第26話 歪んだ教義と聖女の信義③~信義と災厄、母と子と~
視線を戻せば、氷雪の女王と名乗った女の子――――イレーヌがセツと呼ぶ女の子はじっと魔神を見ていた。
「氷雪の女王はつよい。へいしもいっしゅんでこおらせる。魔神もいっしゅんでこおらせる」
「おぉ、こわいこわい。天騎士殿ぉ~助けてくださいぃ~」
セツちゃんの言葉に対して魔神が挑発するように返しているので、とてもムッとした顔をするセツちゃん。
……魔神も(推定)子供相手に本気になるなよ大人げないと思ったので、無言で背後に向かって盾投げ(シールドスワイプ)をする。後ろで魔神がギュエッと潰れたカエルみたいな声をあげているが、このぐらいの距離なら振り返らなくても正確に顔に投げ当てれるからな。ブーメランのように戻ってきた盾をノールックでキャッチしてからまた左腕に戻し、改めてセツちゃんに問いかける。
「……何だって、それは本当かい?もしかしてお友達とのごっこあそびかな?」
確認するような俺の言葉に、再度無言で首をふるふると横に振っている。
「……どういう事だイレーヌ?」
「……えぇ、順番に説明しようとは思っていたのですが、本人が来てしまったのでこのまま説明させてもらいますわね。セツ、おいで」
イレーヌの言葉に、セツちゃんがとてとてとイレーヌの所に歩いていき、膝に乗る。セツちゃんもイレーヌに懐いているようだ。
「……氷雪の女王、魔神きらい!」
「そんな事を言ってはいけませんよ。……それより魔神さんは大丈夫ですの?」
うぅん、こうしていると母娘のようにしかみえない。
「大丈夫よ、こいつ態度は軽いけど多分私たちよりずっと強いから。……それじゃその自称災厄の子供についても話を聞かせてもらえるかしら?」
俺も改めて席に戻り、イレーヌの話を聞く姿勢を取った。
「まず初めに言っておきますが、私はこの子を災厄とみなしていません。この子が何者であっても私の可愛い子供です」
俺達を見据えてそう言い切るイレーヌの瞳には強い意志の光がみえる。
「ちがう、氷雪の女王は災厄、わるいやつらほろぼす!きょうかいのへいしもわるいからほろぼす!あと魔神もはらたつからほろぼす!……ふぁぁ……」
セツちゃんが頑なに自己主張していたが、イレーヌがセツちゃんを抱えるように抱っこしなおしてからトントンと背中をたたいているので段々と舟を漕ぎだしていった……聖女の力か、いや普通に子供の扱いが上手いのかもしれないなぁ。
イレーヌはセツちゃんがスピスピと寝息を立てたのを確認してから改めて話を続けた。
「私は魔王討伐の後この地に戻ってほどなく、教会からこの街を得て子供たちを引き取る活動をはじめました。この子は元々その中にいた子で――――もっというと私が最初に引き取った子なのです。親も知らず家族も知らず、自分の事もこうして“氷雪の女王”であるという事だけしかしらず平野に立ち竦んでいたところを私が見つけて保護しました」
……おっと、それだとこのセツちゃんはホロヴォロスより先に存在していたのか。破壊活動を始めたのはホロヴォロスが最初というだけで災厄自体は既に顕現していたのか?……同じ災厄の魔神の方を見ながら考えていていると目が会ったのでにっこりと笑ってくるが違う、そうじゃない。
「それから子供達も増えていき、エルフも、獣人も、マーマンも、ハーフの子も、その他様々な種族の子供たちを分け隔てなく家族として迎えました。この子はそんな子供たちの一番上のお姉さんとして皆を気にかけてくれるとても良い子なのです」
そういって、眠るセツちゃんを愛おしそうに目は慈愛の聖女のそれだ。
「……この子が何者であっても関係ありません。子供は大人に愛され慈しまれるべきもの。そしてなにより、世界の中で寄る辺も自らについてもわからず放り出されたままのこの子を放ってはおけません。私は子供達に私のような思いをしてほしくないから聖女を引き受けたのですから」
