第31話 歪んだ教義と聖女の信義⑧~自業自得の断末魔~


「止めろ!奴らを止めなければ皆死ぬぞ!!進め進め進め進めーっ!!砲の装填はまだかぁっ?!」


 セツちゃんが前に出ようとしていたので危ない事はしなくてよいと地面に下ろし、背後に座らせている間にも、教皇が必死の形相で指示を飛ばしていた。

 兵士たちがどんどん前にでてくるが雑兵はファルティの矢で射抜かれ、重装備の戦士のような相手はイレーヌがなぎ倒している。

 思うように前線は上がらないが、教皇としては装填までの時間が稼げればそれでいいのだろう。……だから俺は剣を地面に突き立て、教皇に声をかける。


「どうした、さっきまでの威勢はどこにいったんだ?随分と必死じゃぁないか」


「えぇぇい、黙れ凡愚が!その気持ちの悪い災厄ごと、今度こそ吹き飛ばしてくれるわ」


 俺達を指さし怒声を上げているが、初弾を相殺されたことで焦りが見て取れる。焦燥を敵に見せるのは愚の骨頂、そして戦場ではそんな時こそ冷静に対応しなければいけないんだけどそういう考えは頭に無いらしい。……所詮、椅子を尻で温めるだけの男か。


「なぁ教皇。俺はイレーヌの街に着くまでに、お前たちの率いる軍に略奪された人間たちの村や死体を見た。年端もいかない娘が嬲られて死んでいるのを見た。財産を奪われて荒らされた家があった。……俺達を何と言おうと、お前たちが行った侵略行為や略奪行為は人道に反するものじゃないのか?そこに思う所はないのか?」


「馬鹿め、宗教とはそういうものだ!!思う所などある筈なかろう、むしろ我ら篤信派以外の人間への略奪は大いに推奨しておる!!貴様たちを滅ぼした後はこの軍を以ての大親征で、篤信派に与せぬものを蹂躙し、略奪し、美女をわが物としながら征服しつくしてやるのだ!!

 ……そもそも主義主張が異なる人間とわかり合うことなどできん、どちらかが滅びるしかないのだからな!

 帝国のもと世界は生まれ変わる。

 その過程で薄汚い異種族は全て根絶やしにする、それは帝国とも共通の認識だ。

 亜人種との共生などというバカバカしい主張をする人間を滅ぼせば共生だの差別だのもなくなるというものよ。そして私が頂点に立つ!!」


 随分と酷い傲慢な主張だな。力と権力を手に入れて話が通じなくなっている。あれも一種の宗教に狂うという奴なんだろうか?あとその流れだと頂点に立つのは帝国でお前はその下につくんだけどな、って突っ込むのは無粋か。


「そうか、それがお前の考え方なんだな。……それじゃ戦の締めの問答だ。――お前達がアルベリクを殺そうしたのはなぜだ?イレーヌにも口封じをしようとしたな?」


 そんな俺の言葉に、ふむと顎鬚を撫でる様子を見せる教皇。その傍に伝令の兵士がかけてきて何事かを告げた。そしてそれを聞き嘲るように笑う教皇。


「……よかろう、では冥土の土産に教えてやる。それは帝国の王バハスⅦ世の意向よ。帝国は魔王討伐が済み次第、秘密裏に勇者の排除をする準備をしていたのだよ。帝国は勇者という存在をずっと危険視しておった。帝国がそういうのであれば私も従うまでだ、なので王国に働きかけたりもしたさ」


「勇者が危険?何を馬鹿な―――」


 少なくともアルは帝国に敵視されるような人間ではなかったし、魔王討伐を感謝されこそすれ殆ど交流のない帝国に命を狙われる理由もないはずだ。


「細かい事は知らん、だが帝国の王家は“勇者”と何やら因縁があるようだぞ?……イレーヌもコソコソと嗅ぎまわったりせずに大人しく聖女として私のモノになっていれば命だけは助けてやったところを、愚かな娘よ」


「―――断固、お断りいたしますわ!!」


 戦いながらも話を聞いていたイレーヌが、掴んだ兵士を教皇に向かってブン投げる。教皇の近衛兵が魔法で兵士を撃ち、空中でバラバラに吹き飛ばされた……汚い花火だな。


「フン、まぁよい。世界にはまだまだ美女がたくさんいる。お前の代わりもいくらでもおるからな……さぁ、それでは時間稼ぎはもう終い。お前達には消えてもらうぞ。悠長に話をするなどアホのすることだ!さぁ、砲を発射せよ!!私の勝ちだぁ!!」


 教皇が勝ち誇った表情と共に手を振り上げる。


「――――あぁ、こっちも時間稼ぎはもう終わりだ」


 そんな俺の言葉に合わせて教皇の周囲の主力全軍をドーム状の光がすっぽりと取り囲む。……地面に突き刺した剣から地面を伝って障壁を展開させたのだ。……教皇が砲の準備をしているように、俺も障壁で奴らを閉じ込める準備をしていたのである。これは魔剣の瘴気を纏わせて強化しているので王国を取り囲んだものよりももっとずっとはるかに強靭だ。


「な、なんだぁっ?!」


 教皇が驚きのあまりに鼻水を垂れ流しながら大口を上げて叫んでいる。


「障壁だよ。みるのははじめてか?尤も、ロジェが知るものより強化されている。発動に時間はかかるがその気になれば都市ひとつ覆う事ができる代物だ、お前たちの主力をすっぽり覆う位はわけない。―――時間を稼ぎたかったのはお前だけじゃないって事さ」


「……まずい、こんな中で撃ったら私たちが砲に焼かれる!はやく大砲の火を切れ」


 教皇が大慌てて指示を飛ばす中、自分たちが光の檻の中に閉じ込められたことを理解した兵士たちが、一瞬の後に光の障壁に向かっていく。


「出せぇ!出してくれよぉ!」


「いやだぁ!!いやだぁーっ!!」


「教会に従ったら絶対安全だっていったじゃねーか!!」


 泣き叫び障壁に当たっては焼かれる兵士達。

 軍は恐慌状態に陥り、障壁に当たって死ぬもの、それを見て引き返そうとするもの、それを知らず障壁に向かおうとするものでもみくちゃになっている。あれじゃもう指揮系統も機能してないだろう。


「どうか、どうかお助け下さい教皇様!!」


 教皇の周りに侍らされていた美女たちも教皇に縋っているが、当の本人は腰を抜かしてしまっている。


「だめです教皇様、一度引き金を引いてしまったので弾を抑え込めません!!このままでは砲そのものが自爆します!!」


 教皇の所にかけてきた伝令の兵士の言葉に教皇が愕然とする。


「……自分たちの力で滅びるの、自業自得って感じがするな」


 美女たちに纏わりつかれながら玉座までほうほうのていで這って行った教皇が、涙目になりながら絶叫している。


「こ、こぉの……下賤なドブカス共がぁ――――――――ッ!!」


 教皇の絶叫に反応するがごとく、大砲が爆ぜて障壁の中が光で埋まった。

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