第32話 歪んだ教義と聖女の信義⑨~教会の終焉~



 障壁の内側には破壊された大砲からあふれた魔力が充満している。内側からの圧で破壊されそうになるたびに瘴気が障壁のヒビを補修しているので天剣だけで防ぐことは不可能だっただろう。……帝国はなんてものを作ったんだ。

 障壁の内側の魔力が落ち着くまでの間、平野にいる兵士たちの掃討をし続けて体内時計の感覚で1時間ぐらいはたっただろうか?ようやく障壁の中の魔力が霧散し中の様子が見えるようになった。


「すげぇ、地表が抉れてる」


 障壁で遮断した半円よりも深く大地が深く抉れていて、その表面は硬質状に変形している。自爆した大砲の威力と危険性を雄弁に物語っている。こんなもの地表で撃ったら地形ごと変形するだろう。ファルティの切り札と変わらないほどの威力があるだろう。


「ぞっとする光景ね。こんなの打ち込まれたらイレーヌの街ごと消し飛ばされてるわよ」


 ファルティの言葉に俺も頷くが、セツちゃんがそんな言葉に反応している。


「そんなことにはならない。氷雪の女王はおねえさんだからまちも聖女もみんなもまもる」


「はっはっは、そうか。それは心強いが、なにイレーヌがゴリマッチョになって皆を護るから大丈夫だ。……あぁでもあいつアレを使ったら反動で10日ぐらいは寝込むんだっけか」


「使った時間に比例してあとからダメージが来るっていってたもんね、大人の筋肉痛をもっとキツくしたようなものって言ってたけどよくわからないわ」


 ……うん、そうねファルティにはわからんでしょうね。歳を取ると2,3日たってから襲ってくるんだよ筋肉痛って。しかも酷使した分だけ長引くんだぜ……前世を思い出すなぁ。そんな事を思いながらセツちゃの頭を撫でていると、イレーヌが何かに気づいたのか障壁の方へと歩いていった。もう平野の敵も残っていないのだが……?障壁の前で何かに気づき、クイッと人差し指で障壁の中を指している。……解除しろ、という事か。

 指示に従って障壁を解除すると、イレーヌは抉れた大地へと進んでいった。過剰な魔力で石や砂が硬質に変化した斜面を歩くたびに、ギュピッギュピッという足音がなる。

 その先の爆心地に近いところで、イレーヌが地面を砕きながら拳を突き入れた。肘から下までを突き入れて大地から何かを引きずりだし―――玉座だ。イレーヌはこれに気づいたのか。

 その玉座の周囲は丸い防御魔法で覆われているが、イレーヌは防御魔法を貫通して玉座の背を鷲掴みにしている。……筋肉の力ってすげぇ、いや教会の何か聖なる魔法とかそう言う類のものでイレーヌはそれを無視できるのかもしれないが、よくわからないな。


「随分と強力な防御魔法ですわね。それはその玉座に備え付けられたものですの?……魔力を遮断して気配を殺して隠れて逃げ切ろうとしても、猊下自身の下種の呼吸とゲロ以下の匂いは隠せませんわ。今の私は筋肉だけでなく五感全ても超強化されてますのよ」


 土中から引きずり出された玉座には、よくみると教皇が座ってブルブルと震えている。すっかり怯えきった表情……もうこの男の精神は折れているのだと一目でわかる敗北者の顔をしている。障壁の中で地獄絵図でも目にしたのか、よくよくみると髪の色も真っ白だ。……自身の戦力をすべて失い完全なる敗北を喫してもはや残るものは自分の命だけ、か。

 それすらもいままさに消えようとしているようだが……あの男の処遇はイレーヌに任せるとしよう。


「隠れてやり過ごせると思ったのかしら?」


「ヒ、ヒィ!そんなつもりは……こ、これは偶然、神の御加護で……」


「そんな子供じみた嘘は通じませんわ。一人用の玉座で逃げるおつもりですの?」


 そう言って座った教皇ごと玉座を力任せに変形して押しつぶしていくイレーヌ。


「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!やめろぉ、やめて、やめてくださいっ!!どうかお慈悲を!神のお慈悲をっ!!」


「そうやって命乞いした人たちを助けたことはありますの?」


「ある!あるある!あります!」


 涙を流し、両手を組んで祈りの姿勢を取り、鼻水と涎を零しながら懇願する教皇にイレーヌが手を中断する。


「―――“真実のみを語りなさい”。今のは女神に与えられた聖女の技です。この技の影響下にある限り、貴方は私の前ではあらゆる嘘をつくことはかないません。……では改めて伺いますが、そうやって命乞いをして助けを求めた人を助けたことはありますの?」


「はぁ~?そんなわけあるわけないだろうがこのバカ者!跪いて命乞いをする人間を嬲って踏みにじって殺すのが最高に楽しいんだぞ!」


 言葉に無言でギュウッ、と玉座を押しつぶす力を強めるイレーヌ。……ヒィィィィッと教皇の怯える声も聞こえる。


「……帝国に言われて勇者の謀殺に加わったと言いましたね。まだ年若い少年を用済みになって殺すことに思う所は無かったのですか?」


「はぁ~~~??何をいってるんだこの乳女!!むしろ勇者が早々に死んでくれて清々するわ、権力や権威というものはそれを持つものが少なければ少ないほど良い!そういったものは聖教会にだけ集中しておけば良いのだ!!

 そもそも女を寝取られて国民に掌返しされただけで命を絶つような精神的弱者が勇者など片腹痛いわぁ!!」


 さらに無言でギュウ、ギュウと玉座を圧縮するイレーヌ。さっきよりも強い力だ。


「では最後の質問です。貴方に付き従った軍は壊滅しました。親征軍には教会の重鎮や、教会が持つ兵力のおもだったものがほぼすべて参加していたようですし……これは教会そのものの壊滅と言っても良いものでしょう。

 万一、命を長らえた場合、あなたは自らの行いを謝罪、反省し残りの一生を贖罪に生きることができますか?」


「勿論です贖罪に生きますからたすけぇ………ちぇ………ふざけたことを言うなよクソアマァ!!私は教皇だ、教会の最高位だ!私に歯向かう者は死刑!死刑!死刑!死刑!死刑!死刑あるのみだ!!絶対に報復してやる、帝国に逃げ帰って必ずお前達を皆殺しにしてやるぞぉーっ!!!あ、ああああ違う違う違わないギョオオオオオッ?!」


 生き残りたい一心で嘘をつこうとしたがそれも構わず余計な醜態をさらしている。そんな言葉にイレーヌが玉座を押しつぶし、そして丸めるように変形させていく。


「や、やめ、ちゅぶ、ちゅぶれ……いたいぃぃぃぃ、あやまる、あやまりましゅぅぅぅぅぅぅ!だからちゅぶさないでぇぇぇぇぇぇっ!い、いやじゃぁぁぁぁぁぁっ!!」


 だが、教皇のそんな泣き叫ぶ声もやがて聞こえなくなった。中から血をボタボタとこぼす変形した玉座を砲丸投げのようにはるか彼方に向かって放り捨てると、イレーヌが振り返る。


「お待たせしましたわ。これで今度こそ全滅ですわね」


「そうだな。……なぁ、あの教皇がもし本当に反省していたら命を助けたのか?」


 そんな俺の言葉に、白目のまま舌を出してウインクをしてくるイレーヌ。普段のイレーヌだったらドキッとさせられる仕草だが、今の状態でやられると不気味で怖い。

 ……平野に転がる人間の死体と、抉れた大地。教会の親征は失敗に終わり、ここで全滅と相成った。権力と権益に溺れた教会の末路、本当にどうしようもないものだったな。

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