第42話 皇帝はかく語りき⑧~災厄の少女がみた世界~


 魔神が皆を連れて帝都の外に出てくれたのを見送ってから、頭上に浮かぶ船を睨む。

―――あれに相対するのは氷雪の女王、災厄である私の役目。


「……たくさんのさいやくがたおされた。ここでおまえはおわらせる」


『面白い、やってみるが良い災厄の娘よ。――――主砲、狙え!構わん、謁見の間ごと吹き飛ばせ!!』


「そ、そんなぁ!お待ちください陛下!まだ私が居ます!!飛空艇を完成させたのも私の魔力と天才的な叡智のお陰でしょう?!私を見捨てるのですか!!?」


『見捨てるも何も、みすみす捕まったのはお前の落ち度であろう?

 お前の魔王討伐の戦功に対しては帝国の貴族位として報いた。

 この船の完成への協力の見返りとしてお前を虐げた家のものたちの生殺与奪の自由を与えたな?

 そして勇者パーティの積極的な排除に関しての作戦や指示を自由にさせた。

 公国の王子に、エルフの姫を凌辱して弄ぶことを唆したのもお前だろう?そこまでするとややこしくなると余は制止したが、どうあっても天騎士との恋を踏みにじってやりたいあいつが幸せになるのは許せないと息巻いていたではないか。

 ……その様子だと勇者パーティに対してそのことは黙ったままだったな?知ればあの神弓が姉の仇とお前を赦すはずがないからな。

 教会へも勇者パーティーを壊滅させる必勝の策と嘯いて策を授けたが教会は敗れた。

 そういう自分の手を汚さずに物事を動かそうとするお前の姑息さのツケがその有様なのだろう。死にたくなければ後は自分で何とかするがよい』


「ふ、ふじゃけるなぁぁぁぁぁぁぁっ!!!この俺を使い捨てるつもりか!卑怯者!!この、卑怯な手を使って!俺を助けろぉぉぉぉぉぉぉっ!」


『構わん、撃て』


 大魔導士と皇帝が何か話し込んでいる様子だったので話が終わるまで待っていたが、終わったようなので改めて魔力を籠めて宙を舞う。空飛ぶ船から魔力の粒子が降り注ぐのに対して間一髪で城を飛び出して空を飛んで進む。


「俺は、俺は天才だぁ~~~~~~~~っ!!」


 放火と爆炎に呑まれる刹那の大魔導士の叫びが聞こえたが、私には関係がない事だからそっとしておく。


 それよりも今は、こちらに雨のように砲撃を飛ばしてくるあの船を何とかしなければ。これまでに何人もの災厄が倒されたのも理解できる、飛ぶことのできない災厄では空から一方的に討たれて討滅されるしかないし、空をとべてもあの豪雨のような砲火を潜り抜けなければ攻撃を加えることができない。なんであれ、まともにぶつかればあの火力と機動性に太刀打ちできずにやられてしまうだろう。

 そして厄介なのが、この船の行き先には皆が居るあの街があるという事。聖女が、街の皆が撃たれてしまう。

 だからここで何としてもたおさなければいけないという気持ちになる……けど、それはなぜだろう?


 街の皆の事が思い浮かべる。

 女の子のスカートをめくって泣かせる常習犯のアランを折檻するのは私の役目だったけど、アランはきちんと大人しくしているだろうか?

 今年で5つになる泣き虫ケイトは私にべったりで、いつも甘えてくるので一緒にいる事が多かったけど泣いていないだろうか?またお人形遊びしたいな。

 リュックは私の好きなおかずをこっそりわけてくれたり嫌いなお野菜を内緒で食べてくれる優しい子だった。私の次にお姉さんだったから、今は私の代わりをしてくれているのはリュックだろうか?

 そんな風に街の皆の顔が思い浮かぶたびにそれぞれの記憶が甦る。

 街の皆は今は夜のご飯を食べている時間なのかな?

 また明日と眠って、起きて、またおはようといって当たり前の明日が来る。そんな毎日が嫌いじゃなかった。

 だから皆のそんな毎日がずっとずっと続いていってほしいと思う。


 災厄として顕現したばかりの時は自分があやふやで、何者なのかもよくわかっていなかった。ただ、聖女に手を引かれて連れ帰られ、温かいスープを飲んだことが私の最初の記憶だ。

 そこから少しずつ街の仲間が増えて賑やかになっていく中で、頭の中に聞こえる誰かの声で、だんだんと自分が世界を滅ぼすために産み落とされた災厄なのだと理解できた。

 でも世界を滅ぼすよりも、皆と一緒にいたいと思った。

 理由はわからないけど、何となく、多分、そう、何となく。


 ……あぁ、そうか。私はあの街の皆が大好きなんだ。


 そう理解すると、これから起こる事柄への恐怖もどこかへ飛んでいくような勇気がわいてくる。


 ―――だからきっと、“氷雪の女王”は聖女によって打倒されていたのだ。


 世界を滅ぼす使命よりも、もっと得難く美しいものを与えてもらった。

 沢山の事を考えて伝えたい事も言いたい事もあるけれど、未完成のままこの地に産まれ、災厄に成り切れなかった私ではいつもうまく伝えられなかった。正直な所、人間の言葉は難しい。

