第38話 皇帝はかく語りき④~帝国の真実~


「く、くそっ……お前、まさかこの俺を殺すのか?!世界最高の叡智人類の宝ともいうべきこの俺を!俺は天才ロジェだぞ!?」


「私は今すぐアンタの息の根を止めてしまった方がいいと思うけどね。……ラウルは違うんでしょ」


 怯えた様子のロジェだが、ファルティの言葉に俺に殺されないという光明を見出したのか縋るような目で視てくる。やめろ、別にお前を助けるという訳じゃない。


「……まぁな。ロジェ自身がどうしようもない奴なのはわかっていたことだし、理由や切欠のしょうもなさは予想外だけど、さもありなんと言ったところだしな。

 ……それよりも俺はこいつの後ろにいる奴の方が気になってる」


 ロジェの身勝手極まりない主張は概ね予想の範疇だ。

 どちらかというと俺はその後ろで事態を動かしていたこの国の皇帝の方が気になる。そもそも皇帝が勇者と浅からぬ縁があるというのならロジェのこのカスみたいな主張はさておいても皇帝の目的とロジェの目的は一致しているのだ。そう考えると、恐らく……多分ロジェ本人はそれを理解していない、いや知らされていないのかもしれないが。


「ロジェ、俺はこの国の皇帝に用がある。取り告げれるか?」


「あ、ああ!任せろ勿論だ!!何せ俺は陛下の腹心中の腹心、右腕兼左腕と言っても過言ではないほどの存在だ!!だ、だからそんな重要な存在である俺に酷い事をしようとするなよ?旅の仲間なんだし」


 ……もはや語るまい。ロジェが部屋にある水晶球で皇帝に直接連絡が取れるというので襟首掴んで水晶球の前に連れていくと、水晶球に向かって話しかけ始めた。水晶球は通信する魔道具か何かのようだ。


「陛下!私です、天才大魔導士ロジェでございます!!火急の用につき陛下にお目通りする許可を!!」


「―――よかろう。そこにいる者達、皆をつれて城に来るが良い」


 ……そこにいる者達?成程、俺達がここにいるのも皇帝はお見通しという訳か。となるとやはり、俺達が此処にきたのを知らされていない時点でロジェは用済みの駒という事かな……つくづく哀れな男だ。もしかしたら俺達を皇帝の前に連れていけば皇帝が俺達をどうにかしてくれるとでも思っているのかもしれないけど多分そうはならんよ、ロジェ。


 ロジェを連れて屋敷を後にし、馬車で皇帝の住む城に向かう途中その街並みの見事さに素直に感心したりした。夕暮れの街並みには魔力を使った街灯や、電球のような設備で家や街路が明るく照らされている。これは王国など他の国やイレーヌの街では見られないもので、この国の技術力が他国よりも進んでいるのを感じさせるものだ。……まぁあんな大砲造るだけの国だしな。

 皇帝の居城についたところで大司教を仕舞ってもらうとロジェが怯えたような顔で魔神を見ていた。お前は見届け対象だから仕舞わないから安心するといいぞ。

 それから皆で兵士が先導する形でされて謁見の間に案内されたのでロジェの襟首掴んで引きずりながら移動する。


 そうして皇帝の謁見の間に通されると、そこには衛兵の姿はなく剣で飾られた玉座に屈強な肉体の男が一人座っていた。年のころは30代半ばごろだろうか?

 黄金の王冠に金の長髪、鼻の下から顎まで蓄えられた髭は丁寧に整えられていていて不潔さを感じさせない。玉座への座り方ひとつとっても教皇のような品の無さはなく、背を伸ばし身動ぎしない所作一つ一つに気品と風格を纏いその全身から王者の覇気を感じさせる……間違いない、こいつが“皇帝”だ。


「衛兵も無しとは、随分と不用心じゃないのか?それとも自信があるのか無謀なのか」


「フッ、この場に兵など無粋。天騎士ラウルとその一行よ、ここまでの旅大義であった。―――余が皇帝バハスⅦ世である」


「へぇいかぁぁぁぁぁぁぁっ!お、お助け下さい!」


 思わず掴んでいたロジェの襟首を放すと、地面をローリングしながらぴょんぴょんとのたうって皇帝に救いを求めるロジェ。だがそんなロジェの姿を見て皇帝はため息を零す。


「ロジェよ、余は言ったはずだぞ?自らの行いの責は自らで背負わねばならんと。それがお前の行動の結果だというのであれば自分でなんとかするのだ」


「そんなぁ~っ!!陛下!陛下~っ!!」


 惨めに泣いて縋るロジェを皇帝は観ようともしない。哀れすぎるけど同情する気は起きない。


「―――さて、話の続きだ天騎士よ。ここまではるばると来たのだ。知りたい事は全て教えてやろう。何から知りたい?」


 一方の皇帝は余裕綽々、というよりも自信と強い意志を感じさせる瞳で俺を見据えながら俺に質問を促してくる。


「……なぜアルを殺した」


「フッ、まず初めに友の事か。『天騎士』というのはそういう者が選ばれるのかもしれんなぁ」


 どこか寂し気にそんな事を言いながら皇帝は語り始めた。


「世界に大いなる災厄が目覚める時、女神はそれを討つことができる力を選ばれた者に与える……そしてその中でも特筆すべきは勇者の聖剣だ。天騎士の守護の力も、神弓の矢も、大魔導士の魔法も、結局は聖剣相手では束になっても敵わない。

 世界に存在するあらゆる敵を討ち果たす最強の力、――――比類なき暴力装置。

 それがいつ人類に向けられるかわからない以上、そんなものを世に残しておくわけにはいかない。あらゆる手をうってでも勇者だけは絶対に排除しなければならないのだ」


「―――それはお前がアルを知らないからだ。たとえ持つ力が強大であっても、それを人に振り下ろすような奴じゃなかった」


 だが俺の言葉に、皇帝は何故か悲しそうな表情を浮かべて首を振る。


「……それはお前と勇者の間に友情があったからこその贔屓目ではないのか?

 この世界に絶対という言葉は無い。

 何が原因で人間は歪み、変節するかわからんのだ。お前自身、魔王を討つ旅の中でそういった事にあったことがないわけでは無かろう?」


 皇帝が誰の事を言っているかは無くてもわかる……俺がこの手でとどめをさした、俺の幼馴染の事だ。あとそこで芋虫みたいにはいずりながら喚いているロジェも、最初はこんなんだったわけではないのかもしれない。


「それは知っている。それでも―――何の関係もない帝国が横から出てきてアルの命を奪っていいわけがないだろう!」


 俺の言葉に、溜息と共にどこか遠くの、いやはるか彼方の記憶を思い出すようにしながら皇帝が静かに言った。


「関係ないどころかこの国こそ最も関係があるのだ、当代の天騎士よ。

 勇者が起こした悲劇が故に秘されてはいるが、この帝国は大よそ1,000年前に起きた災厄をめぐる戦いの“その後”を生き残った―――先代の天騎士が造った国なのだ。

 そして皇帝はその時の事を忘れぬよう、当時の大魔導士が最期に遺した秘術で、代々惨劇の記憶を受け継いできているのだよ」


 

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