第37話 皇帝はかく語りき③~下種はどこまでいっても下種~


 俺やファルティの様子に思い当る事があるのか顔を青くしていたロジェだが、気を取り直したように友好的な笑みを浮かべる。


「や、やぁラウルにファルティも、ひ、ひひひひ久しぶりだな。わざわざ変装なんてして会いに来るなんて水臭いじゃないか」


 誤魔化すように愛想笑いを浮かべているが、俺はあくまで表情を殺して問いかける。


「おためごかしは無しだロジェ。教皇が死ぬ前にお前やこの国がアルの謀殺を企んだって吐いたぞ」


「……あの無能野郎」


 そんな俺の言葉に歯噛みした後、観念したのか一転して高笑いをするロジェ。


「クッ……クハハハハハハハハハハッ!そうだ、そうさ!俺があのアルベリクのガキを追い込んだのさ、皇帝に具申してなぁ!!あのガキ掌返しされたらあっさり死にやがって、ざまぁないぜ!!!!」


 思わず殴りたくなるその笑顔だったがここで殴ったら間違いなくワンパンで撲殺してしまうのでグッと堪える。俺の目的はそこじゃない。


「よくそんな事が言えるなお前、何がざまぁないんだよ」


「ハハハハハ!悪いが俺はお前らを仲間だなんて思った事は無い!!それどころか恨みすらある、特にあのアルベリクの野郎にはなぁ……」


 仲間と思った事は無いと言われると正直俺もロジェに対しては同感なのであまり人のことを言えないのが本音だが、こいつの主張する恨みというのが解らなかった。


「恨み?……俺に対してじゃないのか」


「お前にももちろんあるさ、けどあのガキへの恨みはもっと深い」


 ロジェが蛮行や狼藉を働こうとした時に都度止めたのは俺だから恨みを持つなら俺に対してかと思ったが……。こいつとアルとの間に何があったのかまずはロジェの言い分を聞いてやろうと思った。


「あいつは……アルベリクは……クソガキの分際でこの俺の、天才の顔をぶちやがったんだ!!!!!」


「………???!」


 何を言ってるんだ、というか言っていることが理解できずフリーズしてしまった。


「旅の途中で森の中を散策していた時の事だ。……俺は極上のダークエルフを見つけたんだよ……それまでの旅の中でもお目にかかったことがないような、良い女だった。

 森に暮らしているだけで人とも魔族とも戦うつもりはないと言って戦う意志をみせず、抵抗するそぶりをみせなかったから……たまらない美人だったから嬲ろうとしたところに、アルベリクの奴がきやがったんだ!!

 そしてあいつは……俺のこの天才の顔をぶって、女を逃がしやがったんだ!!戦いに関係ない、ましてや無抵抗の相手に酷い事をしてはいけない、ってなぁ!

 あのガキはお楽しみを邪魔しただけじゃない、世界最高の頭脳を持つこの超天才大魔導士のこの俺の美しい顔を傷つけやがったんだ……これは万死に値するだろうがよぉ~?!」


「……何を言ってるんだお前」


 呆れてものが言えなくなりそうだったがかろうじてなんとかそれだけ声を出す。

 ……そんな逆恨みでこいつはアルを裏切ったのか?

 あとロジェ、お前の顔は別にイケメンとかそういう事は特にない。黒髪を真ん中わけにしながら伸ばしていて目の下にもクマがあって、女受けするような整った顔じゃない。

 顔をぶった?そんなくだらない理由でこいつは行動を起こしたのか??くだるとかくだらないは人それぞれの価値観だとは思うけれども……愚かさここに極まれり。

 というかつくづくこいつが勇者パーティに選ばれたことがおかしい、女神は何を考えてこんなゴミ野郎を選んだんだよ……やっぱり能力かな……。


「そもそも俺は勇者パーティの中での扱いが気に入らなかったんだ!俺が女子供を嬲って楽しもうとしたら毎回毎回止めやがってよぉ!!」


「そりゃ止めるだろ、人として、道徳的に」


「五月蠅い黙れこのボケカスが!!力がある人間が弱い奴から奪って何が悪いんだよ!!この帝国はそういう国だ!おれはそうして生きて生まれ育ったんだ!!没落し家で蔑まれて、王国に逃れて!そこで女神のお告げを受けて世界最高の大魔導士としての力を得たんだ!だから俺は俺を馬鹿にしてきた奴らをみかえすんだ!取られてきた以上に取り立てて何が悪い!!」


「そういう事がしたいならおまえを蔑んできたやつらにやれ、無関係の人間に手をだした時点でお前に正当性はない」


「黙れーっ!取り立てるのは弱い奴からリスクなくやるのが当たり前だろうがよぉ!!

 それに俺の楽しみを邪魔ばかりしやがったお前にも恨みはあるんだぞラウルゥ!!相性不利で俺に勝ち目がないからって毎回毎回バカスカ俺を殴って止めやがってよぉ!!