 だから私にできる最大限の感謝は行動で示す。……皆のいる毎日を脅かすあれを、自然の摂理を破壊する脅威であるあの船を排除する事。

 天騎士は魔神の剣を使おうとしていたけれど、それを振るうべきは今この場所この時じゃない。……この先に天騎士が相対しないといけないものがあると思うから。

 聖女ちっしょにいた事で、私は世界を滅ぼす事よりもこの世界が続くことを、皆の明日を願う立ち位置に立つようになった。

 だから天騎士は無傷でこの先へ送り出さなければいけない。

 そのためにも、ここは私たちが引き受ける。


『的が小さい、副砲ではなく機銃で狙え!』


 空を飛んで船に近づが、そんな皇帝の声と共に同じ速度と間隔で飛んでくる射撃が容赦なく身体を打ち抜きダメージを受ける。即座に魔力を注ぎ込んで壊れた身体を再生をするが、再生速度よりも受けるダメージの方がわずかに多いため少しずつ削られていく。だけど、止まるわけにはいかない。


 連射される射撃で中々近寄れないが、全ての砲を同時に使う事は出来ない。恐らく都度使用する魔力を送り込んで砲を使っているので船の周囲を旋廻したり急上昇や急降下をおりまぜながら、氷のつぶてを打ち込んでいく。

 船も魔法の障壁を展開しているが、私の魔法は大気中のマナを変換して凍結するので障壁の中を直接攻撃が出来る。ここは純粋に相性だろう。


 やむを得ず側面に回る時には副砲に注意しながら攻撃するが、どうしても回避しきれずに副砲を受けると半身が吹き飛ぶほどのダメージを受けてしまう。しかしこの方の数は減らしておかなければ後で困るので一つでもおおくの副砲を潰す。


 そうして飛び回りながら少しずつ船の砲門を潰していき半分ほどの副砲と、機銃と呼ばれている速い弾を連射してくる砲座を潰し終わるがその間に受けたこちらのダメージと消耗も激しく、既に自分の形を維持する限界まで追い込まれていた。

 ……戦ってみて判ったけれど他の災厄が倒されたのもよくわかる、本当に危険な存在だ。


『怯むな、あの災厄もダメージが回復しきれなくなってきているぞ。拘束弾で固定しろ!』


 拘束弾、という言葉の意味を理解してまずいと思ったときには左腕と右足を鎖付きの銛が貫いていた。何か特殊な魔法が付与されているのか抜けない。そのまま鎖が巻き取られるのに合わせて、ひっぱられるように船の正面に固定された


『よし捕らえたな、主砲で吹き飛ばしてやれ!!』


 船首にあるひときわ大きい砲、主砲が私を狙って魔力を籠めている。街に迫った教会が使っていた大砲よりも魔力の貯まるのが早い。防御できる威力ではない。銛を抜いて逃げる時間もない。あれが当たれば私は間違いなく消える。でも……


―――この瞬間を、待っていたんだ


 主砲が撃たれるのとほぼ同時だったがギリギリ間に合った。

 主砲の中に直接氷塊を発生させると、魔力弾として放出されきっていない“ため込まれた”魔力が主砲の中で氷塊に反応し、結果主砲が爆発した。……ヨシっ!

 教会の持ってきた砲が自壊爆発したときの事をみていたので、この砲にもそれが通じるのではないかと踏んでいたけれど賭けに勝った。

 ……だけど固定されていて逃げれない私もまた、主砲が吹き飛ぶ前に放射された魔力によって焼かれることになったた。

 ……仕方ない。覚悟の上の事だし、この船に挑んだ時点でこうなる事はわかっていた。だからここで討滅されることにも後悔はない。

 再生能力のない神弓があの船に挑んだら死んでしまう。……だからこれで良かったのだ。友達の神弓が死んだら聖女はきっと悲しむから、それはだめ。


 魔力の光の中で身体が溶けていくのを感じながら、最期に浮かんだのはいつも頭を撫でてくれた聖女の掌や、抱きしめてくれる聖女の暖かさだった。……そういえば聖女はいつも“聖女”と呼ぶと寂しそうにしていた。

 皆が聖女を呼ぶように呼んで欲しいと言っていた……そんな事を思い出して、言葉をなぞるようにゆっくりと呟く。


「おかあ、さん……」


 ……なんだか不思議な響きだ、けれど、胸の奥が温かくなる。こんなことなら素直にそう呼んであげればよかったなと思いながら、私は静かに目を閉じた。

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