第36話 皇帝はかく語りき②~クズとの再会~


 帝国領に入った後、俺達の身なりで帝都に入るのは悪目立ちしすぎる考えて帝都の近くにある商業都市で身なりを整え馬車を購入してから入城することにした。

 魔神にも角を隠せるかと聞いてみたら見えなくすることができるというので商業都市に入る時から角を隠しておいてもらい、ファルティは以前の旅の中で耳を人と同じ耳に化けさせる魔法を取得していたのを覚えていたのでそれを使って貰い見た目を誤魔化してもらう。


 金貨に関しては魔王の討伐報酬としてもらったものが殆ど手を付けずに残っていたのがあるので困らず、見栄えを良くして見た目で不審がられるリスクを減らせるのであればと事商業都市の中でもそれなりに値の張る店で皆の服を買い揃えていく。

 ついでに大司教君を取り出して一旦両足の傷を癒し御者の服も買い与えて、無くなった腕に関しても以前の旅で手に入れたポーションの残りで腕も再生してやった。


「大司教のこの私に御者をしろというのか……!?」


 捕らわれていた中で色々な事を考えていたのか随分とやつれた様子だが、逃げても魔神の空間に捕縛されるのを理解してか大人しい。しかし馬車の御者をさせられることについては不満げだった。


「不満ならもう一回腕切り落としてその両足折るけど」


「誠心誠意努めさせていただきます!!!!!」


 半泣きになりながら言う大司教。よしよし、物わかりが良いのは大人の美徳だよね、それは良い事だ。この大司教も顔は良い方なので金持ちの御者という配役には違和感がないはず。馬に関しても毛並みの良い美しい馬を買い、馬車も装飾の付いたいかにも小金持ちといったものをチョイスする。


「フフフ、どうですか天騎士殿」


「……馬子にも衣装、いや魔神にもドレスか。似合ってるよ」


 貴婦人が着るような胸元の開いた豪奢なドレス。道行く男が目を奪われるが魔神の元々の美貌とあわさってどこかの国の姫と言われても違和感はないだろう。


「はぁ……ドレスって嫌いなのよね、なんかスースーするもの」


 ズボンばかりはいてる女子がスカートをはいたときのようなリアクションをみせるファルティに苦笑するが、薄緑色のドレスと結いあげた髪に宝石付きの髪飾りをつけている姿はどこぞの令嬢にしかみえない。……いや王女なんだからそれはそうなんだが。あとセツちゃんが迷子になったりどこかにいかないようにその手をしっかりと握っているところが面倒見が良いファルティらしい。

 セツちゃんも、元々の色白さに合わせて少女向けのドレスを着ていると……前世で見たことがある仏蘭西人形のようで浮世離れした美しさがある。


「あんたもそうやってるとどこかの王子さまみたいじゃない」


「ありがとう、それなら安心だな」


 ファルティの言葉にそう返すが、俺自身も服を着替えて、髪を香油で後ろに撫で上げている。変装というほど立派なものではないが、少なくとも旅の4人連れよりも小金持ちの集団といった具合にはなっていることだろう。

 ロジェや皇帝にスムーズに面会するためのひと手間、一応それなりに仕上がったのではないだろうか?……特にロジェに関しては銭ゲバのゴミカス野郎なのでこうやって金を匂わせていた方が近づきやすいしな。


 そんな準備のお陰か、帝都に入るための門もスムーズに通過できた。

 帝都には観光と買い物にきたのだよ妻にねだられてね、と言えば兵士たちに怪しまれることもなかった。

 俺は小金持ちの跡取りらしく余裕たっぷりの態度をとりつつ、子供達は妻の連れ子でねと笑って兵士を労い、ついでにチップに金貨を数枚渡してやれば笑顔で通してくれた。……こんなにあっさりお金で事が運ぶとは、単純なものだ。


「……じゃあ大司教、ロジェの所まで頼むよ」


 大司教に指示を出すと、ロジェの家まで馬車を向かわせてくれた。俺達はロジェの家を知らないので、大司教がいて助かった。……そうして向かった先には周囲を塀で囲まれた豪華で巨大な邸宅があり、王侯貴族の屋敷といってもおかしくないような建物だった。その入り口には兵士もいて門の両脇には天を指すロジェの銅像がたっており、門の前には笑顔を浮かべたロジェの顔を模したであろうステンドグラスがある。……悪趣味な自己顕示欲とセンスが迷子になっている、これは酷い。


