第30話 歪んだ教義と聖女の信義⑦~既得権益という膿~

 

「聞くに堪えない話だな。……じゃあ、あんたは人をこき下ろせる程立派なのか?」


 会話に加わった俺の言葉に、大仰な身振り手振りと共に頷く教皇。


「貴様は天騎士!そうか、やはり生き恥をさらしておったのか。……先遣隊が帰ってこない時点でロジェ殿もその可能性を考えていたがな。

 慈悲深い心で貴様の質問に答えてやるが、―――無論当然である!

 私は教皇、聖教会の最高位聖職者だ。そして生まれ変わった聖教会は女神という時代遅れの存在ではなく、この私を信奉する人間至上主義の組織となった!!」


 あぁ?現人神にでもなったつもりか?こいつアホなのか?


「よいか、信仰とは信じ疑わぬことだ。これからはこの私と私の力という絶対の存在を信じる人間のみで聖教会を統制する。

 そして、それこそがこの滅びの時を超える事が出来る唯一の方法なのだ!

 人間を見限った女神を信奉するような旧態依然の聖教会の仕組みではこの終末を乗り切る事は出来ん。

 帝国の産みだした力をもとにこの私が造る新たな秩序の元にこそ――――」


「なんだ、あれこれ言っても結局は既得権益に絡めなかった傍流が、帝国の下について新しい既得権益作って甘い汁啜りたいってだけじゃないか」


 だらだら主張しようとする教皇の言葉から要点を拾って指摘してやる。隣でイレーヌが“ストレートに言いすぎ”みたいな顔をしているけど俺はまどろっこしいのは苦手なんだよ。魔神はなんか俺観てゲラゲラ笑ってるけどそっとしておこう。


「折角懇切この私が、丁寧に貴様のようなドブネズミにもわかるよう崇高で高尚な理念を説明してやっていたというのに――――よくも言ったな貴様!この私にその無礼、命で償う覚悟はできているのであろうな?」


 おっと図星をつかれて苦しいのかな?

 ……詐欺師や胡散臭い奴ほど無駄に長い話で要点をごまかすというけどやっぱり本当なんだな、あれこれいっても言いたい事ってそう言う事でしょ?というそんな俺の内心を他所に、ピキピキと青筋たてている教皇。……随分とケツの穴の小さい事で。


「全軍、進撃せよ!あの天騎士を討ち取った者には空いた大司教の座を与えてやるぞ」


 教皇の言葉に全軍が色めき立つ。……あぁ、大司教は死んだと思われているのか。まだ生きてるんだけど、まぁどうでもいいか。降って湧いた立身出世の機会に敵は戦意を高揚させている。


「さぁ、栄えある新生聖教会の兵士たちよ、奴らを蹂躙せよ!!」


 教皇の声に合わせて吶喊の声と共に兵士たちが平野に突っ込んでくる。……だが残念、予め設置しておいた氷の防柵で進路をコントロールしているので兵士たちの侵攻ルートは制御され限られているのだ。

 

「作戦通りね。それじゃあここからは私の出番」


 そう言ってファルティが月皇弓を構えて矢の雨を降らせると、悲鳴とともに兵士たちがはじけて死んでいく。とても効率的に敵が殲滅されていき、それでも撃ち漏らす敵は銃砲隊がトドメを刺していく。……だがなんだ、教皇は余裕の態度を崩さない。味方の兵士が野鳥撃ちされるかのごとくやられているのにそれを意に介していない、というよりも想定の範囲とでもいうようなあの態度。


「あの余裕、不気味ですわね」


 イレーヌが言うのとほぼ同時に、雄牛によく似た4足の獣に跨った騎兵が戦場に投入された。成人男性の2倍程度の全高になる獣で、よく躾ければ馬の代わりに乗り回すこともできる。馬力や突進力に優れて1頭で中隊に匹敵すると言われる強力な獣だがそれが戦場に3頭、か!

 氷の防柵を破壊しながら猛進してくるが、防柵を壊されるのはあまりよろしくないぞ。


「ラウル、あれ巨角獣じゃない!矢の本数を絞ればあれも攻撃できるけど魔法の矢じゃ簡単には死なないし、殲滅速度が落ちて前線を押し上げられるわよ」


 矢を撃ち続けるファルティの声に、前に出ようとする俺を押しとどめてイレーヌが代わりに前に進みながら答えた。


「ファルティはそのまま撃ち続けてください。あの巨角獣は私がなんとかします……私自身の生き方に後悔はありませんが、あの教皇の物言いは私も少し不快だったのでスッキリさせてもらいますわ」


 そう言いながら聖女の回復の術を自身に向かって連続発動イレーヌ。イレーヌに怪我はないが、傷の無い状態で回復を超過して発動し続けるとどうなるか?その答えが――――一身体の膨張、超強化である。


「ア゙アアアアアアアアアアアアアッ!!」


 イレーヌの背丈が―――慣れ親しんだ単位で表すなら2m程まで伸び、加えて筋肉が爆発的に膨張する。この奥の手のために伸縮性に優れた生地で作られた特注の法服なので破れる事こそないが、丸太のように太く筋肉の盛り上がった手足、服を内からを押し上げていた豊かな胸は大胸筋となり、顔立ちはそのままだが白目で敵を睨んでいる。……そこにはじけるような筋肉を滾らせた巨女の姿があった。これこそ勇者パーティの人間しかしらない聖女の奥の手である。