そんなイレーヌの言葉を聞くと、成り行きで勇者パーティになった俺とは違う、しっかりと自分の意志を、信義をもつ事を眩しく感じる。
残念な性癖でまどわされがちだが、このイレーヌという女性は揺るがない自分の価値観を以て行動している大人の女なんだよな。
「……なるほどね。魔神やその子の存在でなんとなくだけど災厄がどういうモノかわかった気がする。災厄はそれぞれの意志で自分が何をするか決定してるのね。それなら、聖女に保護される子がいてもいいんじゃないの?災厄の中にはただの人間に付き纏ってる変わり種もいるんだし」
「そんな変わり者がいるんですね、いやいや神弓殿は博識だ」
お前だよお前、魔神。……とはいうまい、言っても面倒くさいだけだしな。
「それでなんとなく読めてきたぞ、外にいる篤信派の兵士たちをやったのはその子だな?」
俺の言葉に、哀しそうな無言の表情で肯定を返答するイレーヌ。
「えぇ。……そんな事をさせたくなかったし、してほしくなかったのですが――――攻めてきた兵士たちに私が“奥の手”を使おうとしていたのを見て、止める間もなくこの子が飛んでいって一瞬のうちに。
お陰で進行してきた軍は撤退していき、以降いまのところ攻めてくる様子はありませんが……」
そういえば旅の中でイレーヌの奥の手をみたがそれを使わざるを得ない状況というので絶望的なのだと察するが、それひっくり返したのだからこのセツちゃんの力は本物なのだろう。
「……けどその子が居なかったら多分、あんたも此処にいる子供たちも命はなかったんじゃないかしら」
「……そうね。この子に手を汚させたことで私たちは命を救われました」
心底辛そうな顔をするイレーヌだが……まぁ、誰だって子供に人殺しをさせて気分が良いものじゃないだろう。
「そうか。……これからはその子に手は汚させないさ。その子がお前の大切な子供だっていうんなら尚更だ」
そんな俺の言葉にイレーヌが首を傾げる。
「教会は―――篤信派は俺が“見届ける”。俺が決めた、今決めた」
そう言いながら腰の魔剣を見ると、鈍色に陽の光を反射したように見えた。
「……そうね、単純に篤信派の暴徒は不快だからそれには私も賛成。っていうか私が爆撃したら速攻で終わるでしょうし」
俺の言葉にファルティが同意を続ける。それは本当にそうだし、ファルティはルクールの事もあってか“下種な男”達に強い嫌悪感を示しているようだ。なんであれ、篤信派については俺もファルティもどうするかの見解が一致しているのでセツちゃんにわざわざ戦わせることもないだろう。
「そんな、2人を関係のない事に巻き込むわけには――――」
「巻き込まれたんじゃない、首を突っ込むんだよ」
イレーヌの言葉を遮るように、アルの口癖の言葉を口ずさむと、イレーヌがハッとしたような顔をする。
「アルの言葉だ、覚えてるよな。……お前の前にいるのは世界で一番お節介だった勇者の、その仲間たちなんだぜ?こんな状況を見過ごすわけないだろ」
そんな俺の言葉に、かかえているセツちゃんがいるので限界はあるが下げれる位置まで精一杯に頭を下げるイレーヌ。
……非戦闘員のイレーヌが奥の手を使って戦い続けたところで限界は来る。なら、俺やファルティで篤信派を“見届けて”やった方がずっといい。
そんなイレーヌの反応にファルティがため息を零すのは、辛気臭い雰囲気が苦手だからだろうか?
「―――ま、荒事は私たちに任せなさい。で、実際子供達に囲まれて過ごしてどうなのよ?」
「毎日幸せですわ~っ♡ちいさくてかわいいいのちがたくさんで毎日ハッピー!」
……うわぁ。……うわぁ……。この残念な性癖がなければ俺も手放しに尊敬できる女では、あるんだけどなぁ。
「――――お話し中すみません聖女様、教会の、篤信派の軍勢が戻ってきました!それも、前回よりもずっと多いです!」
駆け込んできた見張りのそんな言葉に俺とファルティは顔を見合せ頷くのだった。
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