「……ここがロジェ殿の屋敷だ」


 大司教……そう言えばいまだに名前を聞いてなかったけど、まぁ聞くほどでもないしいいかと気をとりなおして馬車を進めてもらう。当然、門の前で2人の兵士に呼び止められるが、にっこりと笑いながら話しかける。


「私は帝都に新婚旅行で来たのですがね、まだ跡を継いだばかりですがクルーゼ商会というものを経営しています。妻や娘たちが是非一度英雄様にお会いしたいというものですから……そうそう、これを兵士の方達に」


 そう言って金貨袋から鷲掴みにした金貨をとりだして兵士たちの手に握らせると、兵士の一人が目を丸くしてから目の色を変えて媚びるような表情になる。


「え、えへへぇっ!こんなにいただいてしまっていいのですか?クルーゼ商会様ですか!申し訳ありません、存じあげず……」


「ははは、それは私どもの努力不足ですね。今後はこれを機に英雄様とよしみを結んで一層売り上げを伸ばしていかなければいけませんね。そうそう。突然の訪問で無理を言うのですから、その分お礼はさせていただきますと……英雄様にもお伝えいただけないでしょうか。まずはこれを英雄様にお渡しください」


 そういって金貨の詰まった革袋を兵士に持たせると、一人が慌てて屋敷にかけていく。適当におもいつきでいっただけだからクルーゼ商会なんてあるわけないから知らなくて当然だよ……。


「す、すぐに伝えて参りますのでどうかお待ちくださいませ、クルーゼ様方」


 残った方の兵士が降って湧いた臨時収入に喜びを隠さないまま遜って言ってくる。チョロい、……いや、帝国は災厄を退けていると聞くし安全な場所という慢心故に危機意識はこんなものなのかもしれない。

 それから戻ってきた兵士がゴマすり笑顔で先導するのに従い、だだっ広い庭を抜けて邸宅の前へとたどり着く。

 全員で馬車を降りると兵士の視線は魔神のはちきれんばかりの胸元に注がれているが、主がロジェなら兵士も兵士かと思わず苦笑してしまいたくなるのをグッと堪える。まだだ……まだ笑うな。


 そうすると屋敷の門が開かれ、屋敷の中に迎え入れられると侍女服を着た見目麗しい美女たちによってロジェの応接室へと通される。年若い美女や美少女ばかりなのは完璧にロジェの欲望だなこれ。


「旦那様はすぐに参ります、こちらでお待ちくださいませ」


 そういって侍女に通された執務室はロジェの(相当美化された)肖像画や、腰に手を当てたポーズをしている全裸のロジェの石像があった。……とても残念なセンスである。ほどなくしてノックの音の後にロジェが部屋に入ってきた。


「お待たせしましたクルーゼ殿。あれほどの金貨を頂いては無碍に断れませんよハハハ。……いやはや、突然の訪問で驚きましたが、予め使いを出していただければおもてなしの準備をさせていただきましたものを……おほっ♡」


 部屋に入ってきたロジェの言葉の最後は好色な溜息で締めくくられている。

 部屋の入り口に一番近い位置に座っているのが魔神で、魔神の胸元をみて下品な声を上げているのだろう。……反応があまりにもロジェすぎて一周回って可哀想になる。


「お会いできて光栄ですわ、大魔導士様」


「これはこれはお美しい……いやいやクルーゼ殿は貴女のような伴侶をもって幸せでしょうなぁ……むほほっ♡」


 欲望の声がダダ漏れになっているぞロジェ。そんなロジェは笑顔でセツちゃんをみて微笑みつつ舌なめずりをし、ファルティをみて首を傾げて見せる。そしてにこやかに笑う俺と目が会った後、しばし呆然とした後でその場で腰を抜かした。さすがに俺の顔には気づいたか……というかお前が無防備すぎる。


「……よう、ロジェ。会いに来てやったぜ」


「ラ、ラララララララ、ララララウルゥゥゥゥゥッ?!」


 鼻水を垂らし、ガクガクと震えながら尻で後ずさりをする。お前そう言う所本当にだめだ。君は実に馬鹿だな。

 その間にファルティがすかさず部屋の入り口に回り、ロジェの退路を断っていた。さすがファルティ、判断が早い。


「ファ、ファファファルティ?!あいぇぇっ、なんで?ファルティがなんでここに?」


「その理由はアンタがいちばんよくわかってるんじゃないの?」


 ファルティの言葉にヒィッ、と悲鳴を上げるロジェ。俺はロジェの近くまで歩いてから、腰を落としてロジェの目を見ながらゆっくりと言い聞かせる。


「―――随分と間の抜けた再会になったが、勇者パーティの同窓会といこうじゃないか」

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