第21話 山男と二人で
(山男と二人で)
私たちは遥さんに頼んで、ペンションの車を借りて街にやって来た。
「そう言えば、名前、訊いていていなかったわね。私は幸子、幸せな子」
「僕は昇。山登りの登るじゃあないけど、上がる上昇するの昇」
「名前と合っているわね。両親も山が好きなの?」
「その通り、アウトドア一家、今は後悔しているけどねー、こんな息子になってしまったって言って……」
「それはひどいわねー、私は名前と合っていないなー、幸せでないから……」
「どうして?」
「その先は訊かないで……」
まさかバイトもない、彼氏もない、お金もないとは言えなかった。
「お兄さん、ついでにお姉さんの登山靴も見てあげて……?」
「由加ちゃん、いつの間に乗ったの?」
後ろの席に由加ちゃんが座っていた。
「二人の邪魔をしてはいけないと思って静かにしていたのよー!」
「あ、そう……、でも山はいいわー、とても登れそうにないから……」
私は、丁寧にキョゼツした。
「駄目よー、お姉さん行かないと……、私、困っちゃうから……」
「由加ちゃん、どうして由加ちゃんが困るんだい?」
お兄さんが訊いた。
「あのね、もしもよ、もしも山で遭難するとテレビに出るでしょうー!」
「テレビに出るとは限らないけど、大きな遭難なら出るだろうねー」
「それで救助隊が出て、天気が酷くて捜索ができないこともあるよね?」
「もちろん大抵は、天候が回復してから捜索再開だねー」
「でも、間に合わないのよー、遭難した人死んじゃうものー」
「でも、それもしょうがないことだけど、よく二重遭難という話も聞くだろうー、それは避けたいからねー」
「その遭難のニュースをテレビで見ると、多分お姉さんなら絶対助けたいと思うでしょう?」
今度は私に振られた。
「え、私、私、多分思わないー、だって、そんなところに行けないもの……」
「でも、お姉さんなら行っちゃうのよー、私が連れて行ってあげるから……、それで装備不十分で死んじゃうかもしれないじゃない。そんなの私、困るー」
由加ちゃんは、渋い顔をして私を睨む。
「え、えーえ、私、死ぬの……?」
「それは大変だー、死なないように確り装備しないとね。すごく飛躍した話だけど……」
私は、はっと気がついた。
「もしかして、私、それで由加ちゃんが見えるんじゃあないの?」
思わず口に出して叫んでしまった。
「そこまでは言わないけど……、もしもっていう話……」
「そうだねー、お姉さんは救助隊に任せて家で待っていることー、それが一番……」
私は少し考えてしまった。
この彼は明日遭難する。
私はそのニュースを黙ってテレビで見ていられるだろうか。
もし、由加ちゃんに連れられて助けに行ってしまったら……
「遭難するっ!」
「誰が遭難するんだって?」
昇さんは、訳も分からず訊いた。
「え、えーえ、私よ!」
「少しはその気になった。お姉さん……?」
由加ちゃんの意味ありげな顔。
「何の気よー」
私が自分の運命に気がついたとき、車はカメラ屋さんに着いた。
カメラ屋のお兄さんは、親切に応対してくれた。
「プリントの大きさはどれにしますか?」
「どれでもいいんですか?」
「もちろんですよー、一枚一枚大きさが違ってもいいですが、大判は明日の仕上がりになります」
「じゃあ、とりあえず大きく見たいのでこれくらいで……」
携帯電話の中の写真は、全部で百五十枚近くになっていた。
その中から選んで、取りあえず母の写真を四十枚プリントすることにした。
「そんなにプリントしなくても良かったんじゃーないのかい?」
「うん、でもミニアルバムの中に入れて持ち歩きたいの……」
「そう、一緒に旅行をしている感じだねー!」
「うん、携帯の中よりも、この方がうんと見やすくていいと思うから……」
カメラ屋のお兄さんは、プリントするのに二時間ほどかかると言うので、私たちは店を出た。
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