第33話 歪んだ教義と聖女の信義⑩~聖女に別れを告げて~


 戦闘終了後に魔法を解除したシレーヌは萎むように元の身体に戻ったが、そのままばったりと倒れてしまった。


「主に全身が痛いですわ……」


 それはそうだろう、仕方ないね……純粋な戦闘のダメージもあっただろうから喋れて意識があるだけ御の字じゃないかと思う。尚ここから数日後に筋肉痛も襲ってくるのでイレーヌは当分身動きできないんじゃないだろうか。

 セツちゃんが心配そうにイレーヌをさすり、銃砲隊の人達もおろおろしていたので、大丈夫とセツちゃんの頭を撫でてからイレーヌを背負う。


「ずっと撃ちっぱなしで魔力もカラッカラよ。……疲れたわ」


「ファルティもご苦労様、……片付いたし街に帰ろう」


 魔神はというと、顎を触りながら吹き飛ばされた教会の跡地をみて愉快そうに笑っていた。


「人間というものはどうしようもなく愚かですねぇ……ですが面白い見世物でした」


「そうかい。……お前が満足したならそれでいいさ。行くぞ」


 そうして街に帰った後、ダメージと筋肉痛と疲労で当面動けなくなったイレーヌは皆に心配されて連日お見舞いにきた子供の人だかりでわやくちゃになっていた。寝込んでいる人間の周りで騒がしくするのは……と思うがイレーヌなので子供たちがお見舞いに来てくれることで鼻の下を伸ばして見せられない顔をして喜んでいるからそれはそれでいいのかもしれない。


 教会の勢力も先の戦闘でほぼ大半が焼失したことで、教会そのものが機能不全を起こしてしまっているようだ。本拠地に残っていた篤信派も、統率のできなくなった生き残りの傭兵たちに略奪をされて酷い有様だ。宗教としてだけではなく組織としても、もう教会は終わりだろう。……今はそんな魔神の話を、イレーヌの部屋でファルティ、イレーヌ、セツちゃんと聞いている。寝台の上で上半身を起こしたいれーぬに寄り添ってすうすうと寝息を立てているセツちゃんとは、仲睦まじい親子にしか見えない。


「……宗教なんてそんなものですわ。個人単位での信仰を否定するつもりはありませんし、その上層部になるほど、腐っていくもの。……それはどんな組織であっても同じことですけれど」


 どこか疲れた様なイレーヌの言葉に、俺も静かに頷く。そう言う事には俺も前世で散々におぼえがある。


「組織なんてそんなもんだろ。……まぁこれでこの街を脅かす脅威もなくなったし、戦利品の銃砲も手に入ってこの街の守りが崩される事は無いだろう。一応、この街を発つ前には障壁を街に展開していくよ。この街の場合だと人の出入りが必要だから出入り口に城門部分は空けておくからエルフの森のように完全閉鎖にはならないけど、無いよりは良いと思うぞ」


 努めて明るく言うが、そんな俺の言葉に静かに目を伏せるイレーヌ。


「そう、やはり行くんですのね。……いえ、私の所為で長いこと足止めをさせて申し訳ありませんでした」


 そういって頭を下げるイレーヌを手で制する。


「やめろ、俺が好きでやった事だ。お前の安全を確保しておかないと俺達も目覚めが悪い……それにここはいろんな種族の子供たちがいて、皆が仲良く暮らしている良い場所だな。……お前の言っていた子供の未来の可能性、ってのには考えさせられたよ」