 ここにはいねえようだがイレーヌも、娼婦あがりのくせに俺がヤらせろって言い寄ったら拒否しやがった挙句に超強化状態でブン殴りやがってよ!どうして俺に好きにやらせねえんだ!!そうだ、―――俺は悪くねえ!!」


 いやお前が悪いだろ、どうみても。大体全部お前の身から出た錆で、あとイレーヌにだって選ぶ権利はあるよ。お前が勇者パーティの中で腫れ物みたいな扱いされてたのはお前が問題行動ばかり起こすからと、その全部他人が悪いって開き直る精神性だからだよ。

 何言っても反省とか懲りるとかしないから俺がお目付け役みたいにお前を見張ってたんだからな。……けど結局、こいつの能力惜しさに粛清しなかった俺達の落ち度はある。こいつを粛清してしまったら魔王との決戦では勝てなかったのもまた事実。本当に、この世界はままならなくできている。


「あぁ、そうか。そうだな。おまえはそういうやつだもんな。魔法の技術と魔力量以外人間として終わってる奴だったもんな」


「人をクズみたいにいうんじゃねぇよ寝取られ野郎!幼馴染を寝取られた挙句に自分でぶっ殺した人殺しのお前に、俺をどうこう言う権利はねえ!それよりも自分の女を手にかけたお前の方が呪われた魂だろうがよ!!」


 ……呪われた魂、か。それは確かにお前の言う通りかもしれない。ジャニスの事は俺の落ち度だ。


「それによぉ、この帝国に来て色々と調べてわかったが、お前もアルベリクの被害者なんだぜェ~ッ?

 ……魔王は最初、アルベリクの幼馴染を攫って堕落させるつもりだった。けど幼馴染がアルベリクを裏切って他の男とよろしくやっていたから魔王は後顧の憂いになるようにあえて手を出さなかったのさ!そして勇者に最も近い“親友”のお前と恋仲だったジャニスを攫って堕落させたんだよ!―――帝国の諜報部は優秀だぜぇ、不介入のスタンスをとりながら世界の情勢についてよく調べてた。……どうだ、わかったか?俺もお前もアルベリクという勇者の被害者なんだよ!!!勇者アルベリクと関わったがゆえにお前とお前の大事な幼馴染の人生は狂わされたのさハハハハハハハ!」


「あんたって本当に最低のクズだわ!」


 ロジェの態度と身勝手極まりない主張にファルティがゴミを見る目でドン引きしているが、感情的にロジェに手を出してないだけ成長を感じる。

 ……なぜジャニスが、という事についての疑問はあった。だからロジェの言う言葉を嘘だと即座に否定する事が出来ない。だが、それでも。


「……それでも、俺は起きた事を“誰かの所為”になんてしない。

 落ち度というならジャニスなら大丈夫だと信頼して――――信頼という言葉で誤魔化して放任した俺にある。勇者パーティに近い人間だから気を付けてくれとか、安全なところにいてくれと頼むことだってできた。でもそこまで頭が回らなかった俺に責任がある。だからジャニスの事も、ジャニスからの怨嗟と恨みもすべて俺が受けるべきものだ」


「ケッ、おーおー天騎士殿は真面目な事で。……じゃあまぁ、――――死んでくれよな」


 ロジェが不敵な笑みを浮かべるや否や、ロジェの周囲に魔法の防壁が発生する。俺の障壁と似ているがロジェの魔法防壁は使用中はロジェの魔力を消費し続けて発生するものだ。詠唱している様子はなかったが……?


「ハハハッ、この屋敷そのものに詠唱の刻印を刻んであるから発動までの時間を稼げば俺はこの屋敷の中でなら覚えている呪文を詠唱無く発動できるのさ!!俺が迂闊なマヌケだと思ったか?ここは俺が無敵になる俺の城だからこそ油断してただけだ馬鹿め!!」


 それ結局普通に油断してただけだよな??だが部屋にあるロジェの石像から魔力を感じてセツちゃんを抱えて飛び退くと、俺達が居たところに穴が空いている。魔神もさも当然のように回避しているがこいつは俺より強いから心配はいらないよな。今のは石像の目からビーム……恐らく光魔法を発射したんだろう。


「この部屋には万が一のために仕掛けも用意していたのだ!すべて起動したぞ、そして丸腰のお前達に勝ち目はない!これで俺達の魔法でお前たちは処刑だ!ヒャーッハッハ!やったぁ俺の勝ちだぁ!!」


「ん。じゃあむりょくかする」


 ずっと俺とロジェの話を聞いていたせつちゃんが俺に抱えられたままもぞもぞと手を伸ばすと、魔力の障壁のなかのロジェの胴と足が氷漬けにされて固められる。


「ハーッハハ……はぁぁっ?!なんだこれ、この氷!障壁を貫通して……いや、障壁の中で発生した?魔力が遮断されてる?うおおおおおおおおおっ!?起動した仕掛けへの魔力が断たれるぅっ???!」


「天騎士、はなしのつづきしていいよ」


「……まだこいつと話す事あるかなぁ。ともかくありがとうセツちゃん」


 あまりにも情けなく捕縛されたロジェに、ゲスはなにをやっても上手くいかないもんなんだなとため息をついた。


 

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