第5話 行く道、寄り道、帰り道
(行く道、寄り道、帰り道)
去年はゼミ合宿の団体だったので、大学からバスで直行だった。
『友愛の里』が電車とバスを乗り継いで、こんな山奥とは知らなかった。
軽井沢は軽井沢でも北軽井沢。電車が止まる軽井沢からは、だいぶ離れている。
どおりで自然豊かで人気のない静かなところだったのかと、その理由が分かった。
それにバスを降りてから一時間は歩かなければ着かない。
タクシーを使えば早いのだが、お金がもったいないので歩くことに決めていた。
バスを降りると、バス停の壊れかけた惨めな待合所の長椅子に、大きな手作りらしい縫いぐるみの人形を横に座らせて、十歳くらいの女の子が、ぼーっと遠くを眺めて座っていた。
髪が長くて赤い短いスカートが可愛。
それに、どこかにお出かけなのか、白くパールに輝く綺麗なブラウスを着ていた。
丸襟とそれに付いているレースが上品で、これもまた可愛い。
そして、大きな縫いぐるみの人形と、この少女が、いつもお話をして、仲良く遊んでいる光景が目に浮かんだ。
私が昔、遊んでいたように……
多分この縫いぐるみも、お母さんの手作りのお人形。
私も持っていた。まだ実家に帰ればあるかな?
母の作ってくれたお人形。
そう思うと、急にこの少女に親しみが湧いて来た。
「何してるの……?」
少女は、びくっと驚いて私を見た。
「お姉さん、私が見えるの?」
私は、少女と縫いぐるみの人形の前に腰を下ろした。
「もちろんよっ! どうしてそんなことを訊くの?」
「だって私、死んじゃったもの……」
「えーえ、それは大変だ!」
この少女も私と同じだ。いつも空想の世界で遊んでいる。
昔、赤毛のアンを読んだとき、女の子はみんなそうなんだと知った。
この少女も……
「どうして、死んじゃったの?」
「病気で……、ものすごく苦しいのよっ! 本当にこのままいったら死んじゃうんじゃないかと思ったくらい苦しかった……、でも苦しい苦しいって言えないの。もうそんな力残っていなかったから。それで苦しい苦しいって思っていると、だんだん回りが明るくなって、それでだんだん暗くなって、体の感じが、だんだんなくなっていくのよ。一番良く覚えているのが手の感じ、今まであった手の感じが、だんだん消えていくの……、手が解けていくような感じ、分からない?」
突然、少女から臨死体験っ! 私は応対に困った……
「うーん、手が解けちゃうなんて、何か痛そうね……」
「ぜんぜん痛くないの! 本当に指先から、だんだん手首、腕、肘、肩って消えていく感じ……、気が付くと、もう足はなかった。それで、真っ暗になって、体の感じが全部なくなって、多分そのとき、死んだんだと思う。何も聴こえない真っ暗な世界で、私、宇宙かなって思ったの……、私の周りで、キラキラ星空のように見えたから。でも、お母さんの泣く声が聞こえて、お母さん、て呼んだの。そしたら周りが明るくなって、いつもの病室にいて、お母さんの横に立っていたわ……」
少女の話は、空想にしては現実味を帯びていて、通りすがりに聞く話にしては、全身に鳥肌が立つほど怖かった。
「何だかちょっと、怖いお話ね……」
でも、少女は明るく笑顔で……
「ぜんぜん怖くないのよ! 死んじゃったら、苦しいのもなくなっちゃったし、ベッドから起き上がれて、こうして外にも出られたの。でも私の姿、誰にも見えないみたいなの……、やっぱり死んじゃったから仕方ないわね。でも、お姉さんに逢えてよかった。やっとお話できる人に逢えたから……」
次から次へと出てくる少女のお話に、私は周りの状況を忘れて、いつの間にか引き込まれていた。
何て、空想好きな少女だろうと思った。ますます少女が好きになってしまった。
「本当に大変だったね。もう痛いところはないの?」
私は、少女の話に合わせて言った。
「ぜんぜん平気っ! お腹もすかないし、トイレにも行かなくていいのよ。病院にいるときは、トイレに行くにも体に力が入らなくて辛かったのよ。でも、お漏らししたくないし、オムツなんか絶対嫌だったから、頑張って重い体を引きずりながら行くの……」
「偉かったねっ! 私、入院したことないから、そういう苦労、分からなくて御免ね……」
「謝らなくてもいいわよ。それが普通だから。誰だって病院なんか行きたくないし、入院なんかしたくないもの……、でも私、入院して病気が治れば、またみんなと遊べるし、お母さんと一緒にいられるから、だから頑張っていやなことも我慢したのに、寂しくても我慢したのに、ぜんぜんよくならないで死んじゃった……」
「やっぱり病院って、寂しかった……」
私は、母の入院を思い出した。
「寂しいわよー、入院したばかりのときは、夜の八時にはお母さん家に帰っちゃうし、後は一人よ。お母さんが帰って行ってしまうときが一番辛かった。毎日毎日寂しいのと悲しいので、涙なんか枯れちゃったわ。私もお母さんと一緒に帰りたかった。それに、病院の消灯って九時よー、馬鹿にしているわよね……、子供じゃないのに、それに寂しさ紛らわせるのはテレビしかないじゃない。でも、隠れて見ていたりしていたけどね。それでも夜が長いの、長い夜考えることは、お母さんのことばかり、家で何しているかな? お洗濯してアイロンかけて、お掃除して……、朝になって、お母さんが来てくれるのが待ちどうしかった……」
少女の寂しをうな表情が、母の入院している姿と重なり、私には痛かった。
「そうなのねー、やっぱり寂しいよねー! 私のお母さん病院で、一人で死んじゃったの。私のお母さん見えない? 一緒に連れてきたつもりなんだけど……」
「えー、見当たらないけど、どんな人なの? 私、顔、知らないし……」
「そうねー、ごめんごめん、こんな人……」
私は携帯に入っている母の写真を順番に見せた。
「綺麗な人ねー、髪が長いのね! お姉ちゃんとよく似ている……」
「そう、年甲斐もなく、私と同じ格好をしたがるのよー。それで、私よりも背が少し低いから、私のほうが親に間違われるのよ。それが嬉しいみたいで、だんだんとエスカレートしてきて、そのうちセーラー服でも着だすんじゃないかと思ったくらいよ……、可笑しいでしょう!」
「本当、似合いそうねー! でも、私には見えないわ。多分、私のお母さんと同じだと思う。私が側で叫んでも分かってくれないもの……、それに、今までに死んだ人に逢ったことないし、お姉ちゃんだけ、どうして私が見えるの分からないけど……」
「そうなんだ、誰でも見えるわけでもないのね」
「でも、きっと一緒に来ていると思うわっ! お姉ちゃんに私が見えたのと同じように、他の死んだ人には、お母さんを見える人がいるかも知れないから……」
「そうよね、きっと来ているよね!」
*
何でこんなに嬉しいの?
この少女に母と一緒に来ていると認めてくれたことが、私に自信を与えてくれた。
この少女には私の心が見えるのかな?
それとも私を慰めてくれているの。
どちらでもいいけど、今すぐにでも少女を抱きしめたいくらいに嬉しいっ!
*
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