 この終末の世界の中でも、ほんの少しだけ希望というものはあるのだというのは乾ききっていた俺の心に響いたのもまた事実だ。ここにきて良かったと思う。


「……俺はロジェに会いに行く。帝国にも真意を問いたださなきゃな」


 そう言う俺をじっとみていたあと、ため息とともに頷いてイレーヌが言葉を返してきた。


「止める事なんてできませんわね……どうか、お気をつけて。ファルティ、魔神さん。ラウルを宜しくお願いいたします」


「……大丈夫、こいつは私がちゃんとみてるわ。アンタは早く身体を治すことね」


「勿論ですよ聖女殿。天騎士殿が死んでしまっては私の楽しみがなくなってしまいますからね」


 ファルティと魔神がそれぞれに返事をしていた。その日は迫る別れを惜しむように、在りし日のアルの事や旅の思い出話に花を開かせながら夜遅くまで話し込んだ。


―――その翌日、街の出入り口で俺達はイレーヌ達と別れを告げていた。

 別に見送りは良いと言ったが。杖をつきながらここまで見送りに来てくれたのだ。


「それでは皆さん、お気をつけて」


「えぇ、帰り道にはまた寄るから早く元気になんなさいよね」


「聖女殿もお達者で」


 ファルティと魔神がそれぞれにイレーヌに別れを告げた後に俺もイレーヌをみて、別れを告げる。


「あぁ。……それじゃな、イレーヌ。元気で暮らせよ」


 イレーヌとはこれが今生の別れになるという確信があったのだが、俺の言葉に何かを察したのかイレーヌの顔が曇る。


「ラウル……」


 何かを言おうとしたイレーヌの言葉を、その場に空から降ってきた闖入者が遮った。


「氷雪の女王もついていく。ていこくはとてもきけん」


「セツ?!」


 イレーヌが驚いた表情をしているが、そんなイレーヌのもとに駆け寄っていつももっていた人形を渡すセツちゃん。


「ん。これを氷雪の女王だとおもってもっていて」


 渡された人形を受け取りながらも、どうして貴女がと困惑するイレーヌ。


「あのすごいぶきはひとつじゃない。ひとつしかないならわたさない。帝国はとてもきけん!だから氷雪の女王がやっつける」


 あの大砲が一つではないということは確信していた事だ。帝国がわざわざ教会に供与したというのであればあれは量産したうちのひとつか、もしくは……失敗作か。ひとつしかなければわざわざ供与などしないからな。


「……だめだ、子供をわざわざ危ない場所には連れていけない」


「こどもちがう、私は氷雪の女王。せかいをほろぼす災厄」


 そう言って俺を見上げてくるセツちゃんの瞳は、飲み込まれそうな程澄んでいて言葉を返せなかった。


「だめです、貴女はまだ子供。……それなら私が強化をし続けて私が一緒に旅に――――」


「やめろ、そんな事したらお前が死ぬ。イレーヌはここで安静にしていろ。……セツちゃん、帝国の事は俺達に任せてくれないかな?」


 セツちゃんと目線を合わせて優しく言うが、ゆっくりと首を振る。


「みんなもいっていたから、帝国はほうっておけないって。大地の巨人も、猛火の戦士もやられて―――このあいだ暴風の踊り子も、やられたって。

 それに聖女はここにいないとだめみんなおかしくなってしまう。だから氷雪の女王がかわりにいく。わたしはみんなのおねえさんだからみんなをまもる」


 強い意志の瞳とともにそう語るセツちゃん。言っていることの意味はわからない所があるが、それでもなにか譲れないものがあるのを感じる。俺が返す言葉を失っているのを確認したセツちゃんが今度はイレーヌの方を見てつづけた。


「聖女、これは私がじぶんできめたこと。だからいく」


 譲る気のないセツちゃんの様子に、イレーヌは少しだけ寂しそうにしながら、優しくほほ笑む。


「……わかりました」


 そう言って杖をつきながらセツちゃんの前に来て、膝をついてゆっくりとその身体を抱きしめるイレーヌ。


「でも、無茶はしないで。……ここがあなたの帰ってくる家なのだから。必ず帰ってくるのよ?」


「……わかった。かえってくる、やくそくする」


 そういってイレーヌの身体を抱きかえすセツちゃん。……この子を死なせるわけにはいけないな。母娘の別れを見守った後、イレーヌの街を後にした。

 魔神が無自覚にセツちゃんをおちょくるような事を言ってはセツちゃんがムキになって、ファルティが仲裁してと旅の道中も随分と賑やかになった。ただ、そんな旅の終わりももうすぐそこだ。


 見上げれば相変わらずの曇天の空、そしてねっとりまとわりつく空気は旅の始まりの時よりもひどくなっているように感じる。

 ……帝国、か。ここまでの出来事の裏には必ず帝国が絡んでいた。吐いてもらうぞ、その真意。その上で――――行動の落とし前を、見届けさせてもらうぞ。


 腰に下げた魔剣の柄を手で触れながら、俺は目指す帝国の在る方を睨んだ。

―――――――――――――――――――――――――――――――――

三章・了 

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