第36話 シルフ・リッター
初夏に差し掛かった翌日、ティナは夏仕様の制服に着替えて登校していた。
分厚いブレザーを廃した半袖のワイシャツに白いチェック柄でネイビー色のプリーツスカート、それがエバー学園の夏服である。
女子寮を出ようとすると、早速親友のアイラが駆け寄って挨拶をしてきた。
「おっはよーティナ!」
「あ、アイラちゃんおはよう。アイラちゃんってやっぱ夏服も似合うんだね」
アイラもまた半袖のワイシャツにネイビー色のプリーツスカート姿だが、彼女なりのアレンジとして腰に肌色のカーディガンを巻いて左手首にはターコイズブルーのシュシュを巻いている。
「でしょでしょ~! アタシ夏服の方が好きかも! あ、ティナもさぁ似合ってると思うよその格好」
「えへへ、ありがとうアイラちゃん」
そんなことを和気あいあいと話しながら、二人はクラスに向かった。
「みんなー、おっはよー! ……あれ?」
クラスに入るなり大声で挨拶をしたアイラだが、クラス内の雰囲気がどこか落ち着きのない感じになっていて困惑してしまう。
「え、みんなどーしたのさ?」
クラスの女子にアイラが話しかけると、彼女はこう答えた。
「アイラ、どうやらこのクラスに編入生が入るみたいなんだけど」
「編入生?」
編入生と聞いて頭にはてなマークを浮かべるアイラに、別の女子が付け加える。
「そうそう、なんかすっごい大企業の娘みたいでさあ」
「いろんな噂がクラスで飛び交ってるのよ」
「ふーん、そうなんだ~」
クラスメートと情報を交換するアイラをよそに、ティナはなんだか取り残されているような感覚を覚えた。
「あ、あの……」
「――これからホームルームを始めるわ、みんな席に着いてちょうだい」
そこへ担任のスザンヌ先生が入ってきて、クラス一同が揃って席に着く。
「これからこのクラスに仲間入りする編入生を紹介するわ。リッターさん、どうぞ」
「リッター?」
聞き覚えのある名前をスザンヌ先生に呼ばれて、入ってきたのは。
「あーっ! 昨日の!!」
アイラがすっとんきょうな声をあげるのも無理はない、現れたのは先日彼女たちが会ったばかりのシルフだったのである。
「どうしたの、知り合いかしらリッターさん?」
「昨日ここへ来た時にちょっと会っただけさ」
スザンヌ先生にそう説明してからシルフは黒板に自分の名前を綴った。
「ボクの名前はシルフ・リッター、リッターコーポレーションの一人娘さ」
リッターコーポレーションと聞いてざわめくクラスメートたち。
「おいおい、聞いたか?」
「リッターコーポレーションって、あのクソ高いブランドだろ?」
「ヒラリー財閥と肩を並べるほどの大企業なんですって」
そんなことをクラスメートがざわざわとささやくそばで、机を強く叩いて立ち上がったのはマリアだった。
「お待ちください先生! 本当にそちらのお方がこのクラスに!?」
「そういえばあなたも大企業のご子息だったわね。同じ境遇の者同士、仲良くしてほしいわ。――リッターさん、そちらの席が空いてるわよ」
「済まないね、先生」
シルフィットが空いてる席に着いたところで、スザンヌ先生が説明をする。
「リッターさんは今月からこのクラスに編入して、みんなと共に機獣学を学ぶことになったの。みんな仲良くしてちょうだい」
そんな風にホームルームは過ぎていき、シルフは授業でもその秀才さを遺憾なく発揮した。
「す、すげぇ……」
「今のところ全問正解じゃないか!」
「あれが天才ってやつなの……!?」
クラスの皆を唖然とさせる中で、シルフは淡々と問題を解いていく。
そして迎えた昼休み、ティナとアイラが食堂へ行こうとするのを呼び止めたのはシルフだった。
「ねえねえ君たち、昨日は助かったよ」
「あ、うん。まさかシルフちゃんがこのクラスに編入してくるなんて思わなかったよ」
「それにしてもすっごいじゃん! キミ本当にアタシたちと同い年なの!?」
「へへっ、まあね。ボクだって常に努力してるからさ」
アイラの称賛にシルフは鼻高々に胸を張る。
(やっぱりわたしより
そのほんのりとした、しかし確かに存在するシルフの胸の膨らみにティナは人知れず嫉妬した。
「それで君たちはどこへ行くんだい? ボクも仲間に入れておくれよ」
「それは大歓迎だけど……ティナはどう?」
「わたしもいいと思うな」
「ありがとう! やっぱりボクたちいい友達になれると思う!!」
順々にシルフに手を握られたアイラとティナは、彼女を連れて食堂へ向かうことに。
「ここが学園の食堂だよ。アタシのオススメはサンドイッチかな」
「へ~。じゃあボクもそれ食べてみようかな」
食堂でサンドイッチを注文したところで、ティナたち三人はテラス席を囲うことにした。
「ん~! このサンドイッチ美味じゃないか!」
「シルフもそこはフツーの女の子なんだ~」
「なんだいアイラ、君にはボクがどう見えていたっていうのさ」
アイラの冗談にシルフが口を尖らせて、三人はどっと笑う。
「それじゃあさー、食べ終わったらアタシたちが学園を案内してあげるよ!」
「それはありがたいね。じゃあ頼むよ」
「決まりだねっ」
こうしてアイラとティナは新たな友達に学園を案内して回ることにした。
図書室や化学室など各部屋を案内した後に、アイラが案内したのはこの学園で機獣が収容されている格納庫。
「ここが格納庫だよ! ここにはみんなの機獣が入ってるってわけ!」
「へ~! これが学園みんなの機獣か~。――ん、あれって……?」
「ちょっと、シルフちゃん!?」
「二人ともこんなところで走ったら危ないって~!」
何かを見つけたシルフが駆け出すのを、ティナが慌てて追いかける。
そして行き着いた先は、格納庫の奥で鎮座するゴウレックスの元だった。
「これがパパの言っていた大型ティラノ機獣……!」
「はあ、はあ……待ってよシルフちゃ~ん!」
息を切らしてティナが駆けつけると、ゴウレックスがいつものように立ち上がって彼女に顔を向ける。
「おや、もしかして君がこの機獣のウォーリアーかい?」
「ん、そうだけど……どうしたのシルフちゃん!?」
ティナが答えるなりシルフはその手をガシッと握った。
「ねえねえ、この機獣のことボクに教えておくれよ!!」
「へ、ふええ~!?」
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