4章 帝都炎上

第35話 皇帝はかく語りき①~いざ、帝都へ~


 イレーヌの街を後にして歩き続け、帝国の領土との国境が目前のところまできた。今日は野営して休むことにして、明日に日が昇ってから歩いても十分帝国領に入れるだろう。

 魔神に頼んで仕舞っておいてもらった大司教を引っ張り出すと、芋虫のようにじたばたとのたうちまわる。……両腕が無くて両足が折れたままだからそりゃそうか・


「うぉぉぉっ、お前達、この私に!大司教のこの私にこんな扱いをしてただで済むと思っているのか!俺は大司教だ―――大司教エン……んグッ」


「うるさいだまってたべろ」


 じたばたしながら喚き散らす大司教の口に、とけてぐちゃぐちゃになった穀物の雑炊モドキをねじ込んでいくセツちゃん。直火でグツグツに温めたのでジュウジュウと音と共に湯気をたてるのでさぞや熱かろう……飢えて死ぬよりはマシだと思ってもらおうかね。


「おぼぉぉぉぉぉぉぉっ熱いっ!?せめて冷ましてから口にいれどぅえェェェェェッぎゃぼぉーっ!!」


「天騎士こいつうるさい」


 セツちゃんが半目で俺をみてくるので、代わろうかと声をかけるとふるふると首を振ってまた大司教君の口に煮立った雑炊モドキを押し込む。

 セツちゃんは旅の間もあれやこれやと大人の手伝いをしようとする。イレーヌの教育の賜物なのだろうけど、言われなければ災厄だとは思わない良い子だった。

 今も、魔神が異空間に放置していた大司教がそろそろ飢え死にしそうですというので栄養をとらせようとしたらすすんでやってくれた。

 教会所属の大司教に対して思う所はあっても、情報源に捕らえていると説明すれば理解をしてくれたので聞き分けのできる賢い子だ。

 そんな大司教は口の中を大層ひどく焼けどしたようで半泣きになっているが、お前たちが蹂躙した村の人達の事を考えたら相当に有情だと思う。


「ヒーッ、ヒーッ、ヒーッ、くしょぉ……わらしはなりひゃはって、わらしをふぇふぁふぇふぉふぉふぉみふはしたやひゅらをみふぁへひへひゃるんひゃ……」


 うわごとのように何かを呟いているが、妾の子と見下した奴らをみかえしてやると言っているのだろうか?……ということはこいつもとはそれなりの家柄の生れなのか。その視線は帝国がある方角を見ている。


「大司教、お前もしかして帝国の産まれだったりするのか?」


 そう聞くと、大司教は俺に視線を向けた後、少し迷ったそぶりをしたが頷いた。


「わらひはふぇふぃふぉんふぉ――――」


 やけどした口でハフハフ喋られても聞き取りにくいので薬液をぶっかけてやると口の中のやけどが治ったようで普通にしゃべれるようになった。


「やけどが治った?……くそっ、礼は言わんぞ。

 私は帝国の……貴族の家に生まれたのだ、妾の事してな。帝国が徹底した貴族主義なのはお前たちも聞いたことはあるだろうが、妾の子の私はずっと馬鹿にされ続けた挙句にまだ子供の頃に聖教会に放り込まれたのだ。……篤信派の中で汚れ仕事をしながら猊下に目をかけられ、やっと大司教になったのに、こんな、こんな――――クソッ」


「あぁ、その教皇死んだぞ。っていうか聖教会自体が壊滅した」


 そう言えばこいつは仕舞ったままでそのあたりを知らなかったなと思ったので言ってやると、言われたような事を信じられないと目を点にしていた。なので教皇の主力を壊滅したときの事をわかりやすく説明すると、呆然とした後は子供のように体を丸めて泣きはじめた。


「嘘だ、嘘だ、あんまりだっ!やっとここまできたのに!やっと俺を馬鹿にした奴らを見返してやれると思ったのに!ウォォォォォォォォッ!!」


「なんだお前、帝国から与えられた武器であんなに勝ち誇ってなかったじゃないか」


「五月蠅い、だまれ!お前に私の何が解る!!いやお前にはわからないでしょうねぇ!!

 ……帝国の名門貴族に産まれたのに妾の子と棄てられた私の孤独は貴様のような英雄にはわからんさ!

 帝国は生まれがすべて、普通に生きていては成り上がること等許されない。家の格によってすべてが決まり、搾取する側か、される側かが決められるのだ!!

 同じように帝国に産まれて辛酸をなめた……没落貴族のロジェ殿だけだ、私に共感をして―――成り上がる事に同調をしてくれたのはッ……!帝国の“力”を手に入れる事に理解を示してくれたのは……!!

 貴様ら等全員、ロジェ殿に復讐されればよいのだ!」


 なんだそりゃ、ロジェが復讐?……俺達がロジェを粛清するならまだしもロジェが俺達に何の恨みが……あぁ、いや逆恨みならいっぱいしてそうだなぁ。ロジェが下種行為するたびにブチのめして止めてたしな……。


「くそっ、くそっ、教会もなくなった、本当に私は何もなくなってしまった!……どうしてこうなったのだ」


「どうしたもこうしたもない、それに被害者面するんじゃないこの大馬鹿野郎。お前の生れや育ちがなんだって略奪行為や非戦闘員を虐殺していいわけないだろ」


「何を言うか!私は!奪われ続けて育ったのだ!だから人から奪って何が悪い!!」


 聞くに堪えない開き直りに、逆に笑ってしまいそうになる。


「同じように奪われ続けた人生でも、聖女は……イレーヌ(あいつ)は人から奪おうだなんて考えなかったぞ?自分が苦しい思いをした分人がその辛さを受けないように行動した。お前ならイレーヌがどんな人生歩んできたかある程度はしってるんだろ?」


 詰問するように言うと大司教は口をつぐんだ。そこには思う所はあるらしく、そう思えるだけ教皇よりはほんの少しだけマシなのかもしれない……それでも大量虐殺をした下種なのでどこかで落とし前はつける事にはなるんだろうけど。


「……お前はまた魔神の空間に仕舞わせてもらう。また色々と話を聞かせてもらう事があるかもしれないしな。暫くは闇の中で自分の身の振り方と落とし前を考える事だな」


 俺がそういうと魔神が大司教の襟首を掴んでまたズムズムと闇の中に嫌だと泣き叫ぶ大司教を仕舞った。

 

「いやぁ、帝国も中々に終わってそうですね天騎士殿、ハッハッハ!」


 魔神だけは愉快そうに笑っていた。……こいつはどこにいっても楽しいんだろうけど。


「王国といい公国といい帝国と言い、人間の国ってなんでそんな歪なのかしらね」


 様子を傍観していたファルティが呆れたように言うが、本当にそうだなと俺もため息を零すしかない。どの国も、人間も……この世界そのものが終わってるなと思いながら、俺はゆっくりと眠りについた。

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