呪われた王子と偽りの魔女
藤 ゆみ子
第1話 呪われた王子
「はじめまして。ソフィア・クラークと申します。この度、王命により王子殿下の妻に配属されました。よろしくお願いいたします」
至極真面目な顔で挨拶をする彼女には他意はないだろう。
名前すら初めて知る彼女の後ろでにこにこしながらこちらを見ている叔父上の策略にまんまと嵌まってしまった、と無言で睨みつけていたら
「あの……」
不安そうな目を向けてくる彼女に気づく。
(いけない、怖がらせてしまった)
「いや、こちらこそよろしく」
誤魔化すように満面の笑みを向けた。
こうして密かに想いを寄せていた彼女との契約結婚が始まった。
ノア・ハワード。この国の第一王子で世間では呪われた王子と呼ばれている。
鎖骨周辺から体幹全体にかけてかかる黒いモヤのようなアザは見るからに禍々しく、人々から怖れられていた。
ノアは生まれて間もなく王妃である母を亡くした。
母は産後の予後が悪く王国屈指の聖女と呼ばれる癒し手でも回復させることが出来ず、数日後に亡くなってしまう。
母の容態が悪くなるのと同時にノアにアザが現れ、母は亡くなる直前まで愛しい我が子の名を何度も呼んだ。
だが、ノアは名を呼ばれる度にそのモヤはどんどん広がっていく。
王妃が亡くなった後、たくさんの者たちがノアのアザを診たが、病気でも魔法でもないそれは誰も消す事が出来ず、母親からの呪いとして今でもノアの体を蝕んでいる。
二年前、王都の外れの小さな街に魔女の薬屋があると噂で聞いた。
年老いたその魔女は苦しみを和らげる薬や傷口に塗る薬、精神を安定させる薬などを作るのだそうだ。
貧しくて病院にかかれず聖女の治療を受けられない者たちが、その痛みや苦しみを麻痺させるだけでもと魔女から薬を買っている。
また、まじないの類いの依頼も受けているらしく、お守りとして持っていれば悪い気を寄せ付けないもの、思いが実るものなど様々なものを売っているとのことだった。
呪いを解く手掛かりはないかとその魔女に会いに変装して薬屋へ行くことにした。
だが、店に着き中を覗くとそこには老婆とは程遠い若く可愛らしい女性が居る。
ノアは何故か漠然とこの女性に自身の呪われた姿を見られたくないと思い、そのまま店に入ることはせずに帰ってしまう。
その後、街の人たちに聞くと、先代の魔女は一年前に亡くなり今は孫が店を継いでいるとのことだった。
それから二年間、会いに行こうとしては店に入れず、外から彼女を観察するだけという、ストーカーまがいの日々が続いた。
そんな彼女は街の人たちからとても慕われている。
常連のようにいつも薬を買いにくる人、好きな人に想いを伝える前にお守りを買いに来た少女。
膝を擦りむいたと泣きながら一人でやって来た男の子には塗り薬を無償で塗ってあげているようだった。
気が付けば彼女に惹かれている自分が居て、彼女に惹かれるほど、こんな呪われた自分を見られるのが怖くなっていた。
そしてある日、叔父であり、この国一の魔力を持つ魔術師団長ルイス・コールマンに彼女の存在がバレてしまう。
ルイスはノアの亡くなった母の弟であり、ずっとノアのことを気にかけ、呪いを解こうと試行錯誤している。
「ノア、最近隣街の魔女の所に通っているそうだね」
「え、いや……通っているわけではないです。彼女にこの呪いの事を相談しようか迷っているところで」
「二年間も街に通ってまだ相談してない?! 何してるんだか……」
「彼女に相談するということは、このアザを見せるということで、彼女にこんなアザを見せるのは……」
歯切れの悪いノアにルイスは呆れたように呟く。
「次は私も一緒に行くから」
そう言われた次の日に彼女の店に行く事になった。
近くまで来ると、ちょうど彼女が籠を持って出先から店へ帰ってきている所だった。
今日こそはとノアは彼女に近付こうとするがルイスに止められる。
「ノア、ちょっと待って。彼女は……」
そして何故かルイスだけが彼女の元へ向かった。
二人は少し話をした後、ルイスはいくつか彼女から薬を買って戻ってきた。
その薬を大事に仕舞うと、街の人たちに話を聞くと言って住宅街のある方へ向かう。
「すみません、この街の魔女と呼ばれる女性について聞きたいのですが」
「あぁ、あの娘ね。昔からお婆さんと一緒にあのお店をやっていてこの街の人とは皆顔見知りだよ。お婆さんが亡くなってからは一人で頑張ってるよ」
この話は二年前にも聞いている。
「それで、彼女の作る薬の効き目はどうですか?」
ルイスが薬を買っているという街の住民何人かに聞いて回った。
「彼女の薬はとても良く効くよ。すぐ元気になるんだ」
「お婆さんの薬は怪我が治るまで痛みを忘れされるって感じだったのが、彼女の薬は本当に怪我が治るんだよ」
「お姉ちゃんが薬を塗ってくれたらあっという間に傷がなくなったの!」
ほとんどの人が彼女の薬を褒めていた。
だが、ルイスはその話に
「やっぱり……」
そう言い困ったように顔をしかめた。
結局、彼女に会う事なく帰ったノアは、帰ってすぐ何も言わず魔術師団に戻ってしまったルイスに困惑しながらその日は終わった。
「自分だけ彼女と話して僕には行くなって。叔父上は一体何しに一緒に来たんだ」
今度は絶対に店に入って彼女に話を聞こうと決めたノアだったが、それが叶うことはなかった。
数日後店へ行くと彼女の店は閉店していたのだ。
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