第41話 皇帝はかく語りき⑦~見届ける事~

 


「……さて、天騎士よ。他に質問はあるか?」


「これは個人的な質問になるが、お前がその正義の名のもとにアルを排斥したいという理由は分かった。ならなぜアルと一緒にいた俺を殺さなかった?」


 俺のそんな質問に、あぁ……と苦笑しながら皇帝が言う。


「王国の国王が天騎士は従順な奴隷と豪語していたのだよ。命令すれば儂の糞ですら笑って食う奴だと言ってお前の排除に反対していたのだ。王国のギルドに所属しているお前は王国にとっての貴重な戦力だと譲らなかったのだよ。今お前がそこにいるのは王国の国王のお陰でもあるのだ」


 何いってんだあのアホ国王、誰がお前の糞なんか食うか馬鹿かよ……と言ったところで当の本人はもうとっくに死んでいるのだが。

 あの国王が人を舐め腐っていたせいで命拾いをしたというのは癪だが、それが原因であの国王は俺に見届けられるに至っている、と。

 国王に感謝する気など全く起きないが、本当に人の人生の選択というのはどこでどう繋がっているかわからないものだな。


「そうか。……で、俺達にそこまでの話を聞かせたんだ、始末でもするつもりか?」


 俺の質問の答えの意味を理解した皇帝が顎鬚を撫でながら笑って答える。


「それもやぶさかではないがな。……余は人ならざる者すべてを焼き尽くす、その一点においては聖教会と意見は一致していたからな。

 ―――聖女の街も、エルフの国も等しく灰燼に帰す。新たなる世のための犠牲だ、これは大義のための礎だ仕方ない。

 余は―――世界を人の世界に造りなおすだけだ。

 そして天騎士よ、ここまでの旅を越えてきたお前に余は興味がある。どうだ、――――余の部下にならんか?世界の半分くらいは貴様に任せても良い」


 それは支配よりも惨い虐殺だ……といっても通じなさそうだ。

 この皇帝は結局、自分の行動が正義だと妄信している。過去の出来事にかこつけて自分の行動は正義だと信じて疑わず、だからこそ虐殺すら善だとはきちがえている。自分の行動が悪だと気づいていない、最もドス黒い邪悪だ。

 この世界の災厄がなぜ生まれたかという事などの世界に纏わる方の原因についてはまだわからないが、なぜアルが命を落としたかについては大よそ分かった。……結局人の愚かさが原因で勇者は殺されたのだ。そしてそんな事をする輩の部下になる理由もない。


「愚問だな。帝国の皇帝よ、俺とお前は恐らく世界で最も対極にいる存在だ」


 俺の即断即決の回答に、残念だと大仰に皇帝は嘆く様子を見せる。この皇帝という男は徹頭徹尾自分の世界の中に生きている。

 自己中心的な考え方の極致ともいうのだろうか?……そこに人間らしい心はたぶんない。


「……黙って聞いていればエルフの森を焼くなんて、そんなことさせるわけないでしょ!!」


 ここまでの話を聞いていたファルティも皇帝に食って掛かっているが、皇帝は全く気にするそぶりもせず鼻で笑っている。


「ほう、ならば余と戦うか?それも良いだろう」


「いいわよやってやろうじゃない、魔神、月皇弓を―――」


 そんなファルティの言葉が途中で中断されたので見てみると、セツちゃんがファルティを眠らせていた。力の抜けたファルティの身体を支えつつセツちゃんの方を見ると、魔神と意味深に視線を交わしていた。


「さむさでねむらせた。魔神、天騎士と神弓をつれてにげて」


「……おやおや、1人でやる気ですか無謀ですよ?」


 セツちゃんと魔神が話しているが、その話の内容からセツちゃんが戦うつもりなのを理解して止める。


「待て、無茶だ。君がかなうようなものじゃない。――――やるなら俺が」


「だめ。天騎士の“それ”はここでつかうべきじゃない。それに―――はなしをきいていてわかった。あれは私たちがうたなければいけないもので、せかいのことわりをゆがめるもの。ここでたたかわなければいけないのはわたしたち。なによりあれをここでしずめないと聖女も皆もあぶない」


「……ほう、どこぞの小娘かと思っていたが貴様、災厄の類か。ならば討ち果たすまでよ!」


 セツちゃんはコツコツと足音を鳴らして皇帝に近づいていくが、一方の皇帝はセツちゃんの言葉から災厄である事に気づいたようで玉座から立ち上がって指を鳴らした。

 その音に呼応するように皇帝の身体が光の球体に覆われ、頭上の船へと吸い込まれるように飛んでいった。どうもそういう転送魔法を仕込んでいたらしい。


「ウオオオオオッ、おまちください陛下!私も連れて行ってくださいいいいいいいいっ」


 ビタンビタンしているロジェはとりあえず放っておき、セツちゃん一人で戦わせるわけにはいかないと動こうとした俺達の身体に黒い影のような何かがまとわりつく。―――魔神の怪しい術か!!


「同じ災厄の誼です、この場は貴女の願いを聞きましょう。ご武運を、そしてさようなら氷雪の女王」


「ありがとう。それじゃ、さようなら魔神」


 振り返りながら寂し気に笑うセツちゃんに手を伸ばそうとした瞬間、俺達は帝国から少し離れた崖の上にいた。


「……セツちゃん?!」


 声をかけるがセツちゃんの姿はない。

 抱えたファルティを地面に寝かせながら目を凝らすと、身体強化をすると見えるぐらいの距離に帝都が視えた。

 ……俺達がさっきまでいた城の最上階が、飛空艇からの砲撃で豪快に吹き飛ばされた。あれじゃあそこにいたロジェの命はないだろう。

 ……だが、その爆炎の中から小柄な何かが空に向かって登っていく。

 上空に鎮座する飛空艇へと、背に氷の結晶のような翼を生やした小柄な体躯、少女が一人飛翔し向かっていっているのだ。


―――あれはセツちゃん……氷雪の女王だ。


「少しルール違反ですが、同じ災厄のたつての頼みなので彼女の願いを優先しました。……さぁ、見届けるのでしょう、天騎士殿?」


 魔神が放った見届ける、という言葉がいつもとは違う重さでのしかかってきた。

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