「バ、バケモノ……!?」


 イレーヌの変貌、いや変身をみた最前線の敵兵士たちがそんな声をあげて身体を震わせている。


「私がバケモノ?いいえ、私は聖女ですわ……!!」


 そういって猛進したイレーヌが迫ってきていた巨角獣の1頭を正面から受け止めて、角を掴んだまま垂直に持ち上げる。たまらず落下してきた騎兵を蹴り飛ばすと、水の詰まった風船を割ったみたいな破裂音とともにバラバラにはじけ飛んだ。

 そして掴んだ巨角獣を水平に下ろしながら自分の足を軸に回転し、砲丸投げのようにたっぷり遠心力を得て放ると他の巨角獣に激突して2頭が即死した。


「相変わらずえげつないな……。防柵が壊れると困るから手加減してくれよ」


「あら、手加減って何かしら?」


 そう言いながら兵士をなぎ倒し、蹴散らしながら最後の1頭に駆け寄っていくイレーヌ。以前、超過回復で超肉弾戦状態になっている状態は好戦的になると言っていたのを暴れまわるイレーヌをみて再度実感する。

 そうしてる間に最後の一頭の巨角獣はすっかり怯えて逃げようとしているが、周囲の兵士や防柵に阻まれて思うように動けず防柵を砕きながら退路を造ろうとしている。あ、おいこら防柵を壊すんじゃない。


「可哀想ですが死んでもらいますわ!!」


 そう言って突進から振りかぶり巨角獣の頭を殴りつけると巨角獣の最後の一頭が文字通りに宙を吹き飛ばされていき、遠くの岸壁に叩き付けられて絶命した。


「ふうむ、それが聖女の奥の手か。美しかった姿が見る影もない、実に悍ましいものだな」


 巨角獣が容易く粉砕されたというのに教皇は優雅にふんぞり返っている。


「――――だが、良い余興だった。ではこちらも切り札を切らせてもらおうか」


 そう言って指を鳴らすと、教皇の率いていた部隊が2つに分かれてその奥に秘していた――――秘匿魔法で姿を隠していた巨大な砲が姿を現した。

 ……マジかよ。先遣隊が持ってきたのがマスケット銃だとしたら大砲……サイズでいえば戦艦の主砲くらいの口径はある。車輪の付いた台座にのせ、馬や獣に引かせて運んできていたのか。これを造ったのが帝国だというなら帝国は王国や公国とはくらべものにならない力を持っていることになるぞ。


「フッフッフ。ロジェ殿の作戦がこうもうまくいくとはな……所詮手札の分かった勝負、お前たちに勝ち目はなかったのだ。ではこれでまとめて吹き飛ばさせてもらう――――さらばだ、クズども」


 そう言って教皇が手を振ると、大砲が火を噴いた。

 ……クソッ、ロジェェェェェェェェェッ!!これ、あのゴミカス野郎がたてた作戦か!!!!!!

 大砲を相殺できるファルティに切り札を使わせないために初手から大量の兵士を使い捨てにしてファルティを釘づけにして、イレーヌを逃がさず戦場に引きずり出すために時間差で巨角獣を戦場に投入。

 あとはこの状況での砲撃がくるとファルティやイレーヌを守るために俺は障壁をはらざるをえないが、それを越える火力で味方諸共に俺達を吹き飛ばす―――あぁ、まったくロジェが考えそうな、勇者パーティ皆の能力と性格をよく理解した上でたてられたクソみたいな作戦だ。

 ここをひっくり返すためには、ロジェも知らない不確定要素の魔剣を抜くか?だが魔剣を全力で使って、ホロヴォロスの時みたいにダウンしたら結局ジリ貧になって詰む。……だがそれでもやるしかない、魔剣撃って意識飛びそうになったら腹に剣刺してでも意識を失わないようにして――――


「氷雪の女王さんじょう!」


 思案しながら腹を括った俺の頭上から聞こえたそんな声に、思わず上を仰ぎ見るとセツちゃん――――氷雪の女王が、ふよふよと空中に浮いていた。


「セツ、どうしてここに?!」


 イレーヌが驚き声をあげているが、セツちゃんは答えず両手を頭上に伸ばして何かを貯めている。オーロラの輝きが球状に集まっていき、それを放るように投げると俺達と教皇の中間地点で大砲から放たれた魔力弾とぶつかりあい、水蒸気の煙をあげながら相殺しきった。


「――――すまない、助かったセツちゃん!」


「えっへん」


お礼を言うと、宙に浮いたまま両手を腰に当てて胸を張るセツちゃん。予期せぬ救援だが助かった。


「く、ぐぬっ、災厄の一つか……おのれ、災厄を使役するとは魔女め!!」


「使役などしていませんわ。それにセツは私の可愛い娘、災厄などと呼ぶのはやめていただきたいですわね」


 悔しそうに歯噛みする教皇の言葉に対して、兵士を掴んでブン投げたり踏みつぶしたりしながらイレーヌが言い返している。

 

「―――砲の出力をあげろ!今のままでは奴らを吹き飛ばすには威力が足りん!!あの薄汚い災厄諸共吹き飛ばすのだ!!お前達、死ぬ気で時間を稼げ!!」


「やらせねえよ。援軍は望外の幸運だったけど……お前達、もう詰みだぜ」


 子供に助けられるのは大人として情けない事だがともあれ、足りなかった一手がこれで足りた。……さて、“見届け”させてもらうぞ。

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