかかった薬は売れないから残念だけどお店は今日から閉めておいてね」


「え……」


 ルイス一方的に告げるとそのまま颯爽と帰ってしまった。


 ソフィアはこの暮らしが本当に気に入っている。

 祖母が亡くなってからも街の人たちに良くしてもらい、この暮らしがずっと続いていくものと思っていたのに。


「私が王子の妻なんて。でも、国立病院で聖女様なんてするよりかはましか……早く役目を全うしてここに戻ってこよう」


 ソフィアは店のドアに閉店の張り紙をして荷造りを始める。 

 替えの服少しと下着、薬の道具と材料だけをバックに詰めこんだ。


 三日後、馬車で迎えに来たルイスと、ノアが住む屋敷へと向かった。

 

 屋敷に着くとルイスは我が家のように玄関を開け入って行く。


「ルイス様、連絡頂ければお出迎え致しましたのに」


 この家の使用人らしき男性が急いで出迎えにやって来た。


「カイル、堅苦しいことはいいよ。それより、彼女がノアの妻になる、ソフィアだよ」


 カイルと呼ばれた人物はソフィアの方を

向き頭を下げる。


「奥様、この家の執事をしておりますカイルと申します。よろしくお願いします」


「あ、こちらこそよろしくお願いします」


 軽く挨拶を交わすと書斎へと通された。


 促されるまま部屋へ入ると、そこには本当に呪いなんてかけられているのか疑わしい程見目麗しい男性が目を丸くしてこちらを見ている。


「はじめまして。ソフィア・クラークと申します。この度、王命により王子殿下の妻に配属されました。よろしくお願いいたします」


 ノア第一王子であろう彼は何も言わず、すごく怪訝そうな顔になった。


 やはり仕事ととはいえ平民の魔女だと言われていた自分が妻だなんて不相応だったかもしれないと不安になる。


「あの……」


「いや、こちらこそよろしく」


 ついさっきの怪訝そうな顔が嘘だったかのような満面の笑みを返された。


「もう君はソフィア・クラークではなく、ソフィア・ハワードになってるからね」


 ルイスにそう指摘される。


「あ、えっと……ソフィア・ハワードになりました。よろしくお願いいたします」


 言い直したソフィアにノアは少し眉を下げ頷いた。


 挨拶をすませるとすぐにメイドのハンナに部屋へと案内されることになった。


「ここが奥様のお部屋です。私はハウスメイドですが、これから奥様の身の回りのお世話もさせて頂きますのでよろしくお願いします」


「あの、私自分のことは自分でできますので、ハンナさんは今まで通りのお仕事をして下さい」


「本当ですか? 実はメイドはこの屋敷に私一人しか居なくて手一杯だったんです。そう言って頂けてとてもありがたいです」


 少し不安そうにしていたハンナの顔がパァっと明るくなる。


「でも、もし何かありましたらいつでもお声かけ下さいね」


 そう言ってハンナは部屋を後にした。


 ソフィアは見たこともないくらい広く豪勢な部屋にほとんど持ってきていない荷物を片付け、柔らか過ぎて落ち着かないと思いながらもそっとベッドに横になった。



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