第22話 由加ちゃんの秘密
(由加ちゃんの秘密)
「ちょっと、時間が空いちゃったね。お茶でもするー?」
昇さんは、車に乗り込むと私たちに言った。
「ううんー、どうしようかな……?」
「それとも一度帰る? またあと来ればいいし……」
「う、うーん、決めたー、やっぱり命あってのものだから、死んではおしまいよー、お母さんだって悲しむし……」
しょうがない、明日の遭難の事実を知っているのも私、私しかいないっ!
この話を他の人にしゃべっても、誰も信じてくれないと思う……
由加ちゃんが見えるのは私だけ……
多分、このことを昇さんにいても信じてはくれない!
でも、彼も由加ちゃんが見えるのだから、本当のことを教えたら……
「由加ちゃん、もし昇さんが遭難することと、未来が見通せる由加ちゃんのことを話したら、穂高に登るのをやめるんじゃないの?」
由加ちゃんは、少し考えてから……
「どうかなー? 私が見えるのは遭難しているお兄さん。今も見えるわ……」
私は彼に言った……
「昇さん、今、聞いたでしょうー、明日、彼方は遭難する運命なの。由加ちゃんはね、人の運命が分かるの……、だから穂高に行くのは止めて、お願いだから……」
彼は、笑って答えた。
「もう、それは聞いたよー、山に行くとみんな遭難すると思うかもしれないけど、それは街で交通事故にあうより、確立は少ないんだよー、決して、自然を侮ってはいけないけどね、大丈夫だよー!」
「そうじゃなくって、由加ちゃんはもう、死んでいて、未来が見えるのよー!」
「由加ちゃんは幽霊さん、……」
由加は、お兄さんに言われて、手を顔の前でぶらぶらさせてお化けの真似をした。
「お兄さん、信じてないでしょうー?」
由加ちゃんのやっぱりといった表情……
私は、真剣なまなざしで彼に言ったが、昇さんは笑っていた。
「お姉さん、私、消えて見せましょうか?」
「駄目ー! ……」
今まで意識しなかったが、由加ちゃんはもう死んでいないんだ。
そう思うと急に胸が締めつけられる思いがした。
例え、由加ちゃんが死んでいても、幽霊のまねをして欲しくなかった。
「ごめんね、ひどいこと言って……、由加ちゃんは由加ちゃん、生きていても死んでいても私の大切なお友達。もう絶対に消えないでねー!」
「お姉さん、そんな大げさなことではないよ……、でも、ありがとうー、私もお姉さん大好き!」
由加ちゃんは笑顔で答えて、いつの間にか車から消えていた。
「昇さん、今、見たでしょうー、由加ちゃんは、もういないのよー、だから、未来が見通せるの!」
これで昇さんは信じたと思った。
「由加ちゃん、由加ちゃんがどうしたって……?」
「今、消えたでしょう!」
「消えたって、由加ちゃんはペンションにいるんじゃないのかい……?」
「今、私たちと話していたでしょう?」
「いや、君しかいないよ……」
「今はいないけど、さっきはいたでしょう?」
「夢でも見ていたのかい……」
私は、鳥肌が立った。由加ちゃんが消えた瞬間に、こうも簡単に昇さんの記憶から由加ちゃんが消えるなんて、確かに由加ちゃんは現実には存在しない幽霊……
でも、夢を見ているのはどちらなのか……
「お姉さん、どうだった……、信じてくれた?」
私は、かぶりを振った。
「昇さんは、もう半分由加ちゃんの世界にいるみたいなの。運命は変えられない……」
「やっぱりねー、私もそう思ったから……」
由加ちゃんには、最初から分かっているみたいだった。
死の運命に魅入られた人は、もうそのレールから離れられない。
「由加ちゃん、ついでに一つ訊いてもいい?」
「何、お姉さん……」
「ちょっと気になっているんだけど、どうして消えたり現れたりできるの?」
「だって、幽霊だもの!」
「そうかもしれないけど、それにお洋服も違っていたりしているのよ。どこで着替えるのかなって思って……」
「そうなのよねー、これって凄く便利よ。頭の中で考えるだけで、着替えできちゃうのよー!」
「やっぱりねー、それって本当にいいわねー、由加ちゃんが考えた姿を私たちは見ているのね」
「だって、体がないもの、ちょうど夢を見ているような感じよー、とてもリアルな夢ね。夢の中では何でもできるじゃない。多分、お姉さんの前からいなくなってしまうときは、お母さんの所かな。お母さんのことを考えると、お母さんのそばにいられるの。お父さんがバスから降りてくることを思うと、バス停で待っていることができるのよ……」
「考えるだけで、移動ができるなんて最高に楽しいじゃないー!」
「そうなんだけどね、でも、お父さんのことを考えても、お父さんの所には行けなかったわ……」
「そうなんだ、魔法使いの魔法の呪文とは違うのねー!」
「多分、生きているうちに経験した事だけしかできないと思うわ。だって、新しいことをやりたくても体がないものねー」
「え、じゃあ由加ちゃん、どうやって山に登るのよ?」
「それは、仕方ないので、お姉さんから離れないようにして、取りついて行くわっ!」
「取りつくって、どうするのよ?」
「さっきも言ったでしょう、夢を見ている感じって、だから人間だけじゃなく、蝶々やてんとう虫なんかにもなれるのよ。小さくなってお姉さんの肩に乗ってねー」
「迷子になったらどうするのよ?」
「その時は、よろしくねー」
「よろしくねっていってもー、頼りないなー!」
夢の中にいる感じと聞いて、私は少し幽霊さんの気持ちが分かるような気がした。
たまにしか出てこないけど、夢の中で逢えるお母さんは、いつも生々しく感じられる。
お母さんも夢の中で生きているのね。
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