第3話 暴君機獣ゴウレックス

「ドゥルルルル……」


 大きな頭をもたげて重低音の唸り声をあげる、30メートル近い巨大な機獣。


 鉄杭のような極太の鋭い牙にがっしりとしたボディーと尻尾、屈強な二本の脚とは裏腹に短く貧弱にも見える腕。


 その姿はさながら太古の暴君、ティラノサウルスを彷彿とさせるものだった。


「何あれ、機獣!? でもこんなの見たことないって! ……ティナ?」


 目を白黒させるアイラを背後に、ティナは目の前の機械ティラノに目を奪われている。


あなた・・・は……?」


 機械仕掛けのティラノサウルスをあなたと呼ぶティナに、巨大な機獣は顔をおもむろに近づけた。


 そしてティナの指先が鼻先が触れた途端、機械ティラノのコックピットハッチが煙をあげて開く。


「もしかして、わたしを乗せてくれるの……?」


 ティナが恐る恐るコックピットに乗り込むと、ハッチが閉じて背後から伸びたチューブのようなものが彼女の首筋に接続された。


「ああっっっ!」


 その瞬間彼女の全身を迸る、快楽と僅かな痛みを混ぜたような未知の感覚。


 それと同時に耐Gウェアの色が藍色から朱色に変わる。


 それが落ち着くと、ティナは目の前のモニターを一瞥して言った。


「――ゴウレックス、これがあなたの名前なんだね」

「ドゥルルル」


 ティナの言葉に呼応するように、機械ティラノ改めゴウレックスは顔を上げる。


「……ヤっバ、ティナがヤバすぎるのに乗っちゃったよ~!?」

「アイラちゃーん! 聞こえる~!?」


 通信越しのティナの発言に、アイラは両腕を大きく振って応えた。


「すっごいじゃんティナ! やっぱできると思ったんだよね、アタシ!」

「それ本当~? ……それよりも置いてきちゃったキー坊ちゃんのとこに戻ろう!」

「そうだよ! ……でもアタシどうすれば? 行く先にはパラドクスが……あれ?」


 アイラは気づいた、蜘蛛パラドクスがぞわぞわと落ち着きをなくしていることに。


「もしかして、あの機獣に怯えてる……?」

「グルルオオオオオオオン!!」


 アイラの呟きを裏付けるように、ゴウレックスの咆哮で蜘蛛パラドクスはさっきまでの統率を失い逃げ惑い始めた。


「ティナー! とりあえずそのまま進んで! アタシもついてくから!」

「え、でも……」

「心配ないよ! その機獣がついてくれれば、アタシも安全みたい!」

「分かった! お願い、ゴウレックス!」

「グルルウウウ!」


 ティナの懇願でゴウレックスは静かに歩み始める。


 ズシン、ズシンと立てる重厚な足音が地下空間に響き渡り、蜘蛛パラドクスも道を開けるように逃げていく。


「もしかしてパラドクスもゴウレックスが怖いのかな……?」

「ゴウレックスっていうんだ、その子」

「うん、そうみたい。コックピットに乗ったら頭に流れてきたの」

「それってやっぱりティナとゴウレックスが通じあってるってことじゃん! ヤバ~!」

「通じあってる、ってことはわたしもやっと乗れたんだ……!」


 わいわい沸き立つアイラの反応に、ティナは今まで湧かなかった実感――ようやく適合する機獣と巡り会えたこと――をひしひしと感じ始めた。


 そんなこんなで逃げる蜘蛛パラドクスに半ば先導されながら進むこと少し、二人は落下した地点に戻ってくる。


「これって……!」

「ウソ……!」


 ティナとアイラは揃って絶句してしまう、目の前で団子のように寄り集まったおびただしい数の蜘蛛パラドクスに。


「キギイイイイ!」


 金切り声をあげながらうごめく蜘蛛パラドクスの大群。


「そうだ、キー坊は!?」

「――助けなくちゃ。ゴウレックス!」


 そう言うや否や、ティナは操縦桿を握ってゴウレックスを前に進める。


「グルルウウウ!」


 そしてゴウレックスは強靭なあごで、群がる蜘蛛パラドクスを引き剥がしにかかった。


「グルルウウウ!」


 ゴウレックスのあごにかかれば蜘蛛パラドクスを引きちぎるのも容易く、放り投げられるなり蜘蛛パラドクスは細かい粒子として消滅していく。


 ――変化が起きたのは蜘蛛パラドクスの塊からアクセルラプターの頭が見えてきた時だった。


 蜘蛛パラドクスの単眼が光を増し、ゴウレックスにまとわりつくように攻撃を仕掛けてきたのである。


「ティナ! ――うわあ!?」


 激しさを増す蜘蛛パラドクスの動きに、アイラも突き飛ばされてしまう。


「アイラちゃん! ――ゴウレックス、早く!」

「グルルウウウ!!」


 巨体を激しく揺さぶって蜘蛛パラドクスを振り払いながら、ゴウレックスはなおも蜘蛛パラドクスの塊を食い破り続け、そしてくわえたアクセルラプターを強引に引き上げた。


「キー坊!」


 地面に下ろされたアクセルラプターに駆け寄ったアイラは、すぐその顔に抱きつく。


「ごめんねキー坊、怖かったよね……!」

「……ギュルル」


 アイラの言葉にキー坊は微かな声で返事をした。


 そんな感動もつかの間、蜘蛛パラドクスが一ヶ所に集まり凝縮し始める。


「これって!」

「まさか、合体しようとしている……!?」


 目を見開く二人の前に出現したのは、ゴウレックスと同じくらい巨大なタランチュラ型のパラドクスだった